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先に行くよっ!!

なつかしい友との抱擁に思わず涙がほほを伝う・・・・。


だが、次の瞬間、ギャレンタインの手に隠し持った鎧通よろいどおしが、残酷ざんこくにも鎧の隙間すきまから僕の体を深々ふかぶかと刺しつらぬくのだった・・・・・。

ギャレンタインが使った鎧通しという武器・・・。それは鎧の隙間をって敵を刺しつらぬいたり、切り裂く武器の名称であったり、鎧の隙間を縫うように攻撃すること自体を指す言葉であったりもする。今回は八角形はちかっけいの鉄の棒の先をとがらせた杭状くいじょう刺殺しさつ武器であったが、短刀の場合もあり、鎧通しのその形状は様々だ。

こういった武器は古今東西に存在する。どうしてこのような接近戦用せっきんせんようの武器が戦場に普遍的ふへんてきにあるのかと言えば、そもそも鎧には一つの矛盾むじゅん点があるからだ。

鎧を着る目的である防御と言う役目を重視じゅうしすればするほど装甲そうこう分厚ぶあつく重量化する。

その反面に戦闘用と言う用途ようとを考えれば、自由に動ける形状になっていなければいけない。

防御を重視すればするほど、重く窮屈きゅうくつで自由度の無い鎧となり、身動きが封じられてしまって戦闘用の鎧としては逆に役目をたせなくなる。また、戦闘のために自由度を上げれば装甲が弱くなり防御としての役目が果たせない。

この二律背反にりつはいはんを解決しなければ、鎧は理想の形にはならない。(※二律背反とは相反するテーマにより生ずる矛盾の事。)

そして人間はこの二律背反の妥協点だきょうてんとして、鎧には強弱の箇所かしょを設置した。つまり、分厚い装甲部分とうすい装甲部分を組み合わせて一つの鎧としたのだ。分厚い部分は全体的に必要だが、関節個所などの機動性を確保せねばならない箇所は装甲をなくし、帷子かたびらなどで防御力を補ったのだ。鎧通しとは、つまりは装甲が無くなった部分を狙う武器なのだ。しかも、その装甲をなくした部分は人体の関節部分であり、そこには動脈が通っている。太い動脈を切られれば1分もしないうちに失血により身動きできなくなり、あっという間に失血死しっけつしする。鎧の隙間を狙うような小型の武器であっても、十分に命に手が届く恐ろしい武器なのだ。



「ぐふっ!!」

脇口わきぐちから肺まで刺されたせいで口から血がこぼれてきて、鉄の味がした。

「残念だよ。ジュリアン・・・。お前は良い王子になると俺は信じてしたがったというのに・・・・・。」

ギャレンタインはさびしそうな声を上げながら、僕を突き飛ばすと、素早すばや抜剣ばっけんして僕に切りかかった。

だが、その一撃を放とうとする右腕は、あっさりと僕の手に押し止められてしまう。

「僕の方こそ残念だよ、ギャレンタイン・・・・。

 僕がこの程度の事で死ぬと思われていただなんて・・・・。」

僕が心底、残念そうに呟くとギャレンタインは「なっ!? なぜっ!?」、と驚愕きょうがくの声を上げながら、僕にその両腕を巻き上げられながら頭を地面にたたきつけられて失神した・・・。「無刀捕むとうどり」と呼ばれる素手で武器を持った相手を制圧せいあつする古武術における必修ひっしゅうわざだった。日本の見たこともない技だったからギャレンタインは、反応もままならぬまま地面にたたきつけられたのだ。当然のように失神もしよう・・・。

