早いっ!! 早いぞっ!!
龍の子供の生命力を使って衰弱したオリヴィアの体を回復させて、意識を取り戻す子に成功した。
それについてあれやこれやと意識の戻ったばかりのオリヴィアに話して聞かせた。オリヴィアは僕の話を理解しきった頃に首を傾げて、こう尋ねた。
「ジュリアン?
その姿・・・・・どうしたの?」
その姿?
えっ? 何の話だろうと思って、僕は大剣の刀身を鏡代わりに使って自分の姿を確認する。
僕は、白い髪と真っ赤な炎のような瞳と鋭い犬歯を持つ大人の姿になっていた・・・・・。
・・・・え? なにこれ・・・・。
僕は自分に起った変化に理解が出来なくて、呆然とただ固まるだけだった。
そんな僕を見て水精霊騎士のミュー・ミュー・レイはクスクスと笑う。
「ねぇ、ジュリアン。あなた、ガークの精霊球を飲み込んだじゃない?
そのおかげで、貴方は精霊騎士と同程度の霊位にまで昇華したのよ。自分の体にみなぎる魔力の強さを感じるでしょう?」
そうミュー・ミュー・レイに言われて改めて自分の体の魔力を感じると、確かにこれは人間のレベルを大きく超えていた。これが一つ上の霊位に昇華するということか・・・・・。
大剣に映った自分の姿を凝視して観察する。
僕は今、14歳だけれども大剣に映っている僕は20歳くらいに見える。母上譲りの整った細い鼻筋と優しい目元は相変わらずだけど、やはりほんの少し前の僕とはやはりちょっと違う。
特に変わったのは、この白い髪と赤い瞳だ。この赤い瞳、よく見たら虹彩が回転している。これがどういう理屈かわからないけど、直感的に今までの自分よりも沢山の魔力を目に注ぎ込めるし、なおかつ、効率的に操れる気がする。
それから、この吸血鬼の牙のような長い犬歯だ。これを他人が見たらどう思うだろうか?
異形の者として見てもらえるくらいならまだいいけど、悪魔と勘違いされたら、いきなり襲われるかもしれない。
それに背も20センチくらい伸びたようだ。師匠から下賜されたこの装備品は持ち主のサイズに合わせてくれるから、急に大きくなって着心地が悪いとかで気づくことが無かった。でも、オリヴィアの体と対比すると体格の差が一段と増している気がする。
どうりで意識回復したてのオリヴィアが混乱するわけだ。
ただ、この可愛らしい声だけは、体が大きくなったってのに少年のままなのはちょっとなぁ・・・・。
「僕。声変わり未だだったんだけど、この体になってもまだ声変わりしてないんだなぁ・・・。」
思わずそう呟くと、ミュー・ミュー・レイが「あら、可愛いじゃないですか。とても素敵な声ですよ、ジュリアンは。」と、フォローしてくれているんだけど、僕はやっぱり父上や師匠のような男らしい声になりたいなぁ・・・・・。
「・・・・・でも、目を覚ました時に、私が貴方をジュリアンだって認識できたのって、実はその声なのよね。だから、その声のままでいて・・・・」
オリヴィアは、うつむきながらそう告白する。ちょっと、照れながら、ボソボソと・・・。
ふふふん。乙女モードに入ってるね。オリヴィア君・・・・。なんて意地悪なことは言わない。僕はオリヴィアにそう言われて、ちょっと嬉しくなって彼女の体を抱きしめながら「うん!! 君が望むのならそうするよっ!!」と言ってあげるのだった。
「ちょっ!! 恥ずかしいからっ!!
やめてよ、もう~~っ!!」
と、照れながら小さな抵抗を見せるオリヴィアはまんざらでもなさそうだ・・・・。
でも・・・・・・。これって大丈夫?。
急に大人になっちゃったし、異形の戦士になっちゃったけど・・・。僕、町に戻れるかなぁ?
ミュー・ミュー・レイに相談すると、ミュー・ミュー・レイは、顔をしかめて「一旦、人の目に付かない速度でフー・フー・ロー様の所へ駆け戻りましょう。そして、この子の事も含めて旦那様に相談しましょう。」と、生命力を奪われて気絶した龍の子供の腕を掴み上げながら言うのだった。
いや、ミュー・ミュー・レイ。人の眼の付かない速度で駆けてって、そんなの疾風のローガンや精霊騎士じゃないと無理だよ・・・・。と、言おうとして僕は自分の体を見た。
「・・・・できるの?」
ミュー・ミュー・レイは、目を閉じて小さく頷いた。
「できますよ。勿論です。
もう、貴方は私達と同じ霊位にいるのですから・・・・。」
ミュー・ミュー・レイにそう言われると頼もしい。僕は大剣を鞘にしまうと、「じゃ、戻ろうか?」と同意すると、ミュー・ミュー・レイは、龍の子供の額を叩いて目を覚まさせる。
「起きなさい。
悪い龍の子供よ。貴方に話があります。」
意識が回復したと同時に絶世の美女にそう厳しい口調で話しかけられて、龍の子供はビックリして飛び上がると、地面を這うように逃げ出そうとする。殺されると思ったんだろうなぁ。
ミュー・ミュー・レイは、そんな龍の子供の尻尾を鷲掴みにして引き留めた。
「きゃああっ!」
と、龍の子供は信じられないほどの高音で悲鳴を上げる。どうやら成長すると恐ろしい龍も子供の時は可愛い声をしているようだ。そういう部分はやっぱり生き物なのだなと僕は妙な感心を覚えた。
「殺さないでっ!! 酷いことしないでっ!!
