お前に構っている暇はないんだっ!!
「行こうっ!! こうしている今も皆が作戦を実行しているはずだ。
遅れるわけにはいかないよっ!!」
そう声を上げて、僕は勢いよく扉を押し開き、通路へと飛び出していくのだった・・・・。
僕は一緒に転移したオリヴィア、ミレーヌ、シズール、ゴンちゃんを引き連れて王宮を目指すのだった。
・・・・・て、いうか・・・・。魚鱗の陣形の頂点に配置されたメンバーとはいえ、このメンツ。えげつなすぎない?
オリヴィアと僕は恩恵を受けた転生者だし。ミレーヌとシズールは召喚魔法まで使いこなせる優秀な魔法使いへとレベルアップしている。ゴンちゃんに至っては生まれたばかりの龍の子供で人間ですらない。相当な手練れの敵でも現れない限り、謁見の間へ向かう僕達を止めることは不可能だろう。
そんなことを考えながら王宮内を走っていると、僕達の進行方向を防ぐようにしてヤツが出た。
浅黒く焼けた肌に緑の瞳。そう、あのいやらしい闇と暴風の国の騎士ターク・ターク。ゴーレムとスケルトンを駆使するあのターク・タークだった。ターク・タークは、曲がり角からゆっくりと姿を現した。壁の裏に隠れて奇襲が出来るはずだったはずなのに、正面衝突を望むかのように僕達の前に姿を見せたのだった。
「とまれっ!! ターク・タークだっ!!」
全員、僕の一声で急ストップして止まる。僕以外は全員、ターク・タークが何者かは聞いているが、実際に合うのは初めてのことだった。それでも全員がフー・フー・ロー様との稽古で既に人間の領域を出つつある実力者に成長している。だから、感じ取ることができるターク・タークという精霊騎士の魔力の強さを。その危険性を・・・。
「久しぶりだな。ジュリアン・・・・・・忌々しいクソガキめが・・・。
あの時はよくもやってくれたな。」
あの時・・・・とは、僕と師匠がヌー・ラー・ヌーの屋敷に疾風のローガンを救出に行った時だった。
あの時、僕はフー・フー・ロー様のお城の番犬ともいえる氷獣ファー・ダーを呼び寄せてターク・タークと戦わせた。そして、ファー・ダーとターク・タークがにらみ合う膠着状態に入った瞬間に師匠の転移魔法が完成して、僕らは逃走に成功したのだった。(※第51話「氷獣よ、来いっ!!」を参照)
あの時の僕は、ターク・タークに対して無力だった。弱すぎた。
だからファー・ダーの力を借りねば戦うことすらできなかったんだ。だが、今は違う・・・。
今の僕は奴と対等に戦える霊位にまで昇華している。加えて優秀な仲間を共にしていて一人で出てきたターク・タークに対して多勢に無勢。・・・・負ける気がしない。
そして、そのことはターク・タークも気が付いていた。
「ほう・・・・。ジュリアン。貴様・・・・。どのような手段を使ったのか知らんが、精霊騎士と同様の霊位になっているな。
それに、この短期間でかなり成長した。
修羅場を随分と潜り抜けたようだな・・・・男の顔になった。仲間たちも人間としてはかなりのものだ。
ならば、俺は一切の油断もしないし、説得も行わない。」
ターク・タークは、そう言うと緊張感が漂う顔で腰に差した剣を抜く。
そしてすぐに風よりも早く瞬間移動して僕に切りかかってきた。それは人間には視認できぬ速度だった。人間の領域を出ぬ者にとって、ターク・タークは、ワープしたように見えただろう。いや、そもそも何も見えてないかもしれない。ターク・タークが僕に向かって剣を三回振るったことなど、人間には見えないことだ。ただ、ギャッギャッギャッ!!!という金属が打ち鳴らされる音を後から聞いてターク・タークの剣と僕の槍が打ち合ったことを知るのだろう。
そして・・・・当然、ターク・タークの攻撃の合間を縫うようにして放たれた僕のサイドキックがターク・タークの横腹を蹴り飛ばしたことなど、気が付くはずもない。
「ぐふっ!!」
ターク・タークは苦しそうな声を上げて後方に吹き飛ばされながらも自分の体を足に力を込めて止める。地面には彼が後方に飛ばされることにあらがった長さの分だけ、床が抉れて、焼けこげていた。
どうにか自分の体を留めたターク・タークは、悔しそうに僕を見て顔をひきつらせた。
「貴様・・・・・その姿は・・・・。」
僕の槍の穂先に僕の姿が映っている。(※槍の穂先とは、槍の刃物部分のこと)
しかし、僕にはそれを視認する必要はなかった。僕は自分で感じている。土精霊騎士ガークの精霊球を取り込んだ自分が今、異形の者になっているということを十分、自覚できていた。
白い髪と真っ赤な炎のような瞳。その赤い瞳の虹彩は回転していて、とてもこの世の者とは思えない。吸血鬼のように鋭い牙を持ち、身長も20センチ以上一瞬で伸びた。
僕の容姿の急変は精霊球の副作用だ。普段の僕はこれを抑え込むことができるようになっていたが、ターク・タークのような強敵を前にして、僕は完全に制御する余裕が無いようだ。
無いようだ・・・というのは、自分でも自覚が無いうちに起きたことだからだけど、そんな僕の変化にターク・タークは唾を吐いた。
「貴様・・・・。呑んだな?
