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一か八かだよっ!!

突如とつじょ現れた氷の壁と、その氷の壁に反射はんしゃされた己が吐いた最強の炎に体を跳ね飛ばされながら、ギヌリスは悲鳴を上げた。

「ぐああああああああっ!!!」

渾身こんしんの一撃だった・・・・。

僕は吹き飛ぶギヌリスの体を見ながら、戦いに出る前に師匠が僕に助言じょげんした「龍討伐には氷魔法を基本に戦うように」という言葉と、師匠との地獄の訓練の日々を思い出していた。

気絶しては起こされてまた訓練という限界を超えてから限界を超えさせる師匠の訓練は文字通り地獄だったけれど、そのおかげがあって、僕は戦いの最中に無意識で最高の一撃を加えることが出来た。

氷の魔法は防御であり、ギヌリスを吹き飛ばす一撃でもあった。しかも、ギヌリスが放った一撃を反射させる完璧なカウンターだった。ギヌリスは僕を焼き殺すためにはなった必殺の炎をまともに受けて焼けげる。

これを可能にしたのは、僕の氷魔法が鍛え上げられていたからだ。もし生半可なまはんかな氷魔法であったのなら、たちまち氷の壁は炎にかされてしまい、僕の方こそギヌリスの炎に身を焼かれていただろう・・・・・。


しかし、すでに僕も何箇所なんかしょもギヌリスに槍で刺されているし、左肩は火精霊の貴族ギー・ギー・ドーザのナイフによって焼きつらぬかれた。

多くの血を流したためか、ひど眩暈めまいもする。なんとか回復魔法で傷口をふさいでいくものの、体に負ったダメージが大きすぎて、すぐに行動できそうにはなかった・・・・・。

まさに満身創痍まんしんそうい。そんな状況で意識を失った二人を前に僕は深いため息をついた。

「ふ~・・・・。ヤバかった。

 これ以上は、もう戦えない・・・・。」

天を見上げてそうつぶやいた。

僕は全てを出し切った。これ以上の戦闘は不可能だろう・・・・。そう断言できるほど消耗しょうもうしていたんだ。

なのに、僕の耳に「くくくく・・・・・。」という、信じられない笑い声が聞こえてきた。

信じたくない声だったし、確認のために見るのも嫌だった。今、自分が窮地きゅうちに立っていることを理解するのが怖くて脂汗あぶらあせひたいからあふれてきた・・・・。

見たくはなかった。でも、奴の体は嫌でも僕の眼に入って来るのだった。

「くくくく・・・・・。

 聞いたぞ。

 弱音をいたな? 小僧・・・。」


ギヌリスは焼けげた体を再生さいせいさせながら、なおもヨロヨロと立ち上がってきた。

わが目をうたがうような光景こうけいだった。とても信じられない。

ギヌリスはギー・ギー・ドーザの大火球だいかきゅうにその身を焼かれ、また、自身の炎でも身を焼きがしたというのに、まだ立ち上がりその身を回復魔法で再生させる力が残っているのだった。

これが人間よりもさらに上位の龍から霊位れいい昇華しょうかさせた者の底力そこぢからなのだろう。全く、こちらは満身創痍だというのに・・・・・。

・・・・・くそっ!!

こちらにはもう手立てだてがない。

ギヌリスと何度か打ち合えるだろうが、恐らく先に力尽ちからつきるのは僕の方だろう。僕は感じるんだ。あのギヌリスは、僕なんか比べ物にならないほどのダメージを受けたというのに、僕以上に生命力が残されていることを・・・・・・。

ギヌリスの方も僕にはもう奴と戦うだけの体力が残っていないことをさとっているのだろう。

ボロボロの体だが、まだ余裕よゆうの笑みを浮かべて僕に歩み寄って来るのだった。

槍をかまえ、僕に近づいてくる。その間に回復魔法がだんだんとギヌリスを完全に回復させていくのがわかる。信じられないほどの魔力だ。あの龍の体を火精霊の貴族ギー・ギー・ドーザの大火球の防御に使うのだって、おおよそ僕10人分の魔力は消費しているんだろうに・・・・。そのあとに負ったケガまで完全に治してしまうなんて・・・・。


「さぁ、小僧。

 もう一番勝負いちばんしょうぶと言うところだが・・・・・今のお前に戦う力が残っているのかねぇ?

 くくくくく・・・・・。」

ギヌリスは僕から2メートル近くまで歩み寄ると、足を止めて手槍を構えながら余裕そうに笑う。

手槍の長さはおおよそ1.8メートルから2メートル足らずの長さ。つまりあと半歩み込めば、ギヌリス必殺の間合まあいと言うわけだ。

ギヌリスがそこで一度歩みを止めたのには理由がある。僕の反撃を警戒けいかいしているわけではない。奴はとっくに僕に戦う力が残っていないことをさとっている。そんな奴がどうして一気に僕を殺しに来ないのか、わかるかい?

対峙たいじしている僕にはわかるよ。奴の表情から・・・・奴の悪意に満ちた目や、いやらしい笑みを浮かべた口元を僕はよく知っているから・・・・。


これは、いじめを行う奴の顔だ。

絶対に負けない状況を勝ちほこり、弱者をいたぶることに快感を覚え、自分の生きていることを実感する頭のいかれたクズ野郎の顔を、今、ギヌリスはしている。

”こんな奴に負けたくないっ”

前世ぜんせの僕の記憶が僕にそうげるのだが、個人的にはオリヴィアとミレーヌのためにも僕はここで負けるわけにはいかないんだっ!!

