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魂の一撃を食らえっ!!

遠い昔の話。

僕の先祖は元は人間だったが、火龍となって世界を救ったという。その話は、長い歴史の中でその原型をとどめていないとも聞いていたが、僕は見たのだ。龍の体から人間が出てくるのを・・・・。

その男は火精霊の貴族ギー・ギー・ドーザの大火球だいかきゅうにも耐え、大火傷おおやけどいながらも僕達に向かってくるのだった。

「切り札と言うものは、こういうものだ。反撃とは一撃で敵を無力化させるものでなくてはならないことをお前は学んだだろう?

 この学びを来世らいせに持って行けっ!! 忌々いまいましいクソガキめがっ!!」

龍の体から出てきた男は、回復魔法で自分の体をいやしながら、僕達の方へフラフラと歩き、呪いの言葉をく。その眼は憎悪ぞうおに満ちていて、確かな殺意と意志の強さを感じさせた。

その執念しゅうねんに僕はゾッとする。彼は自分の体がボロボロになることを覚悟して、僕達を全滅ぜんめつさせるのに最も効率の良い作戦を取ったのだ。恐ろしい。本当に恐ろしいほどの執念だった。

男の名はギヌリス。僕は確かに聞いたのだ。奴がギー・ギー・ドーザを召喚しょうかんするときに自分の名をそう名乗ったのを。

だから、その名を呼んでうた。

「ギヌリス。お前は狂ってるよ。

 いくら効率がいいからと言って何故、自分の体を焼き尽くすような方法を取って僕達を殺そうとするんだ?

 意味がわからないよ・・・・。

 それに、お前は、その姿を見る限り元々は人間だったろうになぜ人間にあだなすんだ・・・・・。」

すると、問いかけられたギヌリスは、僕の言葉に反応して、立ち止まる。その眼はおどろきに満ちているようにパッと見開かれていた。

ギヌリスはしばらく、そうして固まっていたけれども、やがて何かに気が付いたかのように「・・・・ああ、そうか。」と言って笑いだした。

「なんだ、小僧!! 貴様、腕は立つのにまだこの世のことわり欠片かけらほども知らんのか!!

 俺が人間から龍になっただと!? 寝言は寝て抜かせっ!!

 龍である俺がこの姿であるのは、いずれは神へと昇り詰める俺の進化過程の姿の一つにすぎぬわっ!!」

衝撃しょうげきの告白だった。この男は既に龍から次の高位の存在へと進化を進めていたというのだ。

それが、どの霊位れいいから、どの方向を目指す進化なのかは僕程度の未熟者みじゅくものには予想も出来ない。ただ、実はすでにこの男の正体は龍ではなく、龍の巨体きょたい仮初かりそめの姿にすぎなかったのだ。道理どうり外身そとみを龍の姿でおおって、あのギー・ギー・ドーザの火球から身を守るドームに利用できるわけだ。あの龍の体は、この男にとってはよろいのようなものにすぎなかったのだっ!!

何と言う事だ。今度は僕が驚く番だった。そして、僕の表情に明らかに動揺どうよういろを見せた時、ギヌリスは勝ちほこったようにもう一つの質問にも答える。

 「それから勘違かんちがいをもう一つ訂正ていせいしておいてやる。俺が好き好んでこんな手段を選んだと思うのか?

 俺は望んで我が身を犠牲ぎせいにしたわけではない。犠牲にしなければ、お前達、薄汚うすぎたない人間どもを殺せなかっただけにすぎぬっ!!

 悪逆あくぎゃくの限りを尽くした俺の願い事を契約けいやくしたとはいえギー・ギー・ドーザほどの者が何の対価たいかもなしにこたえると思うのか? バカめがっ!! 」

ギヌリスは、声高々こえたかだかにそう言うと、さげすんだ笑みを浮かべて僕を侮辱ぶじょくする。

「もっとも! お前程度の霊位れいいの者には、そんな話は想像も理解も出来ぬか。

 冥途めいど土産みやげにもう一つ教えてやる。お前はこの世のことわりの一部も知らぬという事実をな。」


ギヌリスは、そう僕をあざ笑いながら、自分の体を回復魔法でどうにか満足に立ち歩けるほどに回復させると、自分の口から一本の槍を取り出すと、僕に向かって構えるのだった。

「さぁ、戯言ざれごとはここまでだっ!

