殿の名誉を引き受けたよっ!!
「オスだっ!! あれは、龍のオスに違いないっ!!
メス龍と小龍の一大事を悟った龍のオスが姿を見せたんだっ!!」
誰かがそう叫んだ。
そして、それは真実なのだろう・・・・。誰もが、新たに現れた絶望するほど大きな龍の姿を見てそう悟るのだった・・・・。
メス龍の2倍ほどあるそれは、まるで戦闘機のように大きい。体長30メートル近くあるだろうし、体高も10メートルはある。
上空を飛ぶ龍のスケールに大混乱した兵士たちは、途端に陣形を乱す。
いけないっ!! 統率が取れなくなったら。撤退さえも満足に行えなくなっちゃうぞっ!!
僕が危険を察知すると同時に誰かが叫んだ!!
「撤退するぞっ!!
あれと戦うには人数が足りなさすぎるっ!!
撤退だ!! 総員、隊列を乱すことなく撤退せよっ!!」
ラグーン伯爵だった。
伯爵はメス龍の2倍はありそうな体躯をしたオス龍を一目見て、勝機の無さを悟って躊躇なく撤退命令をする。この混乱した陣形の中にあの龍が上空から突撃して来たら、ひとたまりもなかったのだ。
僕はラグーン伯爵の的確な判断と迅速な対応に舌を巻いた。
”これは戦場では絶対に出会いたくない相手だな ” 心の中でそう考えながら、それでも心強い仲間と巡り会えた強運に感謝するのだった。
ただ、自分の連れ合いを殺されて怒り狂ったオス龍に襲い掛かられたら、大混乱が生じてしまう。それを防ぐ手立ては一つ。オス龍の最大の関心ごとである自分の子供。すなわち卵から生まれたばかりの美少年を僕が利用してオス龍の注意を僕に集中させる。そうすれば、オス龍が兵士に攻撃をする余裕がなくなる。だから兵士たちの撤退がスムーズに行われて被害者を多く出さずに済むんだ。
僕は叫ぶ。
「伯爵! 僕の部隊が龍を西に誘導する!!
伯爵は撤退に集中して!!」
「すまんっ!!」
伯爵はこの混乱の中でも僕の声を聴き分けて、速やかに撤退の指揮に集中する。まだ若いだろうに相当な実戦経験を積んでいるんだなと、改めて感心させられた。
しかし、今は龍との戦争の真っ最中。僕の方こそ頭を切り替えないといけない。
そうさ、なにより。今の状況を作り出してしまったのは僕達の責任だ。僕達が集めた情報が中途半端だったがために、オス龍の存在を見逃してしまったんだ。
きっとオス龍は、遠方にいて餌を集めていたか何かをしていたのだろう。メスが巣を守り、オスが外敵から巣を守る。よく考えたら当たり前の事じゃないか。
しかし、不幸中の幸いで、僕達は一応オス龍の不在時にメス龍を倒すことが出来た。挟み撃ちにされていたら、間違いなく全滅してしまうところだった。
そう、全滅していてもおかしくない。あのオス龍は間違いなくそれほどの大物だ。
奴が直ぐに攻撃を仕掛けてこない理由は、卵から出てきた美少年に奴よりも僕達の方が近いからだ。本能で動く動物は考えるまでも無く、襲い掛かって来るだろう。しかし、賢い龍は、手を出すよりもまず僕達の戦力を見極めているのだろう。上空でいやらしく旋回しながら、攻撃する機会を伺っているに違いない。
で、あるならば、奴が分析を済ませる前に、龍の子供を人質にとって、この場から退散しなければいけない。兵士たちを無事に撤退させるために・・・・。
そう決断すると同時に僕は足に魔力を込めて瞬間移動のダッシュをして、龍の子供を抱きかかえると西に向かって走り出した!
「オリヴィア!! ミレーヌ!! 僕に続けっ!!」
「はいっ!!」
二人とも威勢よく返事をすると、僕の後に続いてダッシュするのだった。
「きゃああああああああー-----っ!!」
僕に抱きかかえられた龍の子供は、信じられないような高音を発する。
長い青い髪にオレンジの虹彩の瞳を持つ、怪しい美少年同様の姿をした龍の子供は、泣き叫んで父親の龍を呼ぶ。
その声につられて僕たちを追うオス龍は、見る見るうちに僕達に追いつく。それは信じられない速度だった。そして、それは同時に兵士たちの撤退に成功した証拠でもあった。
「オリヴィア!! ミレーヌ!
覚悟を決めてくれっ!! あいつはヤバいっ!! でも、僕達だけでやらなきゃいけないんだっ!!」
僕がそう活を入れると、二人とも「もちろんですっ!!」と、答えるのだった。
その覚悟を聞いた僕は、急ブレーキをかけて振り返り、僕達を追いかける龍の方を向いて吠えた。
「お前の子供は預かった!!
