さぁ、行くぞっ!!
「いきなりのことで、皆、混乱していることと思う。
事態急変は我々だけではない。ドラゴニオン王国も同じことだ。
ドラゴニオン王国は周辺諸国への侵略戦争の主戦力としてドゥルゲットが据えられている。
すでに疫病で一国滅んでしまった。
かの国で何が起きているのかは理解できぬが、このまま見捨てるわけにもいかぬ事態となったのだ。」
僕らは、祖国の危機に息を飲んで驚くのだった。
シズールとミレーヌは言葉をなくし、オリヴィアは復讐の火が目に灯るのが誰の眼にもわかるほど、表情が一変する。
そして・・・皆の中でも僕は、ひときわ驚きと不安とを抱えていた。戦うことに不安はない。だけど、オリヴィアの精神状態が僕には不安だった。
今、オリヴィアの体から湧き上がる殺気の量から、オリヴィアが自分の精神をセルフコントロールするのが難しい状況に陥りやすいことが容易に察せられる。とても心配だ。
眉間に寄るしわ、吊り上がった目、少し乱れた浅い呼吸を見ると既にスイッチが入っていると思っても良いのかもしれない。これまでの龍退治の時には見られなかった「闘志」ではなく「殺気」や「狂気」に満ち溢れた姿。心配にならないわけがない。
だが、師匠の言う通り、このまま見逃すわけにもいかない事態ではある。師匠は続けて事情を補足する。
「お前たちが龍を倒して既に7カ月が過ぎようとしている。私もその間にお前たちが開拓に力を注いでいたことを悪いようには思わない。できれば領地と冒険者を手に入れた時にはもう戦力が整っていたのだから、その時に行動を起こして欲しかったが、ジュリアンが領民を思う気持ちを思うとそれ以上に押し付けることは出来なかった。
しかしだ。お前たちも知っているように元々、この国に来た時にドラゴニオン王国が冬だというのに周辺諸国に戦争を仕掛けていた。そして、あれから半年以上も過ぎている状態でなおも戦争を続けている。きっと国は荒廃して、もともと裕福な国ではなかったドラゴニオンの国民の生活は困窮している事だろう。なのに猶もまだ戦争を続け、あまつさえ首謀者である災いの神ドゥルゲットが前線に出て戦争をしているというのだから、前線にはまともな戦線を維持できるような兵士が残っていないのかもしれない。
兵士も物資の供給もままならないママ、勝ち続けて戦線だけが拡大していく異常な状況だ。
あれから7カ月。もはや、見送ることままならぬ状況である。そう思わぬか?」
想像するだけで言葉をなくしてしまうような状況だ。僕は問題を先延ばしにしてしまった責任に肩を落とすけれど、
「それは結果論だ。お前が領民を手にしてすぐにこの地を離れていれば、冒険者たちはまた元の生活に・・・・いや、お前が姿を消した責任を取らされてもっとひどい目にあうことも考えられた。両者を天秤にかけた時、どちらを取るのが正しかったなどと人の身にはわからぬ事よ。」
と、師匠は慰めてはくれる。そして続けて皆に言う。
「ただ、既に天秤ばかりがどちらに傾いているか、決定的になっている。もはや一刻の猶予もないと知れっ!」
きっと神である師匠には、未来が見えていたのだろう。その上でギリギリのラインまで作戦決行を待ってくれていたのだろう。そうだと答えてはくれないだろうが、そうであることは間違いないと僕は思った。
パンッと両手を打ち鳴らして師匠は全員に「わかったら、急げっ!! 急いで行動に移れっ!」と命令する。神鳴る師匠の命令に一同、電気に打たれたようにビシッと身が引き締まって、テキパキと動き出した。
王宮内には僕達とドイル王とズー・ズー・バーのみが残された。
魔神フー・フー・ロー様は国の主権を奪われて呆然とするドイル王に向かって話し出した。
「ドイルよ。此度の事、心痛いかんばかりのことか察しよう。
だがな、お前も今聞いたように現在この大陸は災いの神ドゥルゲットの思惑通り、麻のように乱れる争乱期を迎えている。しかも、ドゥルゲットの呪いを受けて国は人の住めぬ土地になり果てておる。
これを食い止めねば、いずれにしろこの国も滅ぶは必定。どうせ滅ぶのかもしれぬならば世界を救う英雄の側に賭けてみようとは思わぬか?」
魔神フー・フー・ロー様の言葉は王国の実権を奪われて失意のドイル王の心まで響いた。
「よろしいでしょう。どん底にまで落ちたこの国が一発逆転を目論む唯一のチャンスならば、私もこれに賭けましょう。
ですが、神よ。どうか、勝利の暁には王権の安堵をお約束くださいませ。」
ドイル王は平伏して素直に従う姿勢を見せた。
そして、命令もされていないのに僕達に支度金と食事と馬を用意してくれる約束をしてくれた。
それからさらに
