師匠っ!! アナタ本当に何者ですかっ!?
「さて、残ったのはお前一人だ。
お前の部下は勇敢に戦って死んだぞ。さぁ、構えるがいいっ!!」
だが、構えるどころか狼狽えるドゥルゲットはそれどころではない様子で叫ぶっ!!
「なんだっ!! なんだ、この世界はっ!!
なぜ、俺は転移して脱することが出来ないっ!!
一体、ここは何処なんだっ!!
魔神フー・フー・ローっ!! 貴様は・・・・貴様は一体何者なんだっ!!?」
精霊騎士達の屍が転がる氷の大地に災いの神ドゥルゲットの叫び声が空しく響いた・・・・。
そんな風にして怯えるドゥルゲットを憐れみの目で見つめるフー・フー・ローであったが、情けを与えるつもりは毛頭ないらしく、無言のままにその足を手にした槍で刺し貫く。
「ぎゃああああっー-----!!」
ドゥルゲットが悲鳴を上げて、足を押さえてうずくまる。その頭部を狙ってフー・フー・ローは膝蹴りを加えてから、その槍を引き抜く。ドゥルゲットの体は糸の切れたマリオネットのようにその場に沈み込み、苦しみ悶える。
「どうした? 何を油断している。
まだ、戦いの最中だぞ。俺がお前に降伏の慈悲を与えると思うか?
それはあり得ない話だ。お前が奪い取ったその少女の体はオリヴィアが帰る箱だ。
早急に死んで返せ。」
ゾッとするほど冷たい声でそう話す魔神フー・フー・ローは何処までも無慈悲だった。その一言を聞いて悲鳴を上げて背中を見せて逃げ惑うドゥルゲットの体を背後から槍で貫き氷の大地に串刺しにする。
再び絶叫するその叫び声が起こると同時にフー・フー・ローは指をパチンと擦り鳴らせて氷魔法
を発動させる。氷の大地はせり上がりドゥルゲットの体を飲み込みその四肢を縛り付ける。
「おあああああっ!?
と、溶けぬっ!! 解けぬっ!?
なんでっ!? なんで俺の体は飛べないっ!?」
半狂乱になって氷の大地から逃れようとするドゥルゲットだったが、それがかなうことはない。
「お前は終わりだよ。ドゥルゲット。その氷からはお前程度では逃げ出せない。
何故だかわかるか? わかるまい。お前にはわからない。だから教えてやろう。
自分の敗北の理由も知らずに死んでいくのは忍びない。
それが俺が唯一お前に与える慈悲と知れ。」
慈悲。魔神フー・フー・ローは氷精霊の下級貴族シャー・シャー・ローと、人間であった頃の氷と泥の国の王の子供であり破壊を司る陰の属性を持つ魔神でありながら、氷と泥の国の王の善性を引き継いでいる。
これだけの悪逆をしでかした災いの神ドゥルゲットに対してすら慈悲を与えるというのだ。
「ドゥルゲットよ、お前はおかしいとは思わなかったのか?
仮初の神であった俺がどうして神界から追われても捕まることが無かったのか?
俺はお前よりも遥か何倍も高位の神である異界の王の命を狙う魔神だぞ? その俺が何の手立てもなく、準備もなく、切り札もなしに異界の王の命を狙っていると思ったのか?
そして、そんな仮初の神の俺を神界が恐れて付け狙う理由を考えなかったのか?」
ドゥルゲットは、魔神フー・フー・ローの問いかけに大汗をかきながら、ただ震えて聞くしかない。逃げ出すどころか身動き一つできないドゥルゲットは、肉食獣に隅に追いやられて逃げ場を失った小動物よりも絶体絶命の状態だったのだから今のドゥルゲットにとって、過行く一分一秒が恐ろしい。絶対的勝者になった魔神フー・フー・ローの一言一言が呪いの言葉のように恐ろしい。何故なら、その言葉が終わった時に自分の命が尽きる時だと、ドゥルゲットは理解できていたのだから。
「教えてやろう。哀れなネズミよ。
この世界を見ろ。この氷の大地を見ろ。あの氷の城を見ろ。外の吹雪を見ろ。
これらは全て俺が作り出したもの。
極小ではあるが、この世界の次元の間に俺だけの異界を作り出すことこそ、魔神フー・フー・ローの神としての権能である。
この世界では俺が絶対であり、俺より神格が低いものはここから出ることなどできない。この異界の主の許可なく逃げ出すことは出来ないのだ。そして、この異界は常に世界のどこかに転移し続けている。その座標はこの世界の主たる俺にしか予測できないのだ。」
その言葉にドゥルゲットが恐怖も忘れて驚愕の声を上げた。
「い、異界を作り出すだとっ!!?
