騎士の絆って最高さっ!!
「ジュリアン様。怖い・・・・。
やっぱり、外の人、嫌。怖いよ~・・・・・。」
そういってブルブル震えながら僕に縋り付くシズールのフードがはだけ、涙をぬぐう動作で仮面が外れて、その姿が露になってしまうのだった・・・・・。
「ジュリー――っ!! そ、その娘はっ!!」
その場にいた王都守備隊の誰もが驚きの声を上げるのだった。
そして、特別、驚愕したのは貴族。ラグーン伯爵以外の貴族たちが驚き慌てたのだった。
額から生えた角。長い牙・・・。シズールの姿はマンイーターで知られる鬼族の姿をしていたからだ。
「そ、そそそ、それは鬼族じゃないかっ!」
「貴様っ!! そんなものまで連れていたのかっ!!」
貴族たちは、驚いて僕に向かって怒鳴りつける。
そして、その内にシズールを殺せとまで言い出した。想定内の事だったけれども、根性の座っていない奴らだ。
そんな中、僕と少し付き合いのできたラグーン伯爵だけはほんの少しだけ冷静さを保っていて、周りの貴族に静まる様に注意してくれた。
「お静かにっ!!
狼狽えるのはみっともないですぞ。
そこな少年、ジュリーは荒くれ者どもの冒険者をまとめて私と交渉したり、龍の子供を奴隷化して手懐けるような天晴れな奴です。恐らくは、そこの鬼族の娘も無害なのでしょう。
・・・・・そうであるな? ジュリー。」
ラグーン伯爵は、いささか動揺の色を隠しきれていない表情で・・・それでいて心の中は冷静さを守っているようで、正確に事態を理解して説明してくれる。流石だ。まだお若いだろうに戦場でのあの活躍ぶりを見る限り、ただ者ではないと思ってはいたが、ここまで頼りになる人物だとは・・・・。
ラグーン伯爵に感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げると、僕は、役場に集まる皆に向かって話し出した。
「ここにいるシズールめは、鬼族ではございません。
正確に言うと、鬼族の血が混じってしまったエルフの少女なのです。身内の者が方々に手をまわして鬼族の毒気を解呪して一命をとりとめたものです。しかし、哀れなことに姿かたちは、鬼族の特徴が残ってしまったのです。
ただし、その魂は御覧の通り、清純無垢な少女にすぎません。そのあたりがこの龍の子供・・・ゴンちゃんとの一番の違いです。シズールは束縛しなくても人に危害を加えるような子ではありません。人に害悪を与えるどころか、先ほどの龍討伐のおりも我々に補助魔法をかけて支えてくれた貴重な戦力なのです。」
僕はシズールが無害なことを話して聞かせるのだが、貴族たちは承諾しなかった。
「鬼族の毒気を解呪したというのなら、何故その娘は鬼族の容姿をしているのだ?」
「その者が鬼族の姿をしている以上、解呪できた無害な存在だと証明は出来まい。」
という疑問に始まり、そこから冒険者たちの地位向上の取引に話を繋げようとしだした。
「そもそも貴様は冒険者ではあるまいし、冒険者と国との契約になんの権利があって口をはさむ。
冒険者たちはお前がその娘を連れておることを知るまい? そんな得体の知らない奴だと知っていれば自分たちの仲間に引き入れたりはすまいよ。
要するにお前は身の上を隠して、冒険者を騙してラグーン伯爵と交渉したのだ。
正式な冒険者でもないお前とな。それではこの度の契約、考え直さねばならんな?」
貴族の一人が、卑しい笑みを浮かべていった。
大体、予想通りの展開だった。宮中内の権謀術数に長けた貴族たちが他人の弱みを見つけて、そのままにしておくはずがない。少しでも有利に契約を進めるように務めるのが常だ。
もしくは、これを見逃すことを恩に売り、相手よりも有利な立場を勝ち取る。そうやって自分の政治的立場を守るのが彼らだ。
別にそれを必ずしも悪いこととは思わない。思慮なく善意のままに生きるものは、他人に利用されてしまうからだ。一個人でも他人に操られてしまうのは良くないことなのに権力者がそうなると民衆まで傷つく。そのための防衛意識は為政者ならば当然身につけておかねばならんことなのだ。だから、僕は彼らの卑劣を許すことができる。これは卑劣ではなくて、「生きていくための知恵」なのだと理解しているからだ。
そして、理解しているからこそ、彼らと交渉する能力が僕にはあるんだ。
「そのお話をされるのでありましたら、まず確認しておかねばならないことがございますな。
私の武勇と龍の子供の安全が保証出来ているのに、私の従者たるこのシズールめの安全が何故、保証出来ないとお考えですか?」
僕の質問を受けた貴族たちの顔が一変する。その立ち振る舞い、佇まいから僕が只者ではないと察したようだ。
「・・・・小僧。貴様何者だ?
