君は素敵だよっ!!
僕達は15日の航海の後にエネーレス王国のドイル王の妻の祖国であるオビエド・デ・コスタ王都近くの港に着いた。少し長い船旅になったが、真水は師匠が作ってくれるので、風呂も食事も困らない。しかも途中で一度、嵐にあって方角を見失いかけたこともあったが、その時に師匠が航海士たちにこれまで知られていた天文学よりも正確な天文学を元にした航海術を説明して道先を示したので方向を見失わずにすんだ。あまりにも安全で快適な船旅だったので、航海士たちは涙を流して師匠との別れを惜しんだ。エレーネス王国の航海士からはそれからというもの魔神フー・フー・ロー様は航海の神と天文学の神として信仰されるようになったのだとか・・・・。
そして、真水を豪勢に使ったお風呂を毎日浴びることが出来た僕達の清潔な姿にオビエド・デ・コスタから迎えに来ていた使者たちは驚きを隠せずにいた。
伝令役の者が他国へ移動するのと100名を超える者たちが移動するのとでは、全然速度が違う。伝令、伝令で各拠点を飛脚のように移動する方が明らかに速いのだ。そして、伝令者は正しく移動することに成功して、僕達よりも早くに情報を伝礼することが出来ていたので、僕達が港に着いたときには、すでにオビエド・デ・コスタの迎えは来ていた。
しかし、彼らは伝令から僕達が長い船旅をすると聞いていた。長い船旅では真水は貴重でお風呂など入れるはずもない。オビエド・デ・コスタからの使者は僕達が汚臭まみれの凄まじい姿で姿を見せると思っていたのだ。驚く彼らに僕達が事情を説明すると、異界の王の命を狙う禁忌の神であったはずの魔神フー・フー・ロー様は一気に尊敬を集める。さらに余談だけど、この日からオビエド・デ・コスタでは魔神フー・フー・ロー様は旅行の安全を見守る神として信仰を集めるようになったという。師匠っ!! たった15日でご利益の多い神様になってますよっ!!
それから、僕達は使者に案内されてオビエド・デ・コスタ国王に謁見する。魔神フー・フー・ロー様の登場を先にエレーネス王国の伝令から伝え聞いていた国王は驚くことはなかったが、この国の守り本尊である存在は師匠を恐れて姿を見せなかった。
オビエド・デ・コスタの国王は、その日は旅の疲れを癒して、明日、詳しい話をしましょうと王宮に僕達を泊めてくれた。
しかし、僕達は海上にいた時から決戦の地に近いところにいることに気が立ってなかなか寝付けなかった。
頭に浮かぶのは、にっくきドゥルゲットとドゥルゲットに依り代とされてしまったクリスの体の事。そして祖国に置いてきた家族をはじめ同級生の事。
寝付けない僕とオリヴィアは、どちらかと言うことなくお互いに寝室を訪ねていき、部屋に向かうその途中の廊下でバッタリと出会った。
「・・・こんばんわ。オリヴィア。」
「・・・・ふふっ。こんばんは、ジュリアン・・・。こんな時間にどうしたの?」
その質問が形式的なものであることはお互いに分かっていたし、お互いに何を目的にして夜中に廊下でばったり出会ったことはわかっている。それでも僕は男の義務として、まず女の子のオリヴィアに先に気持ちを伝えなければいけない。
「・・・・君に会いたくて。会って話がしたくてね。」
僕にまっすぐそう言われたオリヴィアは潤んだ瞳で、やはり僕をまっすぐ見つめ返して
「・・・・私も・・・・。」と、返事をしてくれた。
僕は「じゃぁ、外に行こうか。」と、オリヴィアの手を取って食堂の外にあるルーフバルコニーへと誘導する。
僕の掌の中にすっぽりと包まれてしまう小さなオリヴィアの可愛い掌は少し熱を帯びているような気もするが、それは僕の体温が上がっていることと同じ理由なことは語るまでも無い事だった。僕達は寝付けない夜にお互いを求めていたんだ。小さな小さなオリヴィアは僕に手を引かれるままに、僕の半歩後ろをついて歩く。いつのまにかオリヴィアは僕に対してしおらしさを身につけていた。
ルーフバルコニーに出ると夜空には星座が煌めいていた。
「・・・・ステキ・・・・。」
夜空を見たオリヴィアは、たまらなくなって思わずバルコニーの手すりまで駆け寄ると、手すりに手をかけて背伸びをするようにして夜空を見上げた。
「地球にいたときは・・・・こんなに夜空が綺麗だなんて知らなかったわ。」