「ギャレンタイン・・・・。バカな男だ。

 忘れたのか? 僕にはいやしの女神が付いていることを。彼女がいる限り、僕は簡単な刀傷かたなきずなんかでは死なないんだよ。」

そう、僕は簡単には死なない。オリヴィアと言う治癒魔法の天才がそばにいる限り、どんな傷でもたちまちのうちに治ってしまうのだ・・・・。

僕が失神したギャレンタインを彼の鎧を止めるひもを使ってしばり上げると、それまで呆気あっけに取られていたドラゴニオン王国騎士団が我に返って攻撃を始める。


「取り戻せっ!! あの悪逆非道あくぎゃくひどうの転生者から団長を救うんだっ!!」

全く身に覚えのない悪口を言われてしまった。

「やれやれ・・・手間のかかることだ。」

僕は、少しヤサグレながら地面に落ちた鎧通しを拾うと、前列の敵を打ちえる。

鎧の上からとはいえ、鉄のかたまりで頭部を強打きょうだされると、人間は失神してしまう。しかも、それは人間の眼には全く見えない速さで繰り出され、打ち据えられた騎士たちは、自覚もないままバタバタと倒れていく。

その光景を見たひとりの騎士が叫んだ。

がれっ!! 矢だっ!! あいつに剣や槍は意味がない。まずは矢でジュリアン以外の者を射殺しゃさつするんだっ!」

この言葉に冷静さを取り戻した兵たちは、一気に僕から離れていく。しかし、これは良くない。数では圧倒的に多いドラゴニオン王国騎士団が陣形を整えてから一斉いっせいに弓をかまえだした。訓練された彼らは僕に恐怖したぐらいでは引き下がらないだろう。かといって、ドゥルゲットに「預言者を殺せば世界を救える」と言葉巧ことばたくみにだまされているだけの彼らを殺すわけにもいかない。りは殺すよりも手間がかかる。

「・・・・・まずいな・・・・これは。」

彼らを相手にここで時間がかけすぎると、父上は謁見えっけんから遠く離れてしまう。時間をかけている余裕はない。だからといって、この拠点きょてん防衛ぼうえい伯爵はくしゃくたちに任せて僕達が謁見の間に行くにはドラゴニオン王国騎士団は強すぎる。僕の実力を見てもひるむ様子も見せずに規律きりつ正しい陣形を組むとは・・・・。正直、僕は彼らの戦士としての資質ししつ見誤みあやまっていた。しかも100対500の戦いだ。わかっていたけれども時間は僕達の敵だ。父上から王権の移譲いじょうをしてもらうまでの時間がかかれば、全滅する。なのに、ここにいる騎士団が強すぎて、僕は父上の下へ行くことをためらわせるのだった・・・・。

そして、そうやって僕が躊躇とまどっているわずかな時間のうちについに「はなてぇっ!!」の号令と共にドラゴニオン王国騎士団の矢が放たれてしまった。

弓矢が飛ぶ速度は時速200キロを超えていて、弓道の場合、まとまでの28メートルくらいなら1秒とかけずに矢は的に到達する。矢はそんなに速いのにこんな近距離で矢を放たれたら一瞬すぎて人間はけることも出来ずに死んでしまう。しかし、僕の眼は全て見た。見えていた。

誰が、どのようにして、この矢の雨を防いだのかを。

ドラゴニオン王国騎士団が弓矢をはなたんとした瞬間、シズールが陣形から飛び出してきて、フー・フー・ロー様の手によって背骨に刻まれた神文しんもんを使った氷魔法で巨大な氷の壁を産み出し、敵兵の弓矢を全て防ぎきった。こんなことができるのは全て魔神であるフー・フー・ロー様の恩恵おんけいだが、シズールの能力でもある。元々、召喚魔法からバックアップ魔法も使える万能娘ばんのうむすめだったから神文を自由にあつかえるようになるのも早かった。彼女も天才なのだった。


「ジュリアン様。行ってっ!!

 お祖父ちゃんは、私が守るっ!!」

シズールは、僕に先に行けと言ってくれた。

「早く行かないと、作戦、失敗っ!!