何でもしますっ!!」
龍の子供は怯え切って再び命乞いをする。僕も先ほどのような逼迫した状態ではないので、さすがに今すぐこの龍の子供を殺す気にはなれずにミュー・ミュー・レイが何をするのかハラハラしながら見ていた。
オリヴィアもこの美しい少年のことを心配しているのか、僕の袖を掴んで「ねぇ、許してあげられないかな?」と呟くのだった。もう、僕のオリヴィアは女神なの? 優しすぎるでしょ?
そんなオリヴィアの声を聞いたミュー・ミュー・レイは、優しく笑って「この子は貴方の役に立ちますよ。」と言うのだった。どういう意味なのだろうと考えていると、ミュー・ミュー・レイは、懐から何やらスクロール状の紙を取り出すと、さらさらと神文をかきあげる。内容は、どうやら奴隷契約の書のようだった。
「ジュリアン、この子を貴方のペットにしなさいな。
そうすれば、また先ほどのようにオリヴィアが生命力を使いすぎても回復させることが出来ますし、さらに貴方に隷属している間は貴方の命令にこの子は従います。悪いことは出来ません。
今、ここでこの子を殺すよりも良い選択肢だと思いますが?」
「なるほど! それはいい案だね!! 賛成するよっ!!」
僕がそう返事をすると、ミュー・ミュー・レイは、龍の子供に言葉巧みに契約を持ちかけて承認させるのだった。
「じゃぁ、お姉さんの言うとおりにこの紙に貴方の血でサインしましょうね?
大丈夫、怖くない怖くない。お姉さんが見ててあげるから、ひとりで出来るわね?」
その時のミュー・ミュー・レイは、とても母性に溢れていて、優しい瞳をしていた。生まれたての龍の子供も、こんな美人のお姉さんに甘い声で囁かれては信用しない理由もなく、深い考えもなしに隷属契約のサインをしてしまうのだった・・・・・。
「では、ここに二人の隷属契約が成立しました。隷属の首輪がありませんので、ひとまずは、神鉄の鎖で出来た私の剣の飾りを使って隷属の首輪といたしましょう。」
ミュー・ミュー・レイがそう言って自分の剣の鞘に巻かれた鎖を外すと、あっという間にそれは、龍の子供の首に巻きつくのだった。
「いいですか? もし、貴方がジュリアンに逆らうようなことがあったら、この鎖がグングン貴方の首を絞めつけて、その首を撥ねてしまいますからね? 絶対に逆らってはいけませんよ?」
ミュー・ミュー・レイは、ニッコリ笑ってそう言うのだった。
そう言われてから、龍の子供は自分がはめられたことを悟るのだったが、時すでに遅し。がっくりと首を落として「酷い~~~。」と言って泣くのだった。ちょっと可哀想だけど、野放しにはできないし、これが一番いい気もする。にしても、ミュー・ミュー・レイ。怖い女だ・・・・。
事が済むとミュー・ミュー・レイはミレーヌと龍の子供を両肩に担ぎあげると、「然らば・・・・」とだけ短く言うと土煙を上げて忽然と姿を消す。そして、僕もオリヴィアをお姫様抱っこすると、ミュー・ミュー・レイに続いて土煙を上げると一気に駆け抜けるのだった。
「すごいっ!! 凄いぞっ!! これはっ!!」
僕は自分の速度に感動する。あっという間に10キロほどの距離を走り抜けてしまう。それでいて、この瞳はそれらの景色のピントがぶれることなく鮮明に映し出してくれていた。
僕は興奮した。これが僕がずっと見てみたかったローガンの見ていた世界かっ!! そう思うと、感動はひとしおだった。
「きゃああああああああー-----っ!!」
ただ、オリヴィアには景色を見る能力が無く、ただブラックアウトされた世界を物凄い振動を感じながら走り抜けているだけと言う感じのようで、ただただ、悲鳴を上げるだけだった。
きっと、この悲鳴は僕達の姿が見えない町の人には怪現象として語られることになるんだろうなぁ・・・。
そうやって僕達が師匠の部屋の窓から飛び込んで、師匠に再会した時、師匠は10歳くらいの見慣れぬ美少女を部屋に引き込んでいた。
しかも、その美少女は首輪とチェーンで師匠に繋がれていたのだった。
「ちょっ!! 師匠、なにやってんすかっ!」
思わずそう突っ込んでしまった僕の頭を師匠がスパンと叩く。
「お前こそ、素っ裸の美少年引き連れて、何やってんだよっ!!」
あ、そういや。龍の子供は文字通り、生まれたての姿だった・・・・・。
僕がそれに気が付いた時、僕と同じく改めて龍の子供の姿に気が付いたオリヴィアが「きゃああああああああー-----っ!!」と悲鳴を上げるのだった。