オリヴィアは目を輝かせながら、そう呟いた。
こんなシーンにお約束な「君の方が綺麗だよ・・。」なんてセリフのはチープすぎるし、言えば逆に興ざめしてしまいそうで言う気にはなれないが、僕の心は確かに美しい夜空よりも、その夜空を見て目を輝かせるオリヴィアに心惹かれていた。
そんな自分の気持ちを隠すようにして、僕はオリヴィアの感動に共感するように「本当だね。綺麗だね。」と、声をかけてやるのだった。するとオリヴィアは嬉しそうに「うん。」と返事した。
大気汚染や街の光源に邪魔されることが無い、月明かりだけの夜空に散りばめたような美しい星屑たちを見つめながらオリヴィアは「こんな気持ちで夜空を見上げたのっていつ以来のことかしら・・・。生まれ育ったナザレ村にいたときは、いつでもこの夜空を美しいと思っていたのに・・・。」と、率直な、そして、とても重い言葉を呟いた。
そう。僕らは王国から逃亡してから、星空を美しいと感動する気持ちなんかスッカリ忘れていた。
特に己の魂の分け合う双子のようなクリスを殺された上に、そのクリスの体を奪われたオリヴィアは、ずっと復讐の気持ちを忘れることはなかった。そんなオリヴィアが夜空を美しいとこんなにも感動してくれることに僕は深く感動した。
「そうだね。オリヴィア・・・・。」
僕がそういうと、オリヴィアは何かを悟ったような目で遠くの星を見上げながら話しだした。
「この出陣が決まった時、クリスの仇がやっと討てると心躍ったわ。
そして、どうやって復讐してやろうかと、そればかり考えていたの。でも、戦場の悲惨な状況を知ってその事を考えていると、戦場が私にとって近くなって行く実感があったの。そしたら急に故郷に残した皆のことが心配になってきたの・・・・・。
ナザレ村に残してきたお父さんとお母さん。・・・・同級生の皆。・・・・・優しくしてくれた騎士団の皆・・・・・。
とても、とても心配になってきたの・・・・・。そんな気持ちが、復讐に取り憑かれた私の心をかえたのかな・・・・?
今日は、夜空が綺麗って感動したわ・・・・・。」
オリヴィアはそこまで呟いてから、クリスの事を思い出して悲しそうに涙をこぼす。
「・・・・私って冷たいのかな?
クリスへの気持ちが揺らぐなんて・・・。」
そうじゃない・・・。そうじゃないよ・・・・。
僕は夜空を美しいと思っただけで自責の念に駆られそうなオリヴィアが切なくて抱きしめた。
「そうじゃないよ、オリヴィア。
もちろん、僕らは復讐を果たす。災いの神ドゥルゲットに奪われたクリスの尊厳を僕らは取り戻さないといけないんだ。
でも・・・・でも僕達がそれに取り憑かれることは、きっとクリスは望まない。
・・・・僕の大事なクリスティーナはそんなことを望んだりしないよっ!!」
僕の言葉にオリヴィアはさらに滂沱するのだった。(※滂沱とは涙が止めどなく流れる様子)
「オリヴィア・・・。僕が愛したクリスティーナはね、とても優しい子だった。
絶対に君が幸せになることを望んでいる。
自分の分まで夜空を美しいと思ってほしいと思っていると思うし、他の誰かに優しい人になってほしいと望んでいると思うよ・・・・・。
だから・・・ね。オリヴィア・・・・。今は僕と一緒にこの星空を見て美しいと思っていいんだよ。」
オリヴィアは、もう何も言えなくなって僕にしがみつくようにして、声を殺して泣いた。僅かにこぼれる嗚咽からは哀しみとも、安堵とも、歓びとも受け取れるような複雑な響きをしていた・・・・。
今の僕にできることは、そんなオリヴィアを優しく抱きしめて、背中をさすってあげることだけだった。
オリヴィアは30分近くは泣いていただろうか? それでもやがて自制心を取り戻して泣き止んだ。泣き止んだ顔はとても穏やかだった。
そう言えば、前世で何かのテレビ番組で言っていた。泣くことはマインドコントロールになると。泣いて泣いて泣きはらすことはストレスを取り除く行為につながる場合があるらしい。映画や何かで号泣した人が突然、覚醒するようなシーンがあるけど、あれは医学的に起こりうる正しい状況らしい。泣きはらしたオリヴィアが穏やかな瞳になったのを見て、僕はそんなことをぼんやりと思いだすのだった。
「・・・・・。ねぇ、ジュリアン。
前世の家族の事・・・思い出すことある?
