戻ってきたよっ!!
その場から一瞬にしてガーン・ガーン・ラーとレーン・レーン・ルーンの二人が消えた。時空が歪み、一瞬にして目の前の景色が変わったのだ。ガーン・ガーン・ラーとレーン・レーン・ルーンのいた場所は、四角い仕切りをしたかのように地面が深さ30センチほどごっそりと切り取られるように失われていた。
「見たか? 陣形を崩すとお前たちも容赦なくこの地面のようになるぞ?」
師匠の言葉にその場にいた精鋭たちも思わず顔が恐怖で歪んでしまうのだった・・・・。
師匠の転移魔法は人間を空間から個別に取り分けてに転移させるものではない。その場の空間ごと切り取って別の空間に飛ばす転移魔法だ。その魔法の領域は、この切り取られた大地が示すように四角形の空間だ。その四角形の境界線にあるものは切断される。例えば人間の腕が境界線上にあれば、境界の中にある部分は転移され境界の外にある部分はその場に残されるので、結果的に切断されることになる。都合よく境界の外にある部分が転移する側に引っ張られて一緒に転移されたりはしない。
僕達はいわゆる魚鱗の陣形を組んでいた。魚の鱗のように規則正しく並べたような三角の形の陣形で、その三角の頂点に当たる場所は、真っ先に敵と遭遇する場所であるために最も激戦区となり、最も攻撃力が高い戦力を集めて突破力を上げる。その場所には、鬨の声を上げるべき僕が配置され、他の騎士達はその中心以外の場所に配置された。僕達はこの陣形の距離を崩さずに突撃しなければ、師匠が僕らを転移させるときに切断されかねない。言葉で説明を受けていてはいるものの、実際にそれがどのような現象なのか目にするのとでは、印象が全く違う。誰もが、転移魔法の恐ろしさを実感したのだった。
暫くの間、誰もが驚愕のあまり切り取られた四角い大地を凝視したまま固まっていたが、やがて、密偵としてドラゴニオン王国に行っていたシーン・シーンが師匠の前に姿を見せた。
「神よっ!! フー・フー・ロー様っ!!
ガーン・ガーン・ラーとレーン・レーン・ルーンがミカエラ王と謁見する運びになりましたっ!!」
その言葉を聞いた師匠は、小さく頷くと全員に出発を告げる。
「兵士諸君、行くぞっ!!
一刻の猶予もならん。陣形を一切乱さずに、敵の拠点へ走るぞっ!!」
言うだけ言うとフー・フー・ロー様は僕らの返事も待たずに立ち上がり駆け出す。無駄に時間をかけると躊躇が生まれると判断したのかもしれない。とにかく僕らは一切の余裕もなく師匠に続いて走りださねばならない状況になってしまったのだ。
「急げっ!! 遅れると師匠の転移魔法で真っ二つにされてしまうぞっ!!」
僕は騎士達に発破をかけるように怒鳴りつけた。その言葉は下手な掛け声よりも兵士たちを走らせることが出来た。僕の言葉に騎士たちが一斉に動き出す。師匠はなんだかんだ言いながらオリヴィアやシズールの駈ける速度を計算に入れて走ってくれているので、僕らは陣形を保ったまますぐに師匠に追いつくことが出来た。
そうして5分も走り抜けると、敵からも僕達からも相手の顔を視認できるほどの距離に近づいた。「矢を放てっ!!」という敵の拠点から兵士の声が聞こえた。その「敵」の声が本来は自分の家臣であることを考えると、とても悲しい気持ちになったが、それを気に病んでいる場合ではない。僕とオリヴィアは師匠に指示されなくても、神文由来の氷魔法を瞬時に発動させて、敵が放った弓矢から仲間を守る防壁を築いて矢を受け止める。
「矢は僕達がとめるっ!! 諸君は足を止めるなっ!!」
僕の言葉に全員が「応っ!!」と、答える。その駆け足は緩むことが無かった。
そして、拠点を築く敵とあと20メートルに来たくらいのところで師匠が叫ぶ。
「繰り返すぞっ! 一瞬だ!
奴は一瞬で来るぞっ!! 総員、絶対に気を抜くなっ!!」
師匠は、そう確認の一声を叫んでから優しく僕の背を叩き、「やれっ! ジュリアン。王子が帰ってきたことを知らせてやるのだっ!!」と命令した。
これぞ潮時と言うことか。僕は、今、この瞬間こそが勝負のタイミングと悟り、手にした槍を掲げて大声で叫んだっ!!
「やーっ! やーっ!!
我こそは、ドラゴニオン王国ミカエラ王の第一子にして、魂の転生者。予言の子。ジュリアン・ダー・ファスニオンであるっ!!