満身創痍で息もえの体だが、僕は大剣たいけんを構えて、奴をにらむ。それがかえって奴を喜ばせてしまうことがわかっていても・・・・。

「はははは・・・・。おい、小僧。

 なんだってそんな大層たいそうな武器を構えているんだ? まさかと思うが、そんなボロボロの体で俺と戦おうと思っているのか? バカバカしい。

 お前、一つ誤解しているぞ。

 お前は今から俺と戦うんじゃない。お前は俺にいたぶられて、なぶられて、ボロ雑巾ぞうきんのように地面にいつくばって、俺に女を殺されるのを女みたいな声を上げて泣き叫ぶだけだ。」

そういってギヌリスはうれしそうに笑った。つくづく嫌な野郎だ。

だが、奴は宣言せんげんした。僕をなぶってから、オリヴィアとミレーヌを殺すと。

ということは、奴はすぐに二人を殺す気はないらしい。僕が生きて戦えるうちは、二人を殺さない気だ。

だったら、僕は意地でも負けられない・・・・。


そう・・・・・。どんなことをしたって、僕は負けられないんだ。

ギヌリス・・・・。お前に勝つためなら、僕はどんな手段でも使ってやるさ・・・。


僕は、そっとふところの中にしまっておいた、ガークの体内にあった精霊球せいれいきゅうを取り出して、口の中に飲み込んだ。

土精霊騎士ガーク。災いの神ドゥルゲットに使役しえきされ、ルーザ・デ・コスタリオに派遣はけんされた祖国そこく傭兵ようへい達の説得に失敗した僕を追いかけて来て、一騎打ちの末に敗れたあわれな精霊騎士。(※第68話、69話参照。)  

僕はその一騎打ちに勝ったご褒美ほうびとしてガークの精霊球を師匠・魔神フー・フー・ロー様から授かった。その精霊球を取り込めば、精霊騎士並みの強さを手に入れられるという代物しろものだ。

ただし、僕にその適性てきせいが無ければ、即死そくししちゃうという問題点がある。だから、僕は今までこれを使うつもりが無かった。僕に適性があるとわかった時、初めてこれを使うつもりだったんだ。

だが、もう悠長ゆうちょうにそんな適性を調べている余裕はない。今の僕にはどうあがいてもギヌリスに勝てる力はない。だから、精霊球を使って自分が強くなる可能性にけた。これは危険な賭けだったが、ここで僕に適性がなく死んでも、僕がギヌリスと戦って負けても、どの道、二人は殺されてしまうんだ。

だったら・・・・だったら、僕はわずかでも可能性のある、この精霊球に全てをゆだねるのだっ!!

頼むっ!! 我が好敵手こうてきしゅ、土精霊騎士ガークよっ!!

僕に力をっ!!!


精霊球を飲み込んだ瞬間・・・・。僕の体は燃えるように火照りだし、自分が自分でなくなっていくのを感じた。

「うっ・・・・。

 うわあああああああー-------っ!!!

 な、なんだこれっ!! いやだっ!!

 怖いっ!! いやだっ!! うわあああああああー-------っ!!!」

体が燃え盛り、自分の体の内部から、人間として根本的な何かが作り変えられるのを僕は感じて恐怖する。そして、その様子を見てギヌリスも動揺どうようの声を上げる。

「き、貴様っ!!

 何をしたっ!! 一体、何を飲んだら、そんな急速きゅうそく霊位れいいが上がるのだっ!!」

その声には、明らかな恐怖を感じた。怯えているんだ・・・。僕を・・・・。

先ほどまで確実に自分が殺せると思っていた相手にこれほどの恐怖を感じるという事は、今なら僕に勝ち目があるという事・・・・。

ならばっ!! と、僕は覚悟を決めて大剣を振り上げて突進する。

熱い・・・・。体が、髪の先からつま先まで灼熱しゃくねつに焼かれているように熱い。

僕は悲鳴を上げながら、大剣を振りぬいてギヌリスの槍ごと、両腕を一刀両断すると、身を焼かれる痛みに耐えかねて、のたうち回る。

「「うわあああああああー-------っ!!!」」

と、腕を切り落とされたギヌリスも、僕も悲鳴を上げてのたうち回った。

だが、先に立ち上がったのはギヌリスだった。腕の痛みに耐えながら立ち上がって叫ぶ。

「おのれっ!! こうとなれば、口惜くちおしいが、お前をいたぶる余裕はないっ!!

 今すぐ3人とも殺して、その魔力を吸い上げて生き永らえてやるから覚悟しろっ!!」

そう叫んでから、再び炎を吐くために大きく呼吸を吸うギヌリスに生命の執念しゅうねんを感じた。奴が何百年生きていいるのか、僕には見当けんとうもつかないが、その執念の強さが奴を龍以上の高霊位に引き上げたのだとわかる。

そして、その執念の前に僕はやぶれたのだ。もはや、自分の力では立ち上がることも出来ぬほどボロボロになってしまった。

このまま・・・・僕達は、ギヌリスに殺されるんだ・・・。

最早もはや僕にできることは目を閉じてその瞬間が来るまで、心の中でミレーヌとオリヴィアにあやまることしかできなかった・・・・。

・・・・・

・・・・・・・・・

だが、その瞬間は来なかった。

何故なら、ギヌリスの体には槍が貫通したからだ・・・・。

「な・・・・なぜ・・・・・。」

ギヌリスは、そう呟いて絶命ぜつめいした。槍は正確にギヌリスの心臓をつらぬいていたからだ。

やがて、絶命したギヌリスは力を失って、地面に倒れ込んだ。

その時、僕は見た。ギヌリスの背後に立っている人物を・・・・・。

背後からギヌリスを刺した人物は、ギヌリスの子供だった。


「父上。僕を殺そうとした・・・・。

 だから、僕も父上を殺す・・・・・。」


美しい少年は地面に倒れ込んだギヌリスを見ながら、そうつぶやくのだった・・・。



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