ビックリしないでねっ!!
僕はシズールの手を取って声を上げる。
「行こうっ!! シズール!!
今こそ人前に出て、皆と同じ喜びを味わうんだよっ!!」
鬼族の姿をしたエルフのシズールを僕は社会に出してあげたかった。みんなと同じように暮らし、皆と同じように楽しむという普通の青春を僕はシズールにも体験して送ってほしかったんだ。
だけど、シズールは戸惑いながら自分の手を握る僕の手を振りほどく。
「嫌~~っ。
ジュリアン様。私、そんなの怖いっ!!」
そしてシズールの抵抗は思いの外、強かった。
涙を流してイヤイヤ言ってぐずるシズールを見て、オリヴィアもミレーヌも一緒になってシズールの味方をしたのだが、僕はそれを押し切った。
「シズール!! 今しかないんだ。
戦功をあげた今。今こそ人は僕達のいう事に耳を傾けてくれるだろう!!
僕も一緒だ。僕が君と一緒に皆の前に立ってあげるよっ!」
僕はそう言ってシズールを押し切ったのだが、最終的に顔を隠すフードと仮面は手放さなかった。
まぁ、仕方ないかな・・・。
僕達はミュー・ミュー・レイから十分な手当てを受けて体力を回復させてから、役場にいるラグーン伯爵のところへ向かう。
僕達は堂々と往来を歩き、衆目も気にせずに役場へと向かう。
白い髪と真っ赤な炎のような瞳と鋭い犬歯を持つ大人が、尻尾をつけた美少年や美少女達を引き連れて役場へと向かう。
しかもこの異形の持ち主は虹彩が回転するという聞いたこともないような姿かたちをしている。
ただ、町の人はどうにかオリヴィアとミレーヌの姿は覚えていてくれたようで、ザワつきながらもある程度の信頼を得ているのかボソボソとオリヴィア達の事を話しながら「訳アリなんだろう」と、納得してくれているようだった。
つまり、誰もが僕達を注目していたが、誰も異形の僕を見て咎める者はいなかったし、それどころか誰もかれも遠巻きに僕を見ているだけで近づいてきさえしなかったんだ。
そんなわけで僕は何の問題もなく役場に入ることが出来た。それは、片道切符の安心だったかもしれないけれど、それでも町の人たちが僕たちにいきなり向かってこなかったのは、嬉しい事だった。
役場に着いてからもそれは同じことだった。誰もが僕の姿を見て一瞬、驚いたような顔をするのだったが、オリヴィアとミレーヌを見て落ち着き、そして、改めて僕の顔を見て ”それ” が僕だと悟ると歓迎して迎え入れてくれるのだった。
「伯爵っ!! ジュリーが生きていましたっ!!」
数人の兵士が役場の中をエスコートして伯爵に合わせてくれた。
そして、僕を見たラグーン伯爵は、やはり僕を見て言葉をなくしてから「ジュリー・・・・か?」と尋ねるのだった。まぁ、無理もないけれどね。
しかも、僕の姿を見たラグーン伯爵以外の貴族たちは、僕の存在を知らないので剣を構えて固まってしまう。
て、いうか・・・。ジュリーってなんだ・・。ああ、そっか。僕が適当に名乗った偽名だった。忘れてたよ。・・・・だからとりあえず・・・。
「はい。そうです。このような姿となってしまいましたが、無事に戻ってくることが出来ました。
伯爵、約束を果たしてください。」
そう元気よく答えるのだった。
しかし、ラグーン伯爵はそれでも驚きを隠せないようで僕の体をジロジロと観察している。そして、僕と目が合った。・・・あ、大人の姿の僕はラグーン伯爵よりも背が高くなっている・・・と、その時、今までとの目線の高さの違いに気がついてちょっと嬉しくなってしまった。ふふ。一発逆転だね。
「ジュリー・・・・その姿はどうした? それにお前が連れている ”それ” は・・・・たしかあの龍の卵から出てきた子供ではないのか?」
ラグーン伯爵は、混乱の中でも冷静だった。他の騎士達は異形となった僕の姿に驚くばかりでゴンちゃんの存在に気が付いていなかった。
「それから、その後ろのフードの少女の事も含めて・・・・我々が撤退した後に何があったのか話してもらおうか・・・・。」
ラグーン伯爵はゴンちゃんの事だけでなく、シズールの姿も見えていた。流石だ。
流石・・・・・。だからこそ、僕は今回の賭けに出ることが出来た。信頼に足る頼りになる人物だ。
僕は、この場を乗り越える自信がある。それは、僕がどうこう言う以前に、伯爵が大人物だというのが大きい。
これは天の与え給うたチャンスだ。僕は、冷静に話を進める。
ゴンちゃんの父親がどういう戦いをしたのか。そして、そのせいでビクター率いる冒険者たちとラグーン伯爵の部下がどうやって死んでいったのか・・・。ラグーン伯爵は逃げずに勇敢な戦いな戦い方を見せた部下たちの死を聞いて目に涙を湛えたまま肩を震わせて聞いておられた。そしてその後、僕は ”偶然手に入れていた宝物を使って、一段階霊位を上げて見事に龍を倒した。” と、説明した。正直、お尋ね者の僕が自分の正体を話すことは出来ない。
しかし、先ほどまで涙ぐんでいたはずのラグーン伯爵は僕の話に映った途端に顔をしかめて睨みつけるようにしてジッと話を聞いていた。
そしてさらに、僕がゴンちゃんを奴隷にした話を聞いたとき、天を仰いで「理解できん・・・・。」と、呟いた。
「ジュリーよ。つまりあれか、お前は龍に勝てそうにないから秘密のアイテムで変身して、龍を倒した後に龍の子供を奴隷にしたと言うのか? 鬼畜か? お前は。」
ラグーン伯爵の呆れるような声が耳に痛い。いや、本当は殺すハズだったんですけど、ミュー・ミュー・レイに説得されましてね。まぁ、今では殺さなくてよかったと思うけど・・・・。
「この子は、僕の奴隷契約の縛りがあるので、悪さは出来ません。
ならば、生かしておけるのではないでしょうか?」
僕がそう言うと、ラグーン伯爵は周囲を見渡すように促すような手の動きを見せる。僕がその指示に従って周囲を見回すと、誰もが脅威を感じているような不安そうな目をしていた。ここにいる騎士は、全てあの時、ラグーン伯爵と共にあの場所にいた人たちだ。つまり、全員が彼の父親を見ているという事だ。あの巨大で凶暴な姿を見て撤退を決めた騎士たちにとって、龍の子供であるゴンちゃんは驚異の対象でしかないようだ・・・。
しかし、僕はそこを逆手を取る。
「ゴンちゃんは僕が奴隷契約で縛っていますよ?
