行こうっ!! シズールっ!!
龍の子供の名前はゴンちゃんと決まった。
しかし、人数が多いという理由でヌー・ラー・ヌーとアーリーを置いてきたというのに、ゴンちゃんが増えるとはね。・・・アーリー、元気にしてるかなぁ・・・・。
そして、この新たに増えたゴンちゃんには牙と尻尾がある。これは人の目を引くものだった。明らかに人外の存在のゴンちゃんをこの先どうやって匿うか?
しかも、そのゴンちゃんを匿うはずの僕も今は精霊球の影響で異形の戦士の姿をしている。
白い髪と真っ赤な炎のような瞳と鋭い犬歯を持つ大人の姿になっていた。
現在は、ゴンちゃん、僕、鬼族の容姿をしたシズールの3人が一行にいる。何よりもラグーン伯爵との交渉役の僕がこのありさまでどうしようというのか?
こんな姿で出かけて行って、僕の事を認識できるのか?
いや、仮に僕と認識できたとしても、そこからの説明をいかにしようか?
僕は腕組して唸ってしまう。
うまく話を通すにはどうしたらいいのか? その方法が全く頭に浮かんでこないが、このまま城下町に戻って、ちゃんとこの後の事をラグーン伯爵と話し合わないとゴンちゃんの両親を倒すために犠牲になった兵士やビクターとその配下の冒険者たちが報われない。僕達は冒険者の地位向上のために戦った。そして何人も亡くなった。その死を無駄にしないためにも僕は約束が反故にされないように見届けないといけないし、今いる冒険者に今後の生活をどうするべきか、その指標を伝える必要があるのだ。
だというのに、僕は今、このような姿になってしまった。こんな姿では、そもそも人前に立てるのだろうか・・・?
「・・・・師匠。今すぐに人間の姿を取り戻す方法はありませんか?」
つい、師匠に助言を求めてしまう僕だったけれど、師匠はそんな僕に首を振って意味深長に笑うだけだった。
きっと師匠は神だから、僕に安易に行き道を授けるような真似はなさらないんだろうと思う。これまでもそうだったし、これからもそうなのかもしれない。
しかし、弱ったなぁ。このままラグーン伯爵が約束を果たすことも見極めもしないわけも行かないし、残された冒険者たちの今後も見守ってあげたいと思う。
オリヴィア達を僕の名代として向かわせるか?
いや、相手がラグーン伯爵だけなら安心だが、他の貴族までこの問題に口をはさんできたときにこの二人では心配だ。宮廷内の権謀術数に長けた貴族たちは、僕の存在が無ければ、言葉巧みに戦場の事実を捻じ曲げて冒険者たちとの約束を反故にしかねない。例えば「冒険者たちは約束通りの活躍を果たしたとは言えない。」などとのたまって、目撃者がいないことをいいことに色々と難癖をつけて約束を守ろうとしないかもしれない。そう言った戦いの中、オリヴィアとミレーヌがうまく立ち回れるとは思わない。ラグーン伯爵は信用できるが、他の貴族たちが口をはさんできては多数に無勢と言うもの。押し切られてしまう可能性はなくもないのだ。
やはり、僕がその場にいて、海千山千の貴族どもを言い負かさないといけないんだ。
そう思ってはみるものの、具体的にどうすればいいかは、全く思いつかないありさまだった。
僕が腕組をして悩みこんでいると、周りにその空気が伝染するのか、オリヴィアもミレーヌも深刻そうな表情を浮かべて黙り込んでしまった。そうだろうとも。二人ともビクター率いる冒険者達や僕達のために残って戦ってくれた兵士たちが、どのように戦い、どのように死んでしまったのかを知っているのだ。深刻にならないわけがなかった。
そんな中、ただ一人、シズールだけが僕の姿の変化を嬉しそうにしてはしゃいでいた。
「ジュリアン様。私と同じ。
ほら、大きな牙っ!!」
そういって、自分の牙と僕の牙を見比べて嬉しそうにしていた。
こんな状況の中でも、シズールが嬉しそうにしてしまうのは無理からぬことだった。何故なら、シズールは、鬼族の姿をしていても本来はエルフだ。母親が鬼族に捕らえられて、その時にできた子供がシズールだった。シズールは実の祖父である疾風のローガンによって救い出され、その体に潜む鬼族の毒気を解呪したにもかかわらず、その容姿だけは消し去ることが出来ずに鬼族の特徴を残した姿でこの世に生まれてきた。
それからずっと、シズールは孤独だった。どこに行ってもマンイーターの鬼族の姿をしたシズールは恐れられ、忌み嫌われ、差別されてきた。中身はこんなにいい子だというのに、誰もかれもが彼女を迫害してきたので、いつしかシズールはローガンにしか心を開かぬ少女になってしまった。その後、僕達と行動を共にするようになったとはいえ、いまだにシズールだけは僕達と一緒に街中を歩けず、宿で孤独に僕達の帰りを待つことが多かった。
シズールにとって、その異形は災厄の象徴であり、その姿を分かり合える友がこれまでいなかった。慰めて親しくしてくれる親友はいた。でも、その痛みを分かち合える心の支えが彼女にはなかった。
ところが、僕が今、この姿になった事でシズールは、僕と言う仲間を得たのだ。これを喜ぶなと言う方が難しい。
シズールは僕の容姿だけでなく、尻尾の生えたゴンちゃんの姿にも興奮して、時折いたずら半分に尻尾を引っ張っては、ゴンちゃんに悲鳴を上げさせていた。
オスの龍はメスの龍の尻尾に噛みついて交尾をうながす・・・・まぁ、そうれはともかく、尻尾を引っ張るという行為は龍のゴンちゃんにとっては結構、恥ずかしい事らしく嫌がるのだが、今のシズールは興奮して、そういう事も気にとまらないらしく、「いい子、いい子。私と一緒」などと言いながら、ゴンちゃんの頭を撫で繰り回しているのだった。
まぁ、動物はオス同士で交尾の練習をしあうというから、ゴンちゃんにとってはかなりの羞恥プレイなのだろう。流石に見かねて師匠が「こら、目覚めたらどうする?」と言ってシズールの手からゴンちゃんを引き剥がす。
全く、何やってんだか・・・・・。
そんなことを言い合いながら、シズールを中心にとりとめのない会話が生まれ、宿の中の重かった空気が軽くなっていくのを僕は感じていた。
シズール・・・・・いつか君を解き放ってあげないと・・・・・。
僕はシズールを見つめながら、そう思った。そして、同時に気が付いた。
「そうだっ!!
僕が表に出なくてどうするというのだっ!」
僕はその事に気が付いて声を上げた。
「そうだ。今こそ、僕がシズールを解き放つときだ。
シズール。君も一緒にラグーン伯爵の前に立とう。皆引き連れて街を歩き、伯爵の前に立って堂々と交渉するんだ。
そこで僕達の子の姿を認めさせよう。容姿で差別される世をなくすためにもっ!!
これは、僕がこの世で成し遂げないといけないことなんだっ!!」
僕はどうして気が付かなかったのだろう?
今こそ、シズールをこの町で歩かせてあげられるチャンスなんだ。
僕には悪龍を倒して国民を救った戦功がある。これ以上の信頼はないだろう。そのボクが異形の者であっても、シズールが異形の者であっても、町の人からの信頼は得られるはずだっ!!
僕はシズールの手を取って声を上げる。
「行こうっ!! シズール!!
今こそ人前に出て、皆と同じ喜びを味わうんだよっ!!」




