完全勝利だよっ!!
廃城跡には多くの冒険者がいたが、冒険者たちは細かく分散して他にも様々な場所に潜伏し、目立たないように工夫した。
それにしてもどうして、一夜にして消えることが出来たのか?
それは冒険者には冒険者なりに独自の社会ネットワークを形成していたからだ。彼らは流れ者ではあるけれども、決して組織が無いわけではない。彼らには彼ら独自の組織形態があり、どの冒険者が何処にいて、今はどんな仕事をしているか大まかに把握していた。これはちょうど江戸時代の武術流儀が独自のネットワークを持っているのに似ている。江戸時代の武術家は遠く離れた地方、他藩の者でも同じ流儀の武術家の居場所を正確に把握し、お互いを助け合うネットワークを形成していた。そのため、旅先で困れば同じ流儀の道場を訪ねて宿を借りる・・・・・なんて真似も出来たし、武者修行の際は全く系統が違えども同じ流儀の使い手ならば手を貸してやるなどと言うことが出来た。冒険者たちもそういったネットワークを形成していたので、号令一つ全員に速やかに伝わり誰もが行動を起こせたのだ。
そして、一夜にして冒険者たちが国から消えることに成功したもう一つの理由。これは実は錯覚を用いたトリックもある。実際には一夜にして冒険者は消えたわけではない。本当は数日をかけて消えたわけだけれど、錯覚しただけだ。一般人は言うほど冒険者とつながりが無い。だから関心が薄く記憶には残りにくい。関心が無いから「最近、見かけないなぁ」というぼんやりした違和感を覚え、次にそれが「いつから見かけなくなったんだ?」という疑問に変わり、やがて適当につじつまを合わせるために作り出された「一夜にして消えた。」と言う都市伝説へと昇華されたのだった。これは異様だ。国中は混乱し、さらに、冒険者とつながりがある少年まで姿を消したというのだから、軍は冒険者たちと接触をとる方法を失ってしまったのだ。混乱しないわけがない。
僕達は、潜伏先からこの混乱の様子を ”優秀なスパイ” から聞きおよび、国のマヌケさを笑うのだった。
「どうだっ!! 俺たちがいないと困るだろうがっ!!」
「消耗品扱いしやがって、ザマぁ見ろっ!!」と冒険者は口々に勝ち誇るのだった。
ただ、いつまでもこうしているわけにはいかない。僕の ”優秀なスパイ” 。少数民族のリューさんを通じて特別契約した小さな小さな風精霊シーン・シーンは言うのだった。(※第82話参照)
「時間的猶予はないわよ。龍は産卵のためにあそこに巣を作ったみたい。巣から動かないの。
大食漢の子龍は卵からかえったら、沢山食べるわ。そうなれば家畜や人間に被害が出るようになる。冒険者の地位向上のために行動するのはいいけど、交渉を引っ張りすぎて国民に被害が出たら、タダじゃすまないわよ・・・。」
シーン・シーンの言う事は正鵠を射ていた。(※正鵠を射るとは、物事の要点を正しく押さえている事)
確かにその通りだった。時間の引き延ばしは軍を焦らせるためには有効だけれども、その代わりに国民に被害が出る。人命にも被害が出るとなれば、正義の交渉とは言えない。
それ故に、実際に被害が出る前に行動を起こすべきなのだった・・・。
僕達は冒険者たちと話し合い、時期尚早かもしれないが、次の行動を起こすべきではないだろうかと問いかける。冒険者たちは、さんざん悩んだ末に次の行動に出る道を選んだ。
次の行動とは、軍とのもう一度の交渉を意味する。
決議が出たところで僕は再び王都へ姿を現すのだった。
「あああああああっ!!
よ、良く来てくれましたっ!! 良く来てくれましたっ!!」
再び王都の役場に僕が姿を見せた時、キャミ―中隊長は僕に泣いてすがった。きっと、僕が姿を消した責任を負わされたのだろう。僕が姿を消した原因はキャミ―中隊長ではなく、もっと上の立場の人間の決断だ。なのに、可哀そうに責め苦を負ったのか、キャミ―中隊長は数日の間に見事にやつれていた。
僕はキャミ―中隊長の手引きにより、王都守備隊隊長を務めるラグーン伯爵の前に僕は立った。
そのラグーン伯爵はとても若く、まだ30手前と言ったところか。髭もなく、清楚な身なりをしていて、それでいて鋭い眼光からかなりの切れ者に見えた。
「その小僧が冒険者どもとの伝達人か?
私は王都守備隊隊長を務めるラグーン伯爵だ。で、今日は何用で参った? 手短に応えよ!」
「ラグーン伯爵。お目にかかれて光栄に存じます。
早速でございまするが、冒険者たちからの伝言をお伝えいたします。
以前よりもお伝えいたしております通り、この度の龍討伐に参加するゆえに冒険者たちの地位改善を願い奉ります。
一。冒険者の土地売買の自由をお認め下さい。
一。無法な報酬額を撤廃願いまする。正当な報酬をお支払い給え。
一。無謀な作戦への強制招集は、御免こうむる。
以上にございまする。」
僕の説明を最後まで聞いたラグーン伯爵は、僕の振る舞いから、僕が只者でないと悟る。
「小僧・・・・。貴様、どこぞの貴族の庶子か? 立派に礼儀作法を心得た・・・。 いや、貴族の庶子にしては、伯爵の私を前に堂々としすぎている。まるで、王侯よな。」(※庶子とは正室以外の女性の子を指す。家督相続権はない。)
ラグーン伯爵は僕の事を知らないけれども、僕の立ち振る舞いを見ただけでおぼろげながら僕の生来の地位を見抜いたのだった。ラグーン伯爵は僕の事を見抜いたことで自分が精神的優位に立てたと思って勝ち誇ったように言う。
「小僧、その直訴。冒険者たちの言い分だと抜かすが、お前の言い分ではないか?
