いざっ!!鎌倉っ!!
出陣の朝。出陣前の杯が用意された謁見の間に集まった僕達に、魔神フー・フー・ロー様から偵察の使命を受けていた風精霊のシーン・シーンが侵略戦争を続けるドラゴニオン王国の最前線の様子を詳細に説明してくれた。
「もうね、メチャクチャよ。神様から聞いてると思うけどね、兵士たちは食料も物資の補給もままならないママ、進軍を続けているの。
それを率いるのは災いの神ドゥルゲット様よ。ドゥルゲット様は兵士の逃亡を許さない。望まない戦争を強いられている兵士たちは、いくら死を覚悟したドラゴニオン王国の傭兵と言えど恐怖におびえている様子がはっきりと表情に出ていたわ。
それも当然でね。ドゥルゲット様は逃亡兵を疫病に感染させて処刑するの。それが体が腐っていく病気でね、とても苦痛を伴うし、とても無惨な姿になっちゃうの・・・・。だから兵士たちは逆らえないし、逃げられない。ドゥルゲット様に殺されるくらいなら敵に殺されるよりとマシと考える兵士たちの多くは、そうやって戦い続けてるの。」
その惨状を聞いて僕達ドラゴニオン王国出身の者たちはおろかエレーネス王国の人たちも顔色を失うほどだった。
「・・・・・・何ゆえに、そこまで無慈悲なおふるまいを・・・・・。」
エレーネス王国国王ドイル・ダー・エネーレスが思わず呟いた言葉は誰もが思っていたことだ。
そして、それはドゥルゲットに対する非難の言葉と言うだけでなく、誰もが当然のように思っていた疑問でもあった。
僕もドイル王に続いて魔神フー・フー・ロー様に尋ねる。
「師匠。ドイル王の疑問はもっともです。災いの神ドゥルゲットが復讐を狙う僕達の命を狙うのはわかりますが、どうしてこのような戦争をする必要があるのでしょうか?
そもそも神はご自身の信徒は疫病神であってもお救いになるもの。疫病神であるなら疫病などの脅威からむしろ信徒を守るもの。勿論、その逆鱗に触れれば信徒であっても疫病を撒くことはあるのでしょうが、服従している信徒に疫病をもたらすなど聞いたことがありませぬ。」
僕の言葉に魔神フー・フー・ロー様はしばらく酒の入った杯を見つめていたが、それをグイッと飲みほすと、お代わりを要求する。
「えっ・・・・・」
その場にいた誰もが言葉を失った。戦争の固めの杯を宣誓の言葉の前に飲みほすだけではなく、お代わりを要求するなど聞いたこともなかった。
出陣前の固めの杯は特別な意味がある。これから戦場に出る同胞たちと血の宣誓を意味するのが固めの杯だ。戦争での裏切りを行わないための義兄弟の契りのように神聖な行為だ。それを宣誓の言葉もなしに一人で飲みほしてしまうということは、裏切る可能性があることを想起させるし、お代わりを要求することは簡単に何度も寝返ることに通じる行いとして忌み嫌われていたからだ。
そんな無作法を神である魔神フー・フー・ロー様が行うなど誰もが想像していなかったので、その場にいた一同は唖然としてしまったんだ。
「か・・・神よ。その・・・・・・え~~っ?・・・・」
ラグーン伯爵も困惑して子供のように呟くのが精一杯と言う様子だった。
その様子に苦笑する魔神フー・フー・ロー様。
「ははは。すまぬな。
だが、この場にいた誰が私がこのような無作法をすると思った?
神の思考や行動原理はお前たちに似ているようで、違う。
説明しても無駄な事。人間には人間の事情がある様に神には神の事情があるのだよ。」
師匠はそういって質問をはぐらかすと給仕に「私に酒のお代わりを」と促す。呆然として固まっていた給仕係の少年兵士は師匠・魔神フー・フー・ロー様の言葉に我に返って給仕の仕事を思い出して、慌てて師匠の杯に酒を注ぎ入れる。
「ただ、教えてやれることが一つある。奴の狙いは転生者であるジュリアンとオリヴィア。お前たちの命だ。そして私。
つまり奴は自分の命を狙う私達に怯え、狩るために焦っている。その焦りから私達をおびき出すように戦線を広げ、戦火で世界を焼く。だから、この度の出陣は奴の罠に引っかかったともいえるのだ。
ただし、既に私はドゥルゲットよりも神格が上に上がっている。加えて私は闘神でドゥルゲットは疫病神でしかない。私が奴に敗れることはない。」
師匠が自信たっぷりに勝機を語ると兵士の間から「おおっ!!」と期待の声が上がる。
師匠は、そこまで話すと「無駄話はここまでだ。」とばかりに一歩前に歩み出て杯を天井に掲げる。そこで場の空気が変わった。師匠が杯を天井に掲げることは出陣前の固めの杯の儀式が始まることを示していたからだ。
その場にいた誰もが魔神フー・フー・ロー様に傾注して言葉を待った。(※傾注とは、一つの事に心や力を集中すること。)
「皆、いよいよ出陣の時である。転生者一同は祖国を出た時からこの日のことについて覚悟が決まっていたであろう。
エレーネス王国の兵士諸君にとっては寝耳に水のことであり、このようなことに巻き込んでしまったこと、誠に申し訳ない事と思う。だが、先ほども聞いたように疫病を撒いて世界を汚染する災いの神ドゥルゲットをこのままにすることは出来ない。そのことは承知してもらえたことと思う。世界を救うために危険な戦いになるが、各々、覚悟を決めてついて来てほしい。ドゥルゲットの首は私が必ずとる。
共に戦場に向かう友たちよ。ここに誓おう。
もし君の命が武運拙く絶えることがあっても、安心せよ。生き残った者が必ず目的を果たす。この世界の未来のため、子供たちの明日のためにともに君は死を恐れずに戦いたまえ。そうすれば、諸君の名は世界を救った英雄として未来永劫、語り継がれていくことになるであろう。」
師匠はそこまで一気に話すと、一拍おいてから天井に掲げた誓いの杯を少し下に降ろして皆に向けて差し出す。
「共に死のうっ!!」
誓いの言葉を師匠が言うと、その場にいた全員が「共に死のうっ!!」と、戦場での死を恐れぬ宣誓をしてから固めの杯を全員で一息に飲み干すのだった。ちなみに酒癖が悪い僕と未成年のオリヴィア達は果実酒ではなくて、果実ジュースだった。その甘味たっぷりでありながら、すっきりとした飲み心地の果実ジュースからはどんなお酒が造られるのだろうか? と、僕は、こんな場面だというのにじんわりと湧き出す好奇心を押さえることが出来なかった。
出陣前の儀式が終わると僕達は王宮を出て、馬に乗って出陣する。魔神フー・フー・ロー様に率いられるは僕達転生組とラグーン伯爵とその配下の精鋭100名の騎士たち。
僕達少数精鋭で災いの神ドゥルゲットを打ち倒すと同時にドラゴニオン王国を開放するのだ。
まず目指すのは港である。僕らはまず海路で最前線近くにあるオビエド・デ・コスタに向かう。ここはエレーネス国王であるドイル王の妻の祖国であり、ドイル王が僕達に持たせてくれた親書があれば、助力願えるだろうということだった。
どれほどの助力を願えるのかはわからないが、旅の疲れをとる宿と食事の提供を受けれるだけでもありがたい。そうした期待を込めて僕らは、航海用の大型船に乗り込んだ。
いざっ!!鎌倉っ!!
おまたせしました。これから「立身編」の始まりです。




