死なないでっ!!
「総員かかれっ!!
今、この時。今この場で地に落ちた龍を殺せねば、勝ち目はないと思えっ!!」
僕の号令に呼応して全員が一斉に龍に向かって攻撃を仕掛ける。
地に落ちた龍は、氷と泥の国の狩人ルー・バー・バーの強烈な攻撃を受けてのたうち回っている。氷の炎の矢は、炎のように揺らめく氷の矢。その鏃自体は、恐ろしく小さな魔力の結晶体だが、空気に触れたとたん、大気を凍らせて炎のように揺らめいている矢だ。龍は翼の根元を射抜かれているが、傷口に刺さった矢は、いまだに背中を凍らせながら肉に食い込んでいく。それは矢が当たった場所に凍傷を与えながら氷が発生する力を利用して敵の内部に食い込んでいく恐ろしい武器だった。矢傷を受けた場所は凍傷を起こして、やがて肉の組織を破壊しつくして壊死させる。その苦痛たるや、想像を絶するものらしく龍は悲鳴を上げてのたうち回るのだった。
そして、その苦痛から龍が回復魔法を使って逃れる前に僕達は致命傷を負わせる必要があった。
最初に龍に一撃くれたのは、ラグーン伯爵配下の騎士達だった。一番、龍から近い距離にいて一番統率の取れている彼らは、隊列を組んで号令一下に手槍を投擲する。規則正しい彼らの動きに迷いはなく、放たれた手槍は正確にルー・バー・バーによって撃ち抜かれたのとは反対側の羽に突き刺さるのだった。
「でかしたっ!! 手槍を失った者は、下がれっ!!
武器を失った諸君らはもはや、戦線を維持できないっ!! 撤退せよっ!!」
僕はありったけの大声を上げながら氷の呪いのかかった大剣を抜き上げると龍に突進する。
風よりも早く駆け抜けて素早く龍の体に這い上がると、その大剣を肉に突き立てる。
「ぎゃああああああー--っ!!」
とんでもないほど大きな声を上げて龍は悲鳴を上げてのたうち回る。体長が30メートル近くあって体高も10メートルもある生き物がのたうち回れば、人間などひとたまりもない。僕の指示も聞かずにその場に残って戦おうとしたものの中には、勇敢にも腰に刺した剣を抜いて龍に攻撃しようと近づいた者が数名いたが、のたうち回る龍の体の下敷きにされてしまった彼らはもう二度とこの世の光を見ることが無かった。
「ばかやろうっ!!
近づくなっ! お前たちは手槍を投げるか、その剣を投げつけるかするだけでいい!!
そして、投げたら戦線を離脱しろっ!! 死にたいのかっ!!」
龍の体の上で僕が怒鳴りつけると、全員、仕方なく各々が手にした武器を龍に向かって投げつけんと構えるのだった。
そして、その時。氷の呪いのかかった大剣とルー・バー・バーの氷の炎の矢に耐えがたい苦痛を味わっていた龍が、覚悟を決めて反撃に出てきた。
「燃え盛る火の国に住まわれし貴族ギ―・ギー・ドーザよっ!! この世の悪性にして人の世を滅ぼす我と我が怨敵に全てを焼き滅ぼすご助力を!
ギヌリスが畏み畏み願い奉り候」
すると次元の壁を引き裂いて、火の国の貴族ギー・ギー・ドーザが現れた。この世の者とは思われるほど美しいギー・ギー・ドーザの姿を見て冒険者も兵士たちも驚きの声を上げたが、彼らにはギー・ギー・ドーザの恐ろしさはわかるまい。火の国の他の貴族ヌー・ラー・ヌーを知っている僕達3人にはわかる。これがどれほど恐ろしい貴族か。どれほど恐ろしい魔力を持っているかを。ギー・ギー・ドーザはヌー・ラー・ヌーなど比べ物にならないほど、恐ろしく高位の存在だと僕達はその姿を見た瞬間悟ってしまったのだった。
「逃げろっ!!
龍の体共々焼き尽くされるぞっ!! この龍は自分の体ごと僕らを焼く気だっ!!