 早く行って!」

シズールは、僕以上に冷静に戦場を理解していた。じょうに流されて作戦実行に支障ししょうをきたしていた僕は恥じなければいけない。

そして、シズールのその成長におどろいたのは僕だけではない。彼女の祖父・疾風のローガンも驚いていた。

「シズール・・・・お前・・・・。」

感極かんきわまって涙する祖父にシズールは見向きもしない。それどころか、「お祖父ちゃん、気をゆるめないでっ!! これからだよっ!!」と、かつを入れる。

ああ、この子はこの旅のうちに立派に成長した・・・・。疾風のローガンは恐らくそう感じたのだろう。涙をぬぐうと「大丈夫です、先に行ってください!」とばかりに僕を見てコクリとうなずいた。

「わかった・・・。なら・・・。」

僕はシズールを置いていくことに納得すると、補強のために救援きゅうえんを呼ぶ。 


「氷に閉ざされた氷と泥の国に住まわれし狩人ルー・バー・バーよっ!! 我が同胞はらからにご助力をっ!!

 ジュリアンがかしこみ畏み願いたてまつそうろう

僕が舞い踊り、呪文を詠唱すると次元の壁を切り裂いて、氷と泥の国の狩人にして名射手のルー・バー・バーが現れた。その御姿おすがたあふれる闘気。異様いように美しいこの世ならざる者の姿にドラゴニオン王国騎士団も流石にあわてふためく。

「き、気を付けろっ!! ジュリアンが異界の騎士を召喚したぞっ!!」

ルー・バー・バーは、そういって動揺どうようする敵には見向きもせずに僕の顔を見るや「またお前達か!」と、うんざりするような声を上げる。

ルー・バー・バーはこれまでも力を貸してくれた。今回も力を貸してくれるだろう。

「ルー・バー・バー様っ!! 僕達は魔神フー・フー・ロー様の命を受けてこの国を攻撃しております。どうかこの拠点を防衛するお力添ちからぞええいただけませんか!?」

深々ふかぶかと頭を下げてお願いすると、ルー・バー・バーは、再びうんざりするようなため息をついて「殿下でんかの命令に従っておるのなら、助力してやることもやぶさかではない。」と、承知しょうちしてくれた。

弓に矢をつがえると「あそこにいる連中を皆殺しにすればいいのだな? たやすいことだ。」と物騒ぶっそうなことを言い出した。


「ち、ちがうちがうっ!! ちーがーいーまーすっ!

 僕達4人がこの先の謁見の間でこの国の王と交渉こうしょうするまでの間、この拠点を守っていただきたいのです。

 絶対に殺さないで。なおかつここにいる僕の部下たちを守りつつ、彼らを抵抗できないように徹底的に痛めつけて()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「はぁっ!? おまっ・・・なにいってんの?」

ルー・バー・バーは素っ頓狂すっとんきょうな声を上げて問い返したが、それに付き合っている時間はない。

「頼みますよっ!! みんな、後は頼んだっ!! 

 行くぞっ!! オリヴィア、ミレーヌ、ゴンちゃんっ!! 僕についてこいっ!」

僕はルー・バー・バーの了承りょうしょうの言葉も聞かぬままに、仲間を引き連れてその場を離脱りだつする。


「おいっ!! お前、メチャクチャ言ってるぞっ! おいっ!!」

背後からルー・バー・バーの怒声どせいが聞こえるが・・・気にしない。

「ジュリアン様・・・いっつも無理難題むりなんだいをいう・・・。」

シズールは観念かんねんしたかのようにつぶやくし、疾風のローガンは

「ああ・・・。似ておられる。魔神フー・フー・ロー様に・・・。

 なんてところが似てしまったのだ・・・・。ああ・・・・まったく・・・・。」

と、呆れたような声を上げた。

皆、言いたい放題言ってくれるねっ!! いいさ、僕は先に行くっ!! 

僕にはやらなくちゃいけないことがあるんだからっ!!

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