悪さは出来ません。この子が生きていても、何を恐れるような問題がありませんでしょう?
それにこの子を恐れるような腰抜けがエネーレス王国王都守備隊の隊員にいるとは思えませんが?」
この一言は、王都を守る騎士たちのプライドを完全に傷つけた。
中国発祥の言葉で逆鱗に触れるという言葉がある。それにはこんな意味がある。地球で語られる竜はやさしい動物だが、のどの下にある逆さに生えた鱗「逆鱗」に触れると、竜は怒って人を殺してしまう。その伝説を由来に人間にもその逆鱗となりうるものがあって、そこに触れてしまったら前後不覚になるほど怒らせてしまいかねないというのだ。
そして、僕の挑発は彼ら王都守備隊の逆鱗に触れた。誰もが殺気だった顔に一瞬で変わった。
「無礼なっ!!
ジュリーっ!! 貴様、一つ戦功をあげた程度で我々を侮辱するつもりかっ!!」
「我々は先の戦も我々は逃げたわけではないっ!! 戦況を立て直すための撤退だっ!!」
「王都守備隊の我々を侮辱することは死んだ騎士たちも侮辱する行為だぞっ!! 許さんぞっ!!」
口々に怒りをあらわに僕に抗議する。そして、とうとう、数人が堪忍袋の緒が切れたとばかりに剣を抜いて、歩み寄ってきだす。
「許せんっ!! なんという侮辱だっ!!
ジュリー、私と戦えっ!! 決闘で我々の勇敢さを見せてくれるわっ!!」
こうなると挑発したのが僕であってもラグーン伯爵は止めざるをえない。
「総員っ!! 気を―付け―っ!!!」
その一喝で騎士たちが一瞬で姿勢を立ち直して整然と気を付けの姿勢を取る。その動きは見事なもので騎士たちの動きで ”バババババッ!!” と、音が鳴り響くほどのものだった。
伯爵が王都守備隊に敷いた規律は強烈なまでに全員に行き届いていた。誰もが微動だにせず伯爵の言葉を待った。まさに鉄の規律だ。
伯爵は全員が整列しているのを見てひとまずの沈着を確認すると、満足そうに頷くと僕に向かって平手打ちを食らわす。
ぱあああー---んっ!! と、激しい破裂音が役場のホールに鳴り響いた。それほどの一撃だった。
「ジュリーっ!! 貴様、我が王都守備隊を侮辱するつもりかっ!!
龍を倒したからと言って侮るなっ!!
我々は龍の子供など恐れたりはせんっ!!」
ラグーン伯爵は僕が望んだ言葉をくださった。僕は伯爵の大声が消え失せぬほどのタイミングで大きな声で返事する。
「では、問題ありませんねっ!?
お許しありがとうございますっ!!
この子は私が責任をもって預かりますっ!!」
その言葉を聞いてその場にいた全員が「あっ!!」と、声を上げて僕の狙いに気が付いて、してやられたと顔を歪めた。
伯爵も「くそっ・・・・このガキ・・・・。」と、悔しそうに唸った。・・・そして、しばらく僕を睨みつけたのち、「好きにせよ。」と、苦笑いを浮かべて許可を出すのだった。
それを合図にしたかのように騎士団全員も冷静さを取り戻したかのようにホッとしたかのような笑みを浮かべる。これもラグーン伯爵の態度一つで全員が落ち着くのだから、ラグーン伯爵がこの騎士団の精神的な支えとなっている証拠だった。
その場にいた他の貴族はもう、何がなんやらわからぬと言った感じで完全に飲まれてしまって立っているだけだった。
そうやって、やっと事態が落ち着いたところだった所なのに先ほどまでの緊張感に耐えられなくなっていたシズールが泣き出してしまった。
「ジュリアン様。怖い・・・・。
やっぱり、外の人、嫌。怖いよ~・・・・・。」
そういってブルブル震えながら僕に縋り付くシズールのフードがはだけ、涙をぬぐう動作で仮面が外れて、その姿が露になってしまうのだった・・・・・。
「ジュリー――っ!! そ、その娘はっ!!」
その場にいた王都守備隊の誰もが驚きの声を上げるのだった。