今の家族と同じように、今どうしているのか心配になったりしない?」
オリヴィアは夜空ではなくて、バルコニーから遠くを見つめながら、唐突に僕に質問した。
僕の胸を小さく刺すような質問だった。それは僕も少し気にしていることだったから。
「・・・たまにね・・・。でも、残念ながら転生した僕にとっては前世の両親への思いは薄くなっている。現世の父上と母上。・・・・そして魔神フー・フー・ロー様が僕の今の父上だ。」
僕の言葉を聞いてオリヴィアは少し安心したように笑った。
「私も・・・・。私も今の両親のことの方が大事・・・。そうよね。転生したら、やっぱりそうなるわよね。
・・・・・ちょっと安心したわ。私ってちょっと冷たいのかと思っちゃった。」
「・・・・君の言葉に僕も救われた気がするよ・・・・。」
心の底からそう思った。オリヴィアが告白してくれてなかったら、僕はずっとこの心の痛みを感じていただろう。支えるはずの立場の僕が女の子のオリヴィアの言葉に救われたのだった。でも、それを恥ずかしい事とは思わない。素直にオリヴィアに感謝した。そう思って出た言葉だった。
そして、オリヴィアは言葉を続ける。
「・・・だよね、わかる。私もずっと気になってたの。
でも、もう一つ。思うことがあるの。それは前世の私に家庭菜園を教えてくれたお母さんを誇りに思っているの。
道を踏み外しかけていた私に残るお母さんが教えてくれた確かな知識だから・・・・。」
誇りに思う・・・・。それはとても深い感情で、僕はオリヴィアの言いたいことをもっと知りたくなった。
「私、お母さんに教えてもらったことをもっと、この世界に役立てたいの・・・・お母さんが教えてくれたことをこの世界で花開かせて、この世界の皆を幸せにしてあげたいと思うの。
ねぇ、ジュリアン。私、復讐が終わったら、ドラゴニオン王国に戻って少年少女保護庁のお仕事だけじゃなくて、学園で途中までやっていた農地改革を真剣にやりたいの。そして、皆を救ってあげたい。
それが、私に家庭菜園を教えてくれたお母さんに対する・・・・お母さんを誇りの思い続ける気持の証明になるのだから・・・・。」
オリヴィアは、何処までも澄んだ目で僕を真っすぐ見つめて言った。その言葉に僕は感動しか覚えなかった。
オリヴィアの手を取って、感動を口にする。
「ステキだよ。とても・・・・。君は素敵な女の子だよ、オリヴィア。
ぜひ、僕も・・・・そして、クリスもそうやってほしいと思ってるよっ!!」
僕にまっすぐにそう言われて、オリヴィアは少し照れ笑いをしてから、告白する。
「ねぇ、ジュリアン。
私、女の子になってよかった・・・・。」
その言葉と熱く僕を見つめる瞳から僕は全てを悟って、彼女の望むものを与える。
細い腰を抱き寄せ、小さな顎に手を当てて・・・・・甘い抱擁と共に深くしっとりと熱いキスをするのだった・・・・・。