とても卑しい身分の者とは思えぬがな?」
貴族の一人がそう訪ねたとき、ラグーン伯爵が手でその質問を遮るように差し出し、無言で首を左右に降る。「問うな。」というジェスチュアだ。それを受けて、貴族たちの顔つきがまた一段と引き締まる。ラグーン伯爵の態度から僕が強敵であると認識した証拠だった。
そして、その認識を元に頭を回転させて素早く次の質問をする高齢の貴族が前に出てきた。
「ジュリーと、申したな?
その少女の安全が保障されない理由は明確だ。
先ほども申した通り、お前は正体知れぬ者だ。
お前は身の上を隠していた。そのお前が信用できぬのに、一体どうしてその少女が信用できようか?」
高齢の貴族の言い分はもっともだ。しかもこの男は、僕がラグーン伯爵と取り決めた冒険者の地位向上の約束を果たさないように策略するだけでなく、それを質に僕の正体を探ろうというのだ。
小賢しい・・・・・。
そのような策略は、僕にも、そして僕の同胞たちにも通用しはしないのだ。
「ふふふ・・・。」と失笑してしまってから、咳払い一つ。それから僕はぐるっと一周見渡しながら大声で問うた。
「このお方は、僕が信頼に足らぬという。
では問おう。
一体、どの御仁が僕を信用できぬというのかっ!?」
この一言を聞いた瞬間、高齢の貴族は眉間に深いしわを作りながら「・・・・・貴様っ。」と唸った。
彼は、その時、自分が敗北したことを知ったから唸るしかなかったのだ。その証拠に僕達を取り囲む騎士たちが腰に下げた剣を手に取って地面に立てて、その鞘でドンドンと床を叩き鳴らす。
「ジュリーっ!!
ジュリーっ!!
ジュリーっ!!」
これが戦場の絆だった。ともに戦い、撤退の殿という名誉を務めたうえに御首級をあげた僕を誰も見捨てない。それが騎士であり、この鼓舞は騎士の誇りを守り、僕を見捨てるつもりはないという意思表示だった。先ほど高齢の貴族は言った。「お前は身の上を隠していた。そのお前が信用できぬ」と。
だが・・・・。
今、ここに集いし騎士たちの誰もが僕を信用してくれていた。それはお互い口にしなくてもわかることだ。だからこそ、僕はここで交渉できるのだ。
高齢の貴族をはじめ、ここにいる貴族たちは、そこを勘違いしていた。僕は賤民である冒険者たちの地位向上のために、それを阻む王国側の人間が集まる敵地に乗り込んで交渉しているのではない。ここは僕の味方ばかりだ。むしろ、不利な境遇にいるのは貴族たちだという事を、彼らは今頃気が付いたのだ。ラグーン伯爵が手で制止したことの意味を彼らは今になってやっと気が付いたのだ。あれは、僕の正体を問うなと言う意味ではない。ここではやめておいた方が良いというアドバイスだったのだ。まぁ、そんなことに気が付くわけがないし、ラグーン伯爵も本気でアドバイスのための制止をしたわけではない。ただ、単純に義理事として形式的にやっただけの事。
そう。ラグーン伯爵の勝ち誇ったような表情を見て、彼らはその事にも今更気が付いたのだった・・・・。
しかし、僕の目的は、ただ単に貴族を虐めて冒険者たちの地位向上の約束を果たさせるためだけではない。そう、僕にはこの第二の人生で成し遂げないといけない使命があるのだった。
僕は、なおまだ怯えるシズールの手を取って抱きしめてやりながら、その場にいる全員に問うのだった。
「僕の信用は証明されました。
次はこの少女の信用を証明しましょう・・・・・・。
まず、あなた方に問います。
誰がこの少女の素性を知っておられるのか?」