あの底辺層が抜かすには、頭がよすぎる言い分だわ。
そして、そのように冒険者たちに知恵をつけるお前には我が国に混乱をもたらすために侵入してきた他国の間者という疑念もある。そんなお前の申し出を我々が ”はい、そうですか” と、聞くと思うか? (※間者とはスパイのこと)
お前は今、冒険者の心配をしている立場ではないぞ?」
ラグーン伯爵がそう言いながら右手を上げると、衛兵たちはザッと僕らを取り囲む。
「お前は、夜の暗闇に光る松明の明かりに引き寄せられた魚のようだ。漁師は魚を探す手間なく魚が取れる。
なんと迂闊な事だ。それとも作戦がうまくいったことで己惚れたのかね?
我々はお前を捕えて、拷問にかけて冒険者たちを燻りだし、魚だけに一網打尽に成敗いたす。それだけでこの問題は解決するのだ。」
敵もさるもの引っ掻くものとはよく言ったものだ。このラグーン伯爵は見た目から察するにまだお若いだろうに中々、老獪で抜け目がない。僕の取引を逆に利用しようとするなんて、かなりのやり手だ。
だが、賢い者には一つ、大きな弱点がある。それは賢いがゆえに取引に応じてしまうという点だ。前回、僕の申し出を門前払いした連中と違って、このラグーン伯爵は頭が切れる。それだけに利益があることを示せば、話を聞いてしまうのだった。
「お言葉を返すようで恐縮でありますが、ラグーン伯爵、あなたは4つもミスを犯されています、
一つ。貴方は私などを他国の王侯貴族と推測されましたが、それが間者としてなりえましょうか? それが本当ならば、私は黒幕であり、姿を見せるとすれば交渉が済んだ後であることは自明の理であります。
二つ。貴方は私がこの国に混乱をもたらせると申せられ、冒険者たちを一網打尽に成敗すると仰られましたが、それに何の利点がありましょうや? 龍討伐のための貴重な戦力として冒険者を頼るおつもりであったはずなのに、それを成敗してしまって何と致しましょう? そして、その成敗のために一体、どれだけの兵を動かしになるおつもりですか? その経費の無駄をお考えになられれば、これが明らかな失策とお判りでしょう。
三つ。我我は龍が卵を持っているところまで突き止めておりますぞ。龍が卵を持つ危険性をラグーン伯爵も御存知でありましょう。もう暫くもすれば、卵がかえり、大食漢の子龍を養うために親龍は狩りをいたしまする。家畜と人間に大きな被害が出ます。いま、この国に冒険者や私を成敗するお時間がありましょうか?」
僕は物怖じせずに語る。そして、その申し分には一切の間違いがなく、言い負かされたラグーン伯爵は、反論できずに閉口したのか、僕が「四つ・・・・。」と語りだしたところで「もうよい。わかった。」と、遮るのだった。(※閉口とは困ってしまう事。)
しかし、ここで止まる僕ではない。ラグーン伯爵の制止を無視して四つ目を語りだすのだった。
「四つ。冒険者と私を成敗しても被害が出てから龍を討伐すれば、国内外から批判が出ましょう。
”なんと愚かな国だ。小事を見て大事をおろそかにして民草を犠牲にするとは。”
誰もがそう口々に批判をして、王家は他国からの信用を失い、民草からは恨みを買いましょう。我我の仲間は、実働部隊だけではありませぬぞ。これらの噂を流すことなど造作もないことであります。
これらの不利益と、我々の申し出を聞き入れる不利益とどちらがお国のためになるのか、お考えいただけますでしょうか?
もちろん、国の民草の平安をお望みのラグーン伯爵様に限って、間違いは起きぬ事と存じます(ぞん)じまする。」
僕は全てを話し終わったのち、深々と頭を下げた。
そして、僕の話を聞き終えたラグーン伯爵はしばらく沈黙して考え込んでいたが、やがてわざとらしい大笑いと共に返答する。
「ははははっ!!。
小僧、見事な弁論であった。うむ。確かにこ度の申し出は民草のためにも聞き入れなければならん部分もある。
しかし、これは脅迫である。民草の命を人質に我が国を脅迫したのと同じである。我我は脅迫には屈しない。
・・・・一方!! その方らが龍討伐のために尽力する姿勢と確かな情報収集は見事であり、民草のために龍討伐に命を差し出す覚悟、まことに殊勝である。故に褒美を授けよう。私の一存で申し出の一つだけは保証しよう。
冒険者が所有できる土地には条件を付けて、その自由を認めるように取り計らおう。持てる土地には良い条件の土地を許すことはないだろう。確かに限定付きではあるが、土地を持つ権利を保障しよう。
それが最大限の譲歩だ。それ以上の条件は認められぬし、それ以外の申し出も受けることは夢にも思わぬ事だと自重せよ。」
ラグーン伯爵の申し出。実は僕は想定内だった。冒険者の報酬金額と任務の強制参加についての条件は、本当に実現不可能なことを僕は知っていたし、その事は冒険者たちに伝えていた。
そして、冒険者たちには既に納得してもらっていたので、僕はこの申し出を了承する。
こうして、交渉は成立し、ラグーン伯爵は先ほど保証してくれた内容を遵守する誓約書をその場で書き、そして公表してくれたのだった。
僕達の完全勝利の瞬間だった!!




