御家人になったよっ!!
冒険者とその縁者、遺族との話し合いが終わったのち、僕達は一度、師匠・魔神フー・フー・ロー様への報告に戻る。
師匠の宿へ戻り、報告を済ませると師匠は僕とシズールの頭をワシワシと撫でると「良かったな。では、今宵は宴といこう。皆と一緒に外で食事に出かけよう!」と提案するのだった。
皆で・・・・と言うのだから、それは当然、シズールも同行することを意味する。
鬼族の姿をしているシズールにとってそれは、とてつもない冒険の旅に出かけるような行為だった。
ずっと、その姿のせいで迫害を受けてきたシズールは心を許した人たちの前でないとその姿を見せることを恐れていた。だから、皆で外食に出かけて宴会を開くなどとシズールは夢にも思ったことが無い。それを実際に、今からやるというのだからそれはそれは相当な勇気がいるのだった。
震える彼女の手を取って「大丈夫だよ。僕が一緒だから・・・。」と、言ってあげてもシズールの ” 外の人 ” に対する恐怖は健在であった。それはそうなのだろう。もう10年以上も恐れに恐れていた外の人たちとの交流を、今回は冒険者や貴族、騎士などと言った複数の立場の人たちと果たしたとはいえ、それにすぐに慣れるという事はない。やはり、シズールにとって見知らぬ人たちとの交流は大きな大きな試練であったのだ。
だが・・・魔神フー・フー・ロー様は、そんな甘えを許しはしなかった。
「これは神命である。」の一言で強引にシズールを外に連れ出してしまうのだった。怯えるシズールをハラハラする思いで護衛するローガンからは、200年前に伝説の勇者と共に戦った英雄の面影はなく、ただただ、孫を心配する一人の老人であった・・・・。
荒療治・・・。師匠がやろうとしていることは、まさにそれなのだろうが、それにしても試練が大きすぎるように僕らも感じていた・・・。
だが、それでもやっぱり、僕も師匠と同じくシズールを解き放ってあげたかった。もし、彼女を怖がらせるようなものがあれば全力で守って見せるから、彼女に僕達と同じような普通の生活に親しんでほしかったんだ・・・・。
師匠が向かった場所は、以前、師匠が僕をつれてきた元・冒険者が経営する飲み屋だった。
店主は僕を歓迎してくれたし、シズールの事も聞き及んでいたので優しい笑顔でシズールを迎え入れて「ゆっくりしていってくれよ!」と声をかけてくれた。師匠も前回来た時とは違い、今回は大人しく普通にテーブルに着き、怒鳴ることなく料理の注文をする。
「あれから何度かここに来ていたんだが、ここの焼肉料理は中々いい。戦場仕込みの雑味があるが、塩が効いてて美味いんだ。」
師匠の言葉通り、大量に汗をかく兵士向けの食事は塩がきつめに効いているが、龍との戦いが終わって体力が消耗している僕達にとっては何よりの御馳走だった。
「食い物で体力が回復するのは若さの証拠だ。存分に食べろ。」
師匠はそう言ってバンバン料理を注文するので店中大忙し。本日だけで相当な売り上げが出ると、大汗をかきながら料理を作る店主は嬉しい悲鳴を上げながら料理を作る。
僕達は、そんな料理を当たり前のように食べて、当たり前のように話した。
当たり前と言うのは、もちろん、これがシズールにとって本来は大冒険に当たる行為だからだ。人前で肌を晒して大きな声を上げて談笑しながら食事をとる。ただでさえ人目につく外見なのに人目も気にせずにそれを行う。
途中で師匠は自分たちのテーブルに他の客も呼び寄せて談笑しながら、食事をとった。その見たこともない客たちとシズールが打ち解けるまでにかかる時間は、不思議な事にそれほどかからなかった。誰もがシズールを一人の少女として当たり前に扱ったし、意外なことにシズールも慣れ親しんだ友達を相手にするかのように彼ら、彼女らとも話をするのだった。
宴の帰り道。ローガンは僕とオリヴィアとミレーヌに頭を下げる。
「それもこれもジュリアン様たちと打ち解けてきた体験があってのこと。・・・・ジュリアン様。よく、シズールを明るい場所に連れてきてくださいましたね。そして、皆・・・。シズールと仲良くしてくれてありがとう…。」