精霊球をっ!!
許さんっ!! 下等な生命体の貴様がそのような手段を用いて昇格することなど、万死に値するっ!!」
ターク・タークの怒りはすさまじく、一気に殺気立つ。そして、その怒りを糧にするかのように大量のスケルトンを闇の国から召喚する。
「数で貴様を追い込む・・・・・。」
残忍な笑みを浮かべてターク・タークがそう言った瞬間、大量の氷の矢がスケルトンたちを貫いた。大量のスケルトンたちは、この世に召喚されてすぐに、わずか一瞬で氷漬けにされてしまったのだ。
「なっ・・・・。」
あまりの一瞬のことでターク・タークが驚きの声を上げた。
彼は見たのだ。その大量の氷の矢を放ったのが僕ではなくて、僕の後ろに控えるオリヴィア達3人娘が一瞬の魔法で作り出すさまを・・・・。
「こっ・・・こいつら。魔法の言上も舞もなくっ・・・・・!!
まさか・・・・こいつらもフー・フー・ロー様のご加護をっ!?」
慌ててターク・タークは大きく後方へ飛び下がり、僕らから距離をとって剣を構えなおす。その構えからは一分の隙も感じられない。ターク・タークは初めて会ったあの時も感じていたが、優れた剣士であった。だが、僕と僕の大切な3人もフー・フー・ロー様の過酷な訓練を乗り越え、実戦経験も積んだ優れた魔法戦士・・・。決して安易にはターク・タークに追い打ちをかけようと近づいたりはしない。
僕らは睨みあうだけで行動に移れない膠着状態となった。
「・・・・・この忙しい時に面倒な真似をさせやがって・・・・。」
僕はイラっとして思わず呪いの言葉を吐いたが、この膠着状態を先に我慢できなくなったのはターク・タークの方だった。
「どうしたっ、小僧っ!!
この期に及んでおじけづいたかっ!? 貴様の方から来なければ、時間は貴様の味方ではないぞっ!」
と、安っぽい挑発をしながらも、飛び込んでこない僕達に対して苛立つ素振りを感じさせた。その様子から、僕達はターク・タークが何かを仕込んでいることに気が付いた。
「ミレーヌ・・・・。」
僕がゆっくり声をかけるとミレーヌは「はい。ジュリアン様」と、以心伝心の返事を返す。
そして、返事と同時に曲がり角になっている壁を氷の槍の集中砲火にて吹き飛ばした。
大きな衝撃音と共に壁はアッサリと崩れさり、その壁の裏に隠れていたゴーレムたちをあぶりだす。
「僕を交差点におびき出すために死角となる壁の裏側にゴーレムをかくしていたのか?
残念だよ。ターク・ターク。
こんなに簡単に女子供に見抜かれてしまう作戦に頼るなんて・・・・なんとも安っぽすぎる作戦ではないか・・・・。」
僕はそこまで言うと、一拍おいてから心底、見下した目でターク・タークに告げた。
「・・・・惨めすぎない・・・・?」
これほどの侮辱があるだろうか? 本来、自分よりも霊位の低い下等な人間に惨めと見下されるなんて、どれほどの恥辱の思いを感じたであろうか?
それは誇り高い精霊騎士の平常心を奪うのには十分すぎた。ターク・タークは自分から距離をとったというのに怒りに任せて突撃してきたのだ!!
その心の隙を見逃す僕達ではない。ターク・タークの渾身の斬撃を槍で受け止めること15合、その隙に僕の背後にいたシズールが氷獣ファー・ダーを召喚する。ターク・タークを僕と挟み撃ちにできる位置に召喚されたファー・ダーは、ターク・タークがその場を離れるよりも一瞬早く、ターク・タークの背中の肉を大きな爪で張り手をするようにして抉る。不意を突かれたターク・タークはまともに食らって深手を負う。
「がああああっ!」
ファー・ダーの攻撃を食らったターク・タークの背中の肉がえぐり取られながら吹き飛ぶのを見届けると、僕は宣言する。
「悪いなっ!! ターク・ターク。僕達にお前と遊んでいる時間はないっ!!
ファー・ダーともう一戦していればいいさっ!!
君が生き残れたら、また会おうっ!!」
僕達はそのままターク・タークを放っておいて、謁見の間を目指して走り抜けていく。
その背中にむかって重傷のターク・タークが叫んだ。
「おのれっ!! バカにしおってからにっ!!
卑怯だぞっ!! 俺と戦えっ!! ジュリアン、貴様~~~っ!!」
申し訳ないけど、ターク・ターク。その傷では君はもうまともに戦えないよ。
ファー・ダーに殺される以外の未来はない。そんな死に体の君に構っていられるほど・・・・僕達は暇じゃないんだ・・・・。
そうして謁見の間を目指す僕らの耳に、遠ざかる決戦の場からターク・タークの哀れな悲鳴が聞こえてくるのだった・・・・。




