皆っ!! 合流するぞっ!!
謁見の間を目指す僕らの耳に、遠ざかる決戦の場からターク・タークの哀れな悲鳴が聞こえてきた・・・・。
きっと彼は助からない。背中を抉るファー・ダーの一撃はそれほどの深手だった。あの一撃が当たったのも、オリヴィアたちが彼の脅威になりえたのも、僕という存在が彼にとって決して見過ごせない戦力として脅威を感じさせていたからだ。それは出会いがしらの彼の斬撃を槍で受け止めた時の感触から双方が感じていたことだ。僕の武術は彼をついに超えていた。僕の方が明らかに強かった。それは彼が最後に繰り出した突撃を受け止めた際の打ち合いでも明らかだった。打ち合うこと15合。(※合は、古武術の用語で戦闘で打ち合う回数のこと。)
それの全てを僕は捌き切った。僕は確実に、そして驚異的に強くなったのだとあの時確信した。あの戦いの最中、ターク・タークには僕と言う強敵を乗り越えて・・・僕の隙をついてオリヴィア達を攻撃するような余裕はなかった。それどころか僕を倒さずに他の標的を狙うことは僕に隙を見せる命取りの行為でしかない。僕を倒さずにオリヴィア達を攻撃すれば、彼はたちまち僕の槍にてその脇を突かれて死んでいただろう・・・。闇と暴風の国の精霊騎士を相手にして、僕は決して目をそらせない敵になりえるほどの実力を身につけていた。そのことを大変、誇らしく思うし嬉しい。自然と表情筋が緩んでニヤけてくるぐらいに・・・・。
「ねぇ、4人ともっ!!
さっきの僕はカッコよかっただろうっ!」
こんな時だというのに、僕は4人に褒めてほしくて、つい、走りながらそんな質問をしてしまう。
「凄かったっ!! ジュリアン、お前カッコよかったわよっ!!」
オリヴィアが興奮気味に頬を染めながら大きな声で答える。
「ジュリアン様、強いっ!!」
シズールはその幼い精神性が表に出やすい。だから興奮しながら手にした水流の杖を縦にブンブン振りながら答えた。ちなみに僕達4人の装備は魔神フー・フー・ロー様より下賜された超高級な魔法の装備。褒めてくれるのは嬉しいけど、武器の取り扱いには気を付けてねっ!!
「素敵でしたわっ!! ジュリアン様っ!!」
ミレーヌはもう瞳の中にハートマークが描かれているんじゃないかと思うほど、メロメロな声をあげる。
ちなみにゴンちゃんは何も答えてはくれなかった。野生動物と心を通わすのには、まだまだ時間がかかるようだった。
精霊騎士のターク・タークをまんまと出し抜いたことに気を緩めてしまったが、ここはドラゴニオン王国の王宮内。つまり敵地だ。王宮の奥へ奥へと進めば進むほど、接敵する可能性が高まる。
丁度曲がり角を曲がったところで、王宮内の異変に対応すべく行動していたドラゴニオン王国の騎士達と遭遇した。
「ああっ!! き、貴様は、転生者のオリヴィアっ!!」
「すると、そこの異形の者はジュリアンかっ!! 変わり果てはしたものの面影があるぞっ!!」
騎士達は僕達の姿を見ると興奮して襲い掛かってきた。
「おのれっ!! ジュリアンッ!!
貴様さえ・・・・貴様さえ生まれてこなければっ!! ドラゴニオン王国はこのようなことにならなかったものをっ!!」
「貴様のせいで、我々は困窮しているのだっ!!」
「我らの恨みを思い知れっ!! 我らの苦しみを知れっ!! そして、罪を償って死ねっ!!」
誰もが狂ったように呪いの言葉を吐きながら襲い掛かってきた。かつての家臣たちにこのような恨み言を言われるのは正直、とても堪える。しかし、今の僕らはターク・ターク以上に彼らに関わっている暇はない・・・・。
王国を守る精鋭騎士と雖も、精霊騎士と同等の力を手にした僕の敵ではない。僕は風よりも早く動いて一瞬のうちに彼らを打ち倒す。頸椎部分に当身の手刀打ちを食らった彼らは何をされたのかもわからないママ失神して倒れる。その動きはオリヴィア達にも見えない。一瞬のうちに突撃してきた彼らを追い越した僕の背後で崩れ落ちる精鋭騎士たちを見て、鳩が豆鉄砲を食ったようにビックリした表情で固まっていた。
「急ごうっ!! ここは敵地だ。
皆と合流して謁見の間へ続く場所を確保しなければ、僕らはともかく、他の皆は全滅しかねないぞっ!!」
僕はそう言いながら、ここが敵地であり決して油断してはいけないことを自覚していた。そして、僕の一言でオリヴィア達の顔も引き締まった。