 これより我がつまかたきたせてもらうぞっ!!」

僕に向かってピタリと刃先を向けるその中段ちゅうだんかまえからは熟達じゅくたつした戦士の風格ふうかくただよっていた。(※中段の構えとは、槍の刃先が胸の高さから腰の高さの間までに構えられた姿の総称)

対する僕は、重傷人じゅうしょうにんを二人もかばわないといけない上に、僕自身もあの忌々いまいましいギー・ギー・ドーザのナイフで左肩を焼きつらぬかれている。この状況で、僕はギー・ギー・ドーザと戦わなければいけなかったのだ。

片腕に大怪我おおけがった状態で戦うときに、得物えものが両手を器用きようあやつる能力が要求される槍というわけにはいかない。

僕が最も得意とする武術は、ドラゴニオン流鎗術りゅうそうじゅつであるが、今はそれよりも大剣たいけんを使った剣術で戦うべきである。僕がそう判断して、師匠・魔神フー・フー・ロー様より下賜かしされた氷の呪いのかかった大剣たいけん青眼せいがんに構えるとギヌリスはニヤリと笑った。(※青眼の構えとは、剣先で敵の首元から目元への高さを狙って構えた姿。正眼、晴眼、星眼など様々な表記の仕方がある。)

「小僧。良き構えだ。

 だが、俺と戦うのには10年早かったなっ!」

言うが早いか、突くのが早いか。ギヌリスは目にもとまらぬ突進とっしんをしながら、っすぐ僕の心臓に向けて突きを放つ。

すさまじい速さだ。魔力を込めた未来視の目でなければ、けることも止めることも出来ないだろう。

しかし・・・・・。

今の僕には、この突きを避けるという選択肢はない。だから、ギヌリスの槍を大剣でななめめ左下に払いのけながら、槍をね上げる。そして、その払いあげる姿勢の力を利用しながら、ギヌリスのわき腹に魔力を込めた左足によるまわりをくれてやる。

「ぐふっ!!」

とうめき声を上げながら、わき腹を蹴られたギヌリスは、飛び下がる。


格闘技の世界には、姿勢の力を利用する攻撃方法がある。例えば、空手やキックボクシングでは、敵のパンチを払いのける上半身の動きに合わせてりを入れる技術があるのだが、敵の攻撃を払いのける上半身の向きがそのまま蹴りを放つ姿勢となるので、その体をひねる勢いをそのまま蹴りに利用して敵を蹴る。この攻撃方法には利点が二つある。一つは姿勢の力を活かせるので蹴りの威力が上がる。もう一つは、一連の動きは一呼吸の動作であるがゆえに敵は反撃も防御もするがなく、まともに攻撃をもらってしまう点だ。

この攻撃は成功し、ギヌリスに確かなダメージを負わせることが出来た。

しかし、失策しっさくでもあった。

何故なら、僕が飛んで避けて体を交わせば僕の後ろで倒れている二人が狙われることを僕が恐れていることをギヌリスに確信させてしまったからだ。

ギヌリスは笑う。ダメージを抱えたその体で。


「くくく・・・・・。お前の弱点は、もうわかったぞ。

 そうか。その二人の命がそれほど大事か。

 そうやって、その場に居ついて戦うことの危険性を知らぬというわけでもあるまいに。」

そして、ギヌリスは再び攻勢こうせいに出る。

今度は、僕に深々と攻撃を加えるわけではなく、一定の距離をたもったまま、突きを繰り出してくるのだ。しかも、僕の周りをグルグルと回りながら・・・・・。

これ以上のはめはない。ギヌリスには障害物しょうがいぶつが無い自由な身で、好き放題に動き回れるが、僕は倒れた二人を守りながら、ギヌリスの動きに合わせて回り込むときに二人を踏んでしまわぬように気を遣いながら動かねばならない。

さらに、僕の左肩は怪我けがをしている。左手は添え手として、大剣を繰り回す補助ほじょとしてしか使えぬのだ。これは両手持りょうてもちの槍と戦うにはあまりにも不利ふりすぎるのだった。

時折、かわし切れなかったギヌリスの槍が僕の体をかすめて、激痛げきつうが走る。

そして、僕がそのたびに「うっ!」と声を上げるとギヌリスは嬉しそうに笑うのだった。

「はははっ! 皮肉なものだなっ!!