子供を殺されたくなかったら無駄な抵抗はやめて降りて来いっ!!」
・・・・
・・・・・・うわぁ、僕。悪役みたい。
自分で自分が嫌になりそうになってるのに、僕に追い打ちをかけるようにオリヴィアが
「うわぁ・・・。引くわぁ・・・・。なんかお前、誘拐犯みたいだな。」って言った。
・・・すいません。
前世の口調で非難するの止めてもらっていいですか? ガチで自分が嫌になりそうなんです。
僕はちょっと凹みながら龍を睨みつけると、龍は観念したのか、バサリバサリと大きな羽音を立てて降下してきた。
これは、もしかして子供を人質にとって交渉で追い返せるかもしれない・・・・。そう僕が油断した瞬間っ!!
オス龍は信じられないことに僕達に向かって炎を吐いたのだ。
「危ないっ!! ジュリアン様っ!!」
と、油断した隙をつかれて硬直した僕を守るために、とっさにオリヴィアが氷の壁を作り出して龍の炎を防御した。オリヴィアの氷魔法は僕と同じレベルの魔法だ。師匠に背骨に刻まれた神文の力により呪文の詠唱も舞も無くても発動できる氷魔法だが、威力はすさまじい。並の術士なら、これだけで体力を削られてしまいかねないほど高位の魔法だ。
なのに、龍の吐いた炎は、その氷の壁すらも溶かし切ろうというほどの熱量だった。
その威力に僕達も驚愕したが、僕達の魔力に龍の方も驚いたようで、目をパチクリしながら、僕達を凝視していた。
「みごとだっ!! よくぞ我が炎を止めたな。」
龍は人語で話しかけてきた。奴は僕を褒めている。だが、許すわけにはいかなかった。
「きさまっ!! この子を巻き込んでも僕達を殺そうとしたなっ!!」
そう。龍は僕を殺そうとしたが、龍の子供を僕は抱きかかえていたんだ。僕を炎の息で焼かんとすれば、子供も焼かれるのは誰にでもわかること。賢い龍にそれがわからぬはずがない。
そう、奴は狙って子供ごと僕らを焼こうとしたのだった・・・・。
「何を甘いことを・・・・。お前は子供を人質に取って俺を無力化しようと思ったのか?
愚かなことだ。子供などメスに何匹でも生ませればいいっ!!
それよりも許せんのが、俺の妻を殺したことだっ!!
よくも殺してくれたなっ!! あんなに具合のいいメスはそうそういないというのにっ!!」
そう言って、龍は怒りの言葉を吐きながら、再び羽を広げて飛び上がろうとする。
「まずいっ! 奴を飛び立たせるなっ!! 上空を取られたら勝つのは難しいぞっ!」
僕の命令と同時にオリヴィアとミレーヌが氷魔法で地面ごと龍の足を凍らせて拘束しようとする。だが、勘のいい龍が一瞬早く、地面から飛び立とうとした・・・・・・。
だが、その時。ヒュンヒュンヒュンっ!!っと、複数の風切り音がなったと思ったら、数十本の手槍が飛んできて龍の羽に刺さる。
「ああああー---っ!!」
龍が雄たけびを上げて失墜して、地面に着地する。そこをすかさず、僕は氷魔法で龍の足ごと地面を凍り付かせて拘束するのだった・・・・。
そして、手槍を投げた連中を叱責するのだった。
「何をやってるんだっ!? ここに来たら死ぬぞ!! わからないのか?」
僕は龍の背面にいる者たちを怒鳴りつけた。僕の後を追って駆けつけてきたビクター率いる冒険者と兵士の集団を・・・。
だが、ビクターはせせら笑って応えるのだった。
「親分が残って子分が帰るってのは無ぇ。俺たちも残るぜっ!!」
ビクターのセリフに続いて冒険者や兵士たちが口々に言う。
「俺たちはまだ、交代の合図である ”バック” の命令を聞いてねぇっ!! アタックするのみよ!」
「殿の名誉。見事果たして見せましょうっ!!」
「あんたは俺たちの名誉のために戦ってくれてる。なのに俺たちが逃げ出してたまるかっ!!」
「ここで死んでも悔いはねぇっ!! やってやるぜっ!!」
全員、士気が高く、命を捨てている。こういう兵士たちは強い。
だが、僕はもう一度念を押すのだった。
「ここにいれば死ぬぞっ!!」
その脅し文句にこの場に居合わせた男たち全員が言葉を同じにして返答した。
「へっ! 殺してみろっ!!」
・・・・・チクショーどもめ・・・・・。
やってやるさっ!! 死んでも文句言うなよっ!!
「聞いた通りだ。そこの爬虫類っ!!
我々は貴様と戦うっ!! 殺せるものなら殺して見せろっ!!」