僕達は前進する。生まれ育った迷宮のような王宮内を決して迷うことなく、最短ルートで謁見の間を目指した。途中で何度か接敵したが、僕達の脅威ではない。問題は、僕達以外の騎士達が無事だろうかと言うことだ。
だが、その心配とは裏腹に謁見の間へと続く大広間の一角には、すでに数名の騎士団がいた。シズールの祖父にして200年前に勇者アルファと共に魔神と戦った英雄・疾風のローガンが率いる一団が僕達よりも先に謁見の間へと続く大広間を拠点として奪取し、その防衛に入っていた。ローガンはその実力と実績を魔神フー・フー・ロー様から高く評価されていたので魚鱗の陣形の殿に位置する場所に配置された。ここはもっとも謁見の間から遠い場所に転移されているというのに、一番乗りとは恐ろしい事だった。
「殿下っ!! 遅いお着きでっ!!」
「嫌味を言うなよ、ローガンっ!!」
「こちらは大勢の敵を相手に死に物狂いでしたからな。全く、老い先短い年寄りになんて無慈悲な仕事をさせるのですか?」
歴戦の勇者ローガンはこんな時でも軽口を叩けるほど、余裕であった。
「そんなに嫌なら、来なければよかったのに?」
僕が嫌味を言い返すとローガンは嬉しそうに言い返す。
「シズールより、聞きましたぞ。ついに娘たちを室に入れるお覚悟をお決めになられたと。
なれば、この老骨。最後の御奉公を果たして、無事に孫の幸せな姿を見届けさせていただかねばなりません。」
なるほどね・・・・。ローガンの娘は鬼族に拉致されて非業の死を迎えた。そんな娘の忘れ形見である孫のシズールは今やローガンの生きる支えになっている。それはきっと、多分。二人にとって素晴らしい事なんだろうと思う。
「任せろ、ローガン。かならずシズールを幸せにして見せる。」
「ジュリアン様・・・・。」
鬼の目にも涙。僕は英雄、疾風のローガンが感極まって思わず溢した一筋の涙を見ないふりをして、拠点防衛の任務に就く騎士たちに話しかけた。
「諸君たちもご苦労である。
この拠点の防衛こそが作戦成功の可否にかかわる。もうじき、他の騎士達も合流するはずだ。それまで持ちこたえてくれたまえっ!!」
僕の言葉に一人の騎士が不安そうに「他に配置されたところには俺の幼馴染がいます・・・・。来ますかね‥?」と尋ねる。僕はその背中をポンと叩いてやり、元気よく答えてやる。
「来るさっ!! ・・・・生きていればなっ!!」
僕の返事に騎士は思わず「畜生・・・。」と答えたが、聞こえないふりをしてやった。
そんなやり取りをしていると、別の場所に配置された騎士たちも合流してくる。誰も転移魔法で強襲してくるなどと想像もしていなかったのでドラゴニオン王国騎士団も対応が遅れるとはいえ、見事な機動力だった。そして、彼らを率いるのはラグーン伯爵。流石にこの人はやるっ!!
あっという間に謁見の間へと続く大広間に100名近くの騎士達の防衛陣が築かれる。100名近くと言うのは、もちろん、来る途中の戦闘で命を落としたものがいるということだ。これも戦争ゆえに仕方のないことだが、辛い。
しかし、そんなことに気をに病んでいる時間的余裕は僕らにはない。大勢の騎士達がここへくるということは、多くのドラゴニオン王国騎士団を連れてくるのと同義だ。僕の騎士達の背中を追ってドラゴニオン王国騎士団が続々と集まってくる。
そして、その騎士団を率いる男に僕は見覚えがあった・・・・。
彼の名は騎士団長ギャレンタイン・バレッド・・・。僕の護衛任務に就いていた男だった。
「ギャレンタインっ! 君は無事だったのかっ!!」
昔馴染みを見て、僕は思わず歓喜の声を上げる。それを聞いたギャレンタインは、嬉しそうに返事を返す。
「その御声はジュリアン殿下ですかっ!? よくぞご無事でっ!」
ギャレンタインは武装解除して嬉しそうに僕の方へ歩み寄る。それを見て僕は騎士達に「攻撃するなよっ!! 僕の友達だっ!!」と、命令してから、僕も同じように嬉しそうにギャレンタインのところへと駆け寄る。
僕とギャレンタインは握手を交わして抱擁する。お互いの無事を神に感謝した。
「ああっ!! ギャレンタイン。国がこんなことになっていると聞いて、君ももう戦場に行ってしまったのかと思っていたっ!! 無事でよかったっ!!」
「ええ、殿下。私も貴方が無事で本当によかった・・・。」
懐かしい友との抱擁に思わず涙が頬を伝う・・・・。
だが、次の瞬間、ギャレンタインの手に隠し持った鎧通しが、残酷にも鎧の隙間から僕の体を深々と刺し貫くのだった・・・・・。