死ぬ気で走って逃げろ―――――っ!!」
僕は悲鳴にも似た怒鳴り声を上げて命令する。だって、ここにいたら彼らは誰一人として助からないことはわかり切っていた。
龍はこう唱えたのだ。「人の世を滅ぼす我と我が怨敵に全てを焼き滅ぼすご助力を!」。”我” と ”我が怨敵に” ・・・つまり龍は、自分ごと僕らを焼く炎を打てとギー・ギー・ドーザに願い奉ったのだ。ヌー・ラー・ヌーよりもはるかに高位な火精霊の貴族ギー・ギー・ドーザならば、文字通り全てを焼き滅ぼす炎の魔法を僕達にもぶつけてくるだろう・・・・。
「逃げろ―――っ!!」
僕は叫びながら、龍の体から飛び降りて、オリヴィアとミレーヌと合流すると二人に命令した。
「氷の壁をっ!! せめて救えるだけ救うぞっ!!」
「はいっ!!」
二人は僕の言葉に従って分厚い氷の天蓋を3重に展開して、せめてギー・ギー・ドーザの炎の魔法から誰か一人でも救って見せると必死になって抵抗する。
そして、そんな僕らをあざ笑うかの如く、ギー・ギー・ドーザは巨大な火球を上空に作り上げる。その大きさ全長50メートルはあろうかと言う大火球である。
僕はそのサイズに絶望した・・・・・。
「ダメだ・・・・全員死ぬ・・・・・。」
そう呟いた瞬間、ギー・ギー・ドーザの火球が地上に向けて撃ち落とされた。その火球が到達するまでのほんの一瞬の間に僕の瞳と、僕をせせら笑うかのような龍の瞳が合った。
龍は、自信があるのだ。たとえ全身焼き尽くされようが、生き残る自信が・・・・・・。
目の前が真っ白になったかと思うと、凄まじい爆音と衝撃が僕らを包んだ・・・・・・・
それから何分経っただろうか? もしかしたら1分もかかっていないかもしれないし、1時間以上、僕は意識を失っていたかもしれない。僕が我に返ったその時、あたり一面に動くものの姿は見えず巨大なクレーターと焼け溶けた大地だけが広がっていた。
そして、僕とオリヴィアををかばうように覆いかぶさる半身黒焦げになったミレーヌの姿を僕達は見た。
「うわあああああああー-------っ!!!」
「きゃああああああああー-----っ!!」
僕達は悲鳴を上げて混乱した。きっとミレーヌは最後の一瞬にせめて自分を犠牲にしてでも、僕達を守ろうと思ったのだろう・・・・・
「あああああっ! ミレーヌっ!
なんて愚かな真似をっ!! 君を救うのは僕の役目のはずなのにっ!!」
僕の絶叫に合わせて半狂乱になったオリヴィアが泣き叫びながら、治癒魔法をミレーヌにかける。
「いやいやいやいやいやー---っ!!
死なないでっ!! 死なないでミレーヌ! いやあああああー---っ!!」
凄まじい魔力が注ぎ込まれてミレーヌの体が見る見る治癒されていく。
その様子を見てギー・ギー・ドーザが情けなく「見事な回復魔法だが愚かなことだ。それ以上、魔力を注ぎ込めば、その娘は助かるがお前が死ぬぞ。」と言い放ち、再び次元の壁を引き裂いて火の国へ戻ろうとする。僕はその背中に叫んだ。
「畜生ッ!! 覚えていろっ!! 薄汚い火精霊めがっ!
ミレーヌかオリヴィアが死んだら、貴様を殺してやるっ!! 何年、何百年かかっても必ず貴様を見つけ出して、この世で最も残酷な殺し方をしてやるっ! 必ず殺してやるっ!!」
ギー・ギー・ドーザは一度こちらを振り向くと、僕に向かってナイフを投げつける。そのナイフは、僕の目をもってしても見抜くことが出来ぬほど早く、身じろぎ一つさせぬ間に僕の左肩を正確に貫いた。そして、その傷口を燃やすのだった。
「ぎゃああああああー--っ!!」
悲鳴を上げてのたうち回る僕をギー・ギー・ドーザは鼻で笑ってから火の国へ帰っていく。
「チクショー――っ!!」
呪いの言葉を吐く。だが、我が身を焼かれる傷を回復魔法で悠長に治しているどころでないことに気がついた。僕の瞳には、見る見るうちに衰弱していくオリヴィアの姿が映ったのだ。
「やめろっ!! オリヴィアっ!!
ミレーヌはもう無事だっ!! ミレーヌは無事だっ!!」
必死でオリヴィアをミレーヌから引き剥がす。オリヴィアは8度目の「ミレーヌは無事だ。」の声に安心したように微笑みながら意識を失った。
ミレーヌを救うためにオリヴィアは生命エネルギーを放出したのだ。自らの意志の力で枷を外し、ミレーヌの命を救うために生命エネルギーを消費したオリヴィアだが、幸いなことに二人は無事だ。もちろん予断を許さないレベルで危険な状態ではあるが、一応は無事だった・・・。この時点では。
だが、今、この場には忘れてはいけない存在がいる。
それはあの龍だ。自身の肉体ならばギー・ギー・ドーザの火球に耐えられると踏んで相打ちを狙ってきたあの龍だ。
奴は、どうなったんだろうと、ふと気が付いたとき、焼け焦げた巨大な消し炭の中から、一人の男が這い出てきた。満身創痍の大やけどを負っていたが、それでも立って僕達の方へ向かって歩いてくる。
「切り札と言うものは、こういうものだ。反撃とは一撃で敵を無力化させるものでなくてはならないことをお前は学んだだろう?
この学びを来世に持って行けっ!! 忌々しいクソガキめがっ!!」
そうか・・・。この男があの龍の正体か・・・・・。
僕は、深手を負った肉体と意識を失った二人を抱えて、この男を倒さなければならなかったのだ。




