いや、なんで一騎打ちっ!?
「私達は、二柱の御神の戦いの結果が確定するまでは敵同士と言うことに変わりがないということに何故気が付かないっ!!
お前には失望を通り越して、あきれ果てたぞ、ジュリアンッ!!」
父上の立場を考えれば、この返答は当然のことで・・・・・。
そして、この言葉は、僕達の戦いが決して避けられぬものだということを宣言していたのだった。
「父上っ!! しかしっ・・・・!!」
しかし・・・と、僕がなおも平和的に解決するために交渉すべく食い下がろうと声を発したところで、バー・バー・バーン様がそれを遮った。
「くどいぞ、ジュリアン。
この場に来た以上、お前も覚悟を決めよ。これ以上の口上は意味をなさぬと知れ!
さぁ、行くぞ、ジュリアン!! 余にあらがって見せよっ!!」
バー・バー・バーン様はそう言うと戦闘を開始する。バー・バー・バーン様が謁見の間の床石を叩けば、床が海原のように波打ち、僕らの動きを封じにかかる。
激しく波打つ床の上に立つことなど人間には不可能だ。立ったままだと転倒しかねないその衝撃に僕らはその場にしゃがみこんで身の安定を図る。
しかし、それこそがバー・バー・バーン様の狙い。僕達が機動力を失ったと知るとバー・バー・バーン様は僕を狙って突撃してきた。しかも不思議なことに激しく波打つ床の上を事も無げに滑るように走ってくるのだ。きっとこれも魔法の力なのだろう・・・。
「ちょっ!! なんでバー・バー・バーン様と一騎打ちするみたいになってるんですかっ!!」
今の僕は精霊貴族のバー・バー・バーン様の神速に対応できる。バー・バー・バーン様の突撃を視認し、攻撃を予測する。未来視の眼も僕には備わっているからこそ戦える。
そして、僕は見た。バー・バー・バーン様が僕の頭部に回し蹴りをしようとしている未来を・・・。
狙いが頭部で攻撃方法が蹴り。そして標的はしゃがみこんでいる僕。立地条件は激しく波打つ床。
となれば・・・。僕の回避行動は一つしかない。
僕はバー・バー・バーン様の回し蹴りを振る足の角度に合わせて、自分から転がる様に倒れ込むと、自分の体を球体のように丸めて、バー・バー・バーン様の蹴り足の軸となっている側の足に両足を絡める。
「ぬおっ!?」
バー・バー・バーン様はこの世界にないタイプの足関節技を仕掛けられて驚愕の声を上げながらも、一瞬でこの技の本質を見抜き、僕が体を回転させる方向へ自分の体を僕よりも早く回転させると、スルスルッと僕の足絡めから脱出する。
バー・バー・バーン様は筋肉質でずんぐりむっくりしたその御体からは想像もできないほど軽やかに僕の足から飛んで逃げると、地面を両腕でたたいて跳ね上がる体操技「ハンドスプリング」を華麗に決めて着地する・・・・。
信じられない光景だった。我が目を疑わんばかりに驚いた。
滑り込みの膝十字を初見で完璧に対応されてしまったのだ。恐らくバー・バー・バーン様は仕掛けられてすぐには何をされたのかもわからなかったはずなのに・・・・・。
バー・バー・バーン様は、そうやって驚く僕の気も知らず、ゆったりとした動作で僕の方を振り返るとニッコリと笑う。
「今のは前世で知った業か?
余のこの膝を二つ折りにせしめん為に自ら余の足の間に倒れ込み、その上で己の両足を余の足に絡めて折ろうと狙うとは奇想天外にして大胆不敵っ!!