バカなっ!? そ、そんなことがたかが魔神にできるはずがっ!?
い、いや・・・そもそも・・・・そもそも異界を作り出す力など異界の王ですらありえない話だっ!! それこそ、もっと高位の存在が作るものだっ!!!
異界を生み出す神としての権能だとっ!? そんな資格を誰が貴様に与えたのだっ!?」
フー・フー・ローの言葉は、死を直前にして怯える者がその事を忘れてしまうほどスケールの大きい話だった。驚きもしよう・・・・・。
だが、フー・フー・ローは、そんな驚きを気にしないようで再び語りだす。
「俺に世界を作る権能を与えたのは誰かだと? そんなこと俺が知るか。
ただ事実がそこにあるだけだ。俺は魔神となったその時からこの力を手にしている。
俺の母シャー・シャー・ローは氷精霊の下級貴族に過ぎなかった。その魂の全てを、未来を燃やしてまで復讐の神として俺を作り出したが、たかが下級貴族の魂を燃やして神を作ること自体が本来はありえない奇跡だった。それも歪んだ・・・な。
歪んだ奇跡は歪んだ魔神を生み出した。魔神となったばかり俺は、神とは名ばかりでその辺の精霊騎士にも劣る力しかなかった。俺にあったのは、この極小な異界を作り出す奇跡のみ。
この奇跡のために最弱の神である俺は恐れられて神々から命を狙われた。俺はこの世界に逃れて修行して戦う力を蓄え、時折、現世に姿を現して精霊騎士を奇襲して、その霊核を奪い強くなった。
お前は本来なら追われる立場であるからわかるだろう? その恐怖を・・・。お前は、自分の真名を人間の名前に仮託することで自分の神格を偽装して、神々の追及を逃れる呪いを使っているようだが、同じ逃走にしても俺とお前とでは格が違うのだよ。」
(※仮託とは、何らかの形で事実でないことを言って偽装・弁解すること)
この世界の高位の存在は、多少の例外は除いてその名に長音を含む。それ自体がその者の存在を知らしめるものであり、結果としてその者を探す呪いの手掛かりになる。これまで現世の人間に理不尽な厄災を繰り返してきたドゥルゲットもまた、魔神フー・フー・ローと同じく本来はお尋ね者になる可能性があった。だが、その名を人間の名にすることによって高貴なる者に伴う義務を下げ、神としての責を問われないように細工した。それ故にフー・フー・ローのようなお尋ね者になることから逃れることが出来ていた・・・・。だが、フー・フー・ローはそれどころではない手段をもって神々から逃れていたのだった。
信じがたい事実にドゥルゲットは心底、恐怖する。
「これでわかったか?
私は仮初の神なのではない。微小ながら異界を手にした仮初の異界の王なのだ。」
そう言い終わった魔神フー・フー・ローは、手刀でドゥルゲットを一刺しにすると、その神核を奪い取る。
断末魔の悲鳴を上げるドルゲットに目をくれることもなく、手にした神核を自分に取り込み、更なる高みを手にするのだった・・・・。
だが・・・・。ここで終わるようなドゥルゲットではなかった。
最後の力を振り絞り、最後の呪いを発動させる。
「ああああああー----っ!!! おのれ、おのれ、魔神フー・フー・ローっ!!
転生者の体に秘められた大魔力を手にして未来をしのぐ予定であった俺をっ!! よくもっ!!
俺はただでは死なんっ!! お前を・・・・・道づれに・・・・・。」
その時、フー・フー・ローは信じられないものを見て大きく目を見開いた。とうに魂魄切り裂かれて絶命したはずのドゥルゲットが口を開き、呪いの言葉を吐きながら、その指先で神文を描きとある魔法を使ったのである。これも怨念の力か。凄まじい執念であった。
その呪いがなんであるかをすぐに察知したフー・フー・ローは怒鳴り声を上げる。
「全員っ!! にげろっ!! 今すぐ城内に入れっ!!
異界の王が来るっ!!!!」




