聞いてないよっ!!
「ねぇ、ジュリアン。
私、女の子になってよかった・・・・。」
その言葉と熱く僕を見つめる瞳から僕は全てを悟って、彼女の望むものを与える。
細い腰を抱き寄せ、小さな顎に手を当てて・・・・・甘い抱擁と共に深くしっとりと熱いキスをするのだった・・・・・。
僕らは互いに求めあい、与えあった・・・・・。
そんな熱い夜が過ぎ去った翌朝、師匠はオビエド・デ・コスタ国王の計らいで一室を借りて作戦会議を行う。テーブルに広げられた地図にはドラゴニオン王国が配置する兵団の位置を示す駒が並べられている。それを一目見てラグーン伯爵が呆れたように呟いた。
「まるで引き裂くほどに伸ばした網のようだ。
長く伸びた戦線は穴だらけであり、補給どころか攻め込む隙が多すぎる・・・・。
これではドラゴニオン王国の兵団同士が互いを助け合うことさえ不可能だ。各国が包囲網を築いて各個に攻撃すれば一網打尽に殲滅できてしまうではないか・・・・。」
そう。恐らくこれは戦争のド素人が見てもありえないと思うであろう戦図だった。世界各国に戦争を仕掛ける災いの神ドゥルゲットのせいで各地に散りばった各兵団は孤立状態にある。群雄割拠するこの世界の一国に過ぎないドラゴニオン王国の兵の数は各国に旅団(2000~8000人程度)規模を配置させるような余裕は全くない。恐らく一拠点に配置された兵団は最大人数でも3000人に満たないだろう。地球の軍隊で言えば連隊規模が最大でそれ以外は大隊(300~1000人程度)や中隊(60~250人程度)が各国と国境近くで睨み見合いを続けている状態だった。いや、下手すれば少人数過ぎて把握されていないだけで小隊規模(30~60人程度)で配置されている場所もあるかもしれない。
全く持って信じがたい状況ではあるものの、ドラゴニオン王国の第一王子であった僕には、今、地図に配置されている軍隊の規模がドラゴニオン王国の国力として妥当なことはわかる。恐らくここまで戦線を広げてしまっては、そのような配置にならざるを得ないだろう・・・。この戦図の状態に間違いはあるまい。ラグーン伯爵が言う様に各個撃破すれば、10日もあればドラゴニオン王国の傭兵団は一人とて生かすことなく全滅してしまうだろう。
「しかし、それでも各国が攻め込めないのには理由があるだろう?
そう、災いの神ドゥルゲットだ。疫病をもたらすドゥルゲットを相手に人間では手に余る。誰しもが奴を恐れて手を出せないでいるのだ。」
魔神フー・フー・ロー様は、この信じがたい戦線が維持できている理由を簡単に説明した。
そして、図面を指先でコツコツと叩きながらさらに説明する。
「これは拠点だ。
ジュリアン。お前を引きずり出すためのな。お前がひとたび行動を起こせば、奴は各拠点に風よりも早く飛び移れるように各地に配置した拠点なのだ。
戦線の姿をしているものの、これはお前の存在を感知するためのレーダーのようなもの。
ノコノコと各地に散りばめられた兵団に手を出せば、蜘蛛の巣にかかった蝶を捕えて殺すように奴が姿を現すという寸法だ。」
その言葉を聞いたオビエド・デ・コスタ国王は深く頷いて返事をする。
「今、まさに神が仰ったとおりの事でございます。我我とて、手をこまねいてみていただけではございませぬ。既にドラゴニオン王国に戦争を仕掛けられている各国は共同戦線を張って包囲網を作る盟約は取り結んでいるのであります。しかしながら、何処かを攻撃すれば、たちまち何処からかドゥルゲット様がお姿を見せてその地を疫病の海にお沈めになられるのです。」
オビエド・デ・コスタ国王の言葉はこの異常な戦線が維持できている理由を事実であることを保証した。どこの国もドゥルゲットのもたらす災いを恐れてにらみ合いをするための状況しか作れないでいるのだった。そして、今もドゥルゲットは僕を捕えるために蜘蛛が巣を大きくするかのように戦線を引き延ばしている。