諸君、私は戻ってきたぞっ!! 復讐を果たすためにっ!!」
大声で喉が破れるかと思うほどの勢いで叫んだ。
次の瞬間、次元が歪み僕らは転移する。その瞬間のことは、誰にも目撃できなかったであろう。
ただ一人、精霊騎士並みの力を手にした僕の眼だけが、突然、姿を見せた憎きドゥルゲットを見た。その姿は、クリスだった。僕の可愛いクリスティーナだった。奪われてドゥルゲットの依代にされるという屈辱を受けるクリスティーナの亡骸・・・・・。僕はその姿を確かに見たのだった・・・。
そして僕達は瞬きよりも早く、王宮内に転移した。クリスの事で怒る感情すら起きない本当の一瞬のことだった・・・・
僕が転移された場所は、今日、転移された誰よりも僕にこそふさわしい場所。僕の寝室だった・・・・。
「こ、ここは・・・・。ジュリアンの寝室が・・・・あの時のママ?・・・・・。」
オリヴィアは僕の転移先が、僕達が逃げ出した時のママであることに驚いた。当然、僕も驚いた。
師匠とドゥルゲットが戦い、それに土精霊の大貴族であるバー・バー・バーン様の魔法が発動して破壊された僕の寝室・・・・。それが補修されることもなく、当時のままの形で保存されていたのだった。
シズールは室内のテーブルの埃を手で掬い、「掃除してない。汚い。」とビックリしたように言う。
シズールを驚かせたそれは、ここはあの日の後、閉鎖されたことを示していた。
「僕は・・・・本当に王族として見捨てられたんだな・・・・。」
分っていたことだった。
ルーザ・デ・コスタリオの兵士たちを救おうとしたのに、命を狙われた時に既に分かっていたことだった。しかし、父上と母上は心の奥底では僕を待っていてくれるものだと思っていた。自分たちの息子は苦難を乗り越えてドゥルゲットと戦う戦力を蓄えて王国へ戻ってくると信じていてくれると思っていた。そして、その時、僕を迎え入れてくれやすいように、この部屋は直してくれている事であろうと思っていた。心の奥底で期待していた。だが・・・・。現実はそうではなかった。そう思うと胸が痛くなるほど寂しくなった。
その寂しさで肩を震わせる僕にオリヴィアは無言で寄り添ってくれた。
オリヴィア・・・・君の小さな掌はなんて温かいんだ・・・・。僕がそう感激したとき、ミレーヌが意外なことを口にした。
「いいえ。ジュリアン様。
ジュリアン様は見放されてはおりません。きっとご両親はジュリアン様を今でも愛しておられます。」
・・・
・・・・・こんな時にそういう慰めはいらない・・・
「・・・・家出人が去った部屋は掃除してはいけない。当時のままにしておけば、帰ってくる。
そういう呪いがあるのですよ・・・・・。」
ミレーヌの言葉に全員がハッとした。
「そうだよ。ジュリアン様。そのはずだよ。
いこう。王様のところ。きっと話し合いで解決できるっ!!」
シズールが声を上げて僕を励ましてくれた。
その言葉を勇気に変えて、僕は前に進める気になった。
「行こうっ!! こうしている今も皆が作戦を実行しているはずだ。
遅れるわけにはいかないよっ!!」
そう声を上げて、僕は勢いよく扉を押し開き、通路へと飛び出していくのだった・・・・。
ー----------そして、ジュリアンたちが王宮へと転移すると同時に魔神フー・フー・ローと災いの神ドゥルゲットは、襲撃した拠点で睨みあって対峙する。
「おのれっ!! おのれっ!!
どこまでも俺の邪魔をするというのかっ!!
よくも・・・・貴様っ!! フー・フー・ローぉぉぉおおおおおおおおおー-----っ!!」
殺そうと思ったジュリアンを一瞬で転移された怒りに我が身を震わせて、ドゥルゲットは絶叫した。疫病神のそれは、それだけで人間にはダメージになるようで、拠点を守る数名の兵士はその一叫びで精神をやられてその場に昏倒した。
しかし、魔神フー・フー・ローは、そんな呪いの中にあっても涼しげな顔をしている。それどころかまんまと罠にかかった災いの神ドゥルゲットを小バカにするようにフッと笑い飛ばすと、指先で空中に神文を描いて魔性の槍を展開する。
「吠えるな。下郎ドゥルゲットよ・・・・。
貴様はここで死ぬのだ。
俺のジュリアンの命を狙った罪を・・・・罪なき人間たちを殺した罪に対して、俺が神罰を与えてくれようっ!!」
殺気みなぎる両雄は既に戦闘状態に入っていた・・・・・・。