老兵のその眼に溜まった涙の重みを僕達はかみしめながら、深く頷くのだった。
そして翌朝、ラグーン伯爵の使いの者が僕達の宿に現れて、僕達に今日の正午に町の役場に来るようにと伝言を伝えて来た。
そして、その召喚に応じて町の役場まで来た僕にラグーン伯爵は恩賞を与えてくださった。前日に僕に「それ相応の地位が約束されている。」といったラグーン伯爵が、その言葉通りの地位を僕に与えてくださったのだ。
さて、その恩賞の具体的な内容だけど、なんとラグーン伯爵の所領の一部を割譲して僕に与えて、その土地を冒険者たちの居住区とすることをお認めくださったのだ。
この恩賞は想像を絶するほど、破格なものだった。
どこの馬の骨と知れぬ怪しげな少年に己の所領を割譲するなど本来はあり得ないことなのに、その上、自治をお認め下さったのだ。
とても信じられないことだったが、ラグーン伯爵は今回の恩賞の意味を加えて説明くださった。
「本来なれば、このような仕置きは、あり得ぬ事である。だが私をはじめ、昨日あの場にいた諸侯はお前のことを買っている。お前を高く評価し、お前に期待している。
ならず者の集まりの冒険者たちをまとめ上げたことは、我々にとっても下々の生活の平穏を与えるものと評価しているし、有事の際にはお前が指揮する冒険者たちを戦力として期待もしている。
お前をただの旅人と扱うことを我々は合理的と思わなかったのだ。
本来なれば私の所領を割譲するという行為は、お前を私の配下の騎士と認めるものであるが、お前はそのようなことは気にしなくてよい。さらに後日、お前には御家人の身分が与えられるだろう。」
ラグーン伯爵は、僕に自治区を与えるばかりか御家人としての地位も約束されたのだ。これはつまり、僕は一領主として公式に認められるという事だ。それは最早、等爵同様の貴族になることを意味していた。ラグーン伯爵が僕に割譲してくださった土地の面積を考えると、江戸時代にいた3000石の旗本が持つ所領並みの土地の大きさで、そこの自治区を与えられるという事は、事実上、僕が貴族身分になることを意味していた。何年か後には爵位を与えられるんだろうな・・・・。僕はそんなことを考えながらラグーン伯爵が地図で指し示す土地を見つめていた。
「ジュリー。これでお前は800人の配下を持つ御家人となるのだ。
くれぐれも申しておくが、有事の際には戦力を期待するし、お前の夢を我々は高く評価しているので、困ったことがあれば、何なりと申せ。
それからお前のお目付け役にキャミ―を遣わすので、煮るなり焼くなり抱くなり好きにしろ・・・・。」
ラグーン伯爵のセクハラめいた指令を受けたキャミ―中隊長は、恥辱に顔を歪めながら僕の補佐として僕に仕えることを宣言する。
「ジュリー様。これより私の事を貴方の部下とお思い下さい。そして、何なりとお命じ下さい。
また、自治区の治政を執り行う時にわからぬ事があれば何なりとお尋ねください。」
キャミ―中隊長はそういって深々と僕に頭を下げるのだった・・・・・。
それからは、大忙しの日々が続いた。
所領を安堵された僕達一行は王都を出て山に囲まれた平原へ移動してた。そこには800名の冒険者を呼び集め、同時に風精霊のシーン・シーンに頼んで少数民族のリューさんをこの地に招待するように伝えてもらった。招待すると言ってもつれてくるのは師匠だけどね。師匠の大魔法により、大勢が僕の領地へと転移された。僕の領地ならば、彼らを差別する者はいない。少なくともここにはいないのだ。
「ここでは誰もが迫害されるいわれはない。それどころか僕の領地内では手に手を取り合って助け合うことを美徳とせよ。」
それ全員が揃った時に僕が全員に命じたことだった。ここいる者たちは誰もが迫害されてきた者たちばかりだ。だから、皆、僕が言った言葉の意味をよく理解して承知してくれるのだった。
そんな様子を見た師匠は、僕の耳のそばでこう囁くのだった。
「お前は領地を得て、800の配下を持つ一勢力となった。
俺も神として昇華して既にドゥルゲット以上の神格を得た神となった。
これは、我々があの災いの神と戦えるだけの戦力を得たことを意味しているのだ・・・。」