だが、残念であったな。その技の術理は、もう余には知れてしまった。同じ技が二度も通用・・・・いや、通用すらしておらんが・・・・まぁ、二度とかかりはせんぞ? ジュリアン。」
僕はバー・バー・バーン様のその口ぶりから、バー・バー・バーン様の気持ちが上ずっていることに気が付いた。
・・・・・・戦いを楽しんでおられるのだ。
この世界には無い奇天烈な技術を使うこの僕が次にどんな技を繰り出してくるのか見たくて仕方がない・・・。だが、それは心の奥底から闘争を楽しみにしている者の感情ではない。闘争とは命のやり取りであり、人生の奪い合いでもある。勝った方は全てを手にして、負けた方は全てを失う。そう言った緊張感をバー・バー・バーン様は微塵も感じさせなかった。そう、戦うというよりも珍しいものが見たい好奇心の方が多いように感じられた。闘争中にそんな余裕をかませられる理由は一つ。
僕はバー・バー・バーン様にとって脅威ではないということだ。完全に格下の者として・・・。いや、もしかしたらバー・バー・バーン様からは、既に敗者としてさえ僕は認識されているかもしれない。
戦いの最中だというのに、脅威としてすら見てもらえないとは・・・・。わかり切っていたことだが仕方がない。相手は土精霊最強の大貴族なのだから・・・・。
だが・・・・。その余裕こそが、僕に付け入る隙を与えるのだ。僕は是が非でも、その余裕に付け入らなければいけない。そうでなければ僕に勝ち目などあるはずがないのだから・・・・。
そう覚悟を決めると僕はタンカを切った。
「それは、どうでしょうかな? バー・バー・バーン様。
私は貴方がご存じではない世界の格闘術を心得ておりますぞ。
今一度私の業を受けて貴方が無事でいられる保証がどこにありましょうや?」
僕はそう言うと、まだ若干の揺らめきを残す床にしっかりと立ってバー・バー・バーン様に向かって拳を向ける。
バー・バー・バーン様はそれを戦い再開の合図を受け取ったようで、再び謁見の間の床石を叩いて、地面を揺るがして僕の実動きを封じてから攻撃をしようと飛び込んできた。
バー・バー・バーン様は僕を完全に舐めている。そして、僕が何をするか、前世で覚えたどんな奇天烈な武術を見せてくれるのか楽しみにしている。だからこそ、先ほどと同じように飛び込み様に再び回し蹴りを僕の頭部めがけて蹴り込んできた。
しかし、それは期待外れの結果に終わった。
僕は先ほどとは全く違う行動をしたのだ。
今度はバー・バー・バーン様の虚を突いて蹴り足を狙うのではなく、この世界の正統の方法で迎撃を試みる。
すなわち、魔法だ。
揺れる地面の上で戦うために先ほどは身を投げ出したのだが、今回は違う。
地面が揺れるのなら、そもそも地面の上に立たなければよい。
魔神フー・フー・ロー様の奇跡で背骨に刻まれた神文由来の氷魔法を発動させて足場となる氷の板を数枚空中に出現させると、その上に飛び移って移動する。僕が足場を失った状態で格闘術で対抗してくると思い込んでいたバー・バー・バーン様の心の隙をついて、その行動の裏をとる。
僕の体はバー・バー・バーン様の想像よりも遥かに自由に動いたので、バー・バー・バーン様の蹴りは目標を見失い、見事に空振りをするのだった。
回し蹴りの最大の弱点は空振りしたときに敵に己の背面を見せてしまうことだ。回し蹴りを空振りしてしまったバー・バー・バーン様のこの弱点を攻撃しない手はない。
一瞬の間をおかずに氷の槍を雨あられとばかりに射出する。
敵に背中を見せた者がこれを避けることは不可能っ!!
・・・・だが、バー・バー・バーン様はそもそも僕の氷の槍など避ける必要が無かった。
僕の氷の槍を土魔法で作り出した巨大な岩の壁で防いでしまえばいいだけなのだから・・・・・。
「あっ!!」
僕は、自分の作り出した氷の槍がバー・バー・バーン様に当たる前に突然出現した岩の壁に阻止されるのを見て声を上げてしまった。何故なら、その大岩はバー・バー・バーン様ではなく、父上の成した土魔法だと息子の僕には調べずとも本能で知れたからだ。魔法に必要な言上も舞もなく父上は、強烈な土魔法を駆使する。それを可能にするのは、この王宮がバー・バー・バーン様の聖域だったからだ。父上はバー・バー・バーン様の加護を受け、この聖域では強烈な土魔法を使うことができる。バー・バー・バーン様の圧力に心奪われて、そのことがすっかり心から抜け落ちてしまったかのように忘れていた。
そして驚きの声を上げる行為がどれほど無駄で、敵に自分の動揺を知らしめる材料になるとも考えずに声を上げてしまったのだ・・・・。
次の瞬間、僕の心の動揺を狙うかのように、突然、その岩の壁が破裂した!!
岩が破裂した理由を僕の瞳は見逃さなかった。貫いたのだ。拳で。
バー・バー・バーン様はこの岩を目くらましに使うために拳で岩を破壊し、その破片を僕にぶつけんと岩の壁を拳で撃ち抜いたのだった。
そうやって強烈なパンチによって飛び散る破片が僕の方へ飛んでくるが、心が動揺してしまった僕にはそれを完璧に避ける余裕はない。両腕で飛んでくる岩から頭部をガードしながら、どうにか身をかわそうとする。
だが、その余裕をバー・バー・バーン様が与えてくれるはずもなく、岩の破片と共に一気に僕に襲いかかってきた!!
この体勢では、攻撃を避けられないっ!!
次の攻撃をまともに貰ってしまうっ!!
そんな絶望を感じる僕をバー・バー・バーン様があざ笑う。
「浅はかよな。ジュリアン。
余を怒らせるような真似をせず、前世の業で余を楽しませておれば、時間を潰せたものを・・・・。」
僕はその言葉の真意も分からぬまま、僕の未来視の眼はバー・バー・バーン様が繰り出す必殺の拳が僕の顔面を襲う未来しか見ることしかできなかった。