「疫病が相手では人間では太刀打ちできまい。
精霊騎士と同等の力を得たジュリアンであってもかなり厳しい状況だからな。」
師匠は僕の実力がドゥルゲットには遠く及ばないことをあえて言及した上で作戦を詳細に説明し始める。それは、僕達が出陣前から疑問に思っていた内容も含まれる初耳の内容だった。
「我々は、ドゥルゲットが仕掛けた罠を逆に利用するのだ。できるだけ小さな兵団に攻撃を仕掛け、その旗印としてジュリアンは高々と名乗りを上げてもらう。戦場で名を上げたのなら、たちまちのうちにドゥルゲットは察知して風よりも早くジュリアンの下へと飛んでくる。
これまでも話したようにドゥルゲットと戦うのは私だ。奴が疫病をまき散らす以上、私以外の者は奴が現れると同時に私が魔法で全員を転移させる。無駄死にするだけだからな。
そして、転移先はドラゴニオン王国の王宮内だ。以前に私はドゥルゲットの呪いを受けたジュリアンを救うために王宮を訪ねたので座標は把握している。転移させることは可能だ。その際に100名の精鋭部隊は分散して転移させる。各部屋に分散させた兵士諸君は、一斉にドラゴニオン国王がいる謁見の間を目指して強襲する。遅れたら死ぬと思え!
そして、ジュリアン。お前が父親と対面し、王権をお前に移譲するように説得して戦争を終わらせるのだ。場合によっては殺しても構わん。わかったな。」
ー場合によっては、殺しても構わん・・・。ー
その言葉を聞いて目をむいて固まってしまった僕の頭を平手ではたいてからフー・フー・ロー様は言った。
「お前の家族の問題で済む話ではない。戦争を止めねば、世界中で多くの者が死ぬのだぞ。
甘えた考えは捨てて、お前の父を思い出せ。奴は国王としての責務を果たすためにお前の命を躊躇なく狙ったのだぞ。お前も人の上に立つ王族の一人ならば、父親を見習って責務を果たすのだ。」
フー・フー・ロー様はそう言われても、まだ冷静さを取り戻せずに硬直したままの僕が平常心を取り戻せるようになるのを待つほど甘いお方ではない。続けざまに僕に指令を出す。
「兵士諸君は作戦に備えて王宮の内部構造を頭に叩き込んでおけ。ジュリアン、お前は会議が終わり次第に王宮の見取り図を作成して兵たちに説明しろ。わかったな。」
わかったなと言いながらも魔神フー・フー・ロー様は僕の返事など求めてはいない。間をおかずにオビエド・デ・コスタ国王にも指示を出す。
「そして、オビエド・デ・コスタ国王・・・・ガーバン王よ。お前は今すぐに各国に伝令を送れ。
我々が動きだしたら、手を出すなと。この戦が終わった時、ドラゴニオンの国王はジュリアンとなる。我が弟子であり、信徒であり、息子でもあるジュリアンが国王となるのだ。その国の兵はジュリアンの号令一下ですぐさまに国に帰るだろう。それに手を出すことは私の子供に手を出すのと同義と思えと、各国に伝えるのだ。」
ガーバン王は、魔神フー・フー・ロー様が「手を出すな」と脅すように言うので、その迫力に引きつりを起こすほど怯えて、ただコクコクと何度も何度も頷くだけだった。
僕もオリヴィアもミレーヌたちもその様子を呆然と見ていることしかできなかった。
「どうやって100名の兵士を隠密裏にドラゴニオン王国に潜伏させるのですか?」と、質問した答えを僕達は今、知りえたのだが・・・・その答えは突拍子もない事であり、さらに王権の委譲を迫るなどと言う話は想像もしていなかったからだ・・・・。
そうして、誰もが唖然とするような説明をしてから、魔神フー・フー・ロー様は、パンッと手を叩き鳴らしてから
「話は以上だっ!!
速やかに行動を始めよっ!!」
と、指令を出すのだった・・・・。