 俺はお前に妻を殺され、お前はお前の女を守るために傷つかねばならぬとはなっ!!」


多くの刺し傷を負った僕に勝利を確信したギヌリスは、高らかに笑ったのちに、今度は激しい突撃による突きを放つっ!!

それを再び払いのけてから、蹴りを加えようとした僕の両腕が止まる。動かなかったのだ。ギヌリスの払いのけた槍を僕は跳ね上げられなかったのだ。それは、これまで僕が受けたダメージが大きかったこともよるが、それ以上にギヌリスの攻撃力が先ほどまでとは一段ギアが上がっていたからだった。

僕はギヌリスの構えを見た瞬間から、奴が相当そうとう手練てだれであったことをさとっていた。なのに、見抜みぬけなかった。これまでの奴の攻撃がまだ余裕よゆうを残したものであったことに・・・・・。

例えば、人間は10キロの重さを楽に上げられる程度の筋力きんりょくがあっても、本当は8キロの重さがある荷物を5キロだと聞かされた場合、その荷物をズシリと重く感じてしまう生き物だ。それは無駄むだなエネルギーを消費しょうひしないために必要なエネルギーを正確に使用しようとする野生やせい本能ほんのうから来るものであるが、今回はその本能をギヌリスがたくみに利用したのだ。人間は同じ攻撃を続けられると、無意識にその攻撃を学習して予想よそうしまう。そして、その学習してしまった攻撃にう対応してしまうのだ。結果として、僕はギヌリスの槍を操る腕力を見誤みらやまり、実際に必要な力以下のものと想定そうていして動いてしまったので、奴の槍をげられなかった。敵の心理を利用して突然、想像以上の力を出して攻撃を仕掛けて敵を仕留しとめる、歴戦れきせんの戦士らしい見事な戦略せんりゃくだった。


しかも、ギヌリスの攻撃がえていたのは、それだけではない。

奴はつばぜり合いのその接近した距離であろうことか、僕の顔面に向けた口から炎を吐いたのだった。

この至近距離では、このブレスを交わすことは出来ない。直撃はまぬがれない。だが・・・・。

幸いなことに未来視にけた僕の眼は、その未来を予測していたのだ。僕は自分でも無意識のうちに氷魔法を発動させて、僕とギヌリスの間に巨大な氷の壁を展開てんかいしていた。

無意識の行動が事態を逆転させる事象じしょうは、格闘技に限らず多くのスポーツで多く目撃される。己の肉体に何度も何度も刻み込んだ正確な動作が緊急事態のその時に出る。無意識のスパイクが、無意識のジャンプが、無意識なスウィングが、最も効果的な場面に発揮されてわれを勝利にみちびくことがあるのだ。それは何も不思議ふしぎな話ではない。何故ならかえし練習したその動きこそが、最も理想的な動作であるからこそ、何度も何度も練習してきたのだから・・・・・。

その練習で流した汗と、涙と、時間と、たましいを燃やす心の咆哮ほうこうが作り上げた最強の一撃なのだから、勝利に導くのは当然なのだ。

突如とつじょ現れた氷の壁と、その氷の壁に反射はんしゃされた己が吐いた最強の炎に体を跳ね飛ばされながら、ギヌリスは悲鳴を上げた。

「ぐああああああああっ!!!」

渾身の一撃だった・・・・。

僕は吹き飛ぶギヌリスの体を見ながら、戦いに出る前に師匠が僕に助言じょげんした「龍討伐には氷魔法を基本に戦うように」という言葉と、師匠との地獄の訓練の日々を思い出していた。

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