「ドラゴニオン王国が侵略している近くに我が妻の祖国オビエド・デ・コスタがあります。私の親書を渡せば、ここで力を貸してもらえるでしょう。」
と、いって世界の危機であるゆえに、多少なりとも軍勢を貸し与えるように嘆願する親書を用意してくれた。いかに魔神フー・フー・ロー様といえど、強引に軍勢を借りようとすればドイル王のように過剰に反応していらぬ争いになることは目に見えている。いや、師匠が強引に行為に及べば、死者が出る前に降伏させて服従させることは訳が無いだろうけど、無駄にいさかいを起こす必要は何処にもない。この親書は、本当にありがたいものだった。
その後、その日のうちに僕達は戦支度を整えて、出立前の最後の食事をとる。冗談抜いて最後の晩餐になりかねない事態だったので、その晩の食事は、ローガンやミュー・ミュー・レイもともにテーブルに着いた。
全員がテーブルに着くと師匠は酒の入ったグラスを手に取って掲げる。
「皆、これまでよく頑張ったと思う。
ジュリアンだけでなく他の娘たちも死に物狂いで特訓によく耐えた。そして、ミュー・ミュー・レイとローガンも偵察の任務ご苦労であった。
いよいよ、我らは明日、ドラゴニオン王国で決闘に挑む。
初めは、まず王都を制圧してからドゥルゲットを葬り去るつもりであったが、ドイル王の計らいのおかげで前線と王都に戦力を分けての同時攻撃をしようと思う。
ます、王都にいるバー・バー・バーンとターク・タークはジュリアン、お前が率いる100名でどうにかせよ。俺は前線にいるドゥルゲットを葬る。」
師匠の立てた作戦は大雑把すぎる上に大胆不敵すぎたので、僕は思わず手にしたグラスを落としてしまった。
「し、師匠っ!? 僕達だけで・・・・ターク・タークはまだしもバー・バー・バーン様まで倒せと仰るのですか?」
そんな無茶な・・・。そう言いかけたところで師匠に制止される。
「慌てるな。俺はどうにかせよと申し付けたにすぎぬ。倒せとは一言も言ってはおらぬ。」
あっ・・・。確かに・・・。
でも、どうにかせよと言われても・・・・・・。
「ジュリアンよ。敵が大きすぎるからと言って冷静さを失ってどうする? 賢さのみがお前の武器と心得よ。前線にドゥルゲットがいる場合、バー・バー・バーンは自由である。もちろん、ターク・ターク以外にも敵となる精霊騎士がおるだろうが、そいつらさえ始末すれば、バー・バー・バーンを仲間にすることは可能なはずだ。特にお前の父親は聡明だ。かならず交渉に応じてくれるはずだ。」
師匠の言葉に一応の納得はするものの、それでも相手はバー・バー・バーン様。交渉がうまくいくまでの間に一体、どこまで持ちこたえることが出来るのか、心配しかない。
それでもやるしかないのだと、師匠は僕に言い聞かせると、全員に「生きて復讐を果たせっ!」と乾杯の音頭をとる。
僕達もそれに合わせてグラスを掲げると一気に煽る。そして、最後の食事をとった。
皆口数が少なかったけれど、それでも楽しい食事をとることが出来た。
そして、最後のその夜に僕達は一つの部屋に集まって取り決めをした。シズール、ミレーヌ、オリヴィアを前に僕は宣言する。
「この戦争が終われば、僕は君たちを抱く。
嫌とは言わせない。3人とも不満はあるだろうけど、君達には僕の妻や愛妾になってもらう。」
シズールとミレーヌは元々正室の座を望んでいなかったので異論はない。彼女たちはこの世界の倫理観で生きているので、王族が複数の女性を側に置くことに疑問はない。むしろ父上の愛妾となったマリア・ガーンのように誇らしいとさえ思っているかもしれない。
ただ、オリヴィアには前世の倫理観が今も生きている。だから、不満そうな顔をするものの、シズールとミレーヌの二人の顔を見て渋々頷いた・・・・。
「前世の記憶があるからさ、二股とかされたら嫌なんだけどさ・・・・。
俺もこの世界に生きていく以上・・・・。
私もこの世界の女の子らしく生きていかないと、今を生きていると言えないのかもしれないわね・・・・・。」
なかば諦めにも思える言い方だが、そこにはこの世界を生きていく覚悟も見て取れた。
そして、それは僕も同じことだった。3人を自分の室とするというのは、そういう意味でもある。
ただ・・・・まだ言ってないけど、アーリーもここに入れるつもりなんだよなぁ・・・・。なんてったって僕の初めての人だから。
でも、絶対に怒るだろうなぁ、オリヴィア。
その事を考えると頭が痛いよ・・・・・。
とはいえ、今はまずはクリスティーナの仇を取ることが大切だ。
僕達は、夜明けとともにドラゴニオン王国へ出発するのだった・・・・。




