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未来家族  作者: Papp
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前編

 長い眠りから目を覚ますと、そこに天使がいた。

 「ここは天国ですか?」

 寝ぼけた声を出した。その声に天使は小さく笑って、こう言った。

 「いいえ、ここは未来です」

 どうやらコールドスリープは成功したようだ。

 ここはログハウス風の木でできた家の中。そのベッドルーム。ふと横を向くと窓があり、外の景色が見える。この家は森の中にあるようだ。僕はベッドから上半身を起こして傍らに立っている天使を見た。ゆるやかにウェーブしたロングの金色の髪が印象的な彼女は、白い無地のワンピースを着て小さな花のように微笑んでいる。

 「ご機嫌いかがですか?」

 彼女が声をかけてきた。僕はそれに対して、いつものように心の中で身構えた。

 「あれ?」

 頓狂な声を出す。チクリとはしたけれど、いつものように激痛がしない。僕はそれに驚き、声をあげた。

 「僕の病気を治してくれたのですか?」

 「完全ではありませんが、日常生活に支障はないはずですよ?」

 そう、僕は重度のコミュニケーション障害で現代医学では治る見込みもなく、確立された最新のコールドスリープ技術によって未来に希望をかけたのだ。

 聞きたいことは山ほどあった。自分がどれ程眠っていたのか、過去の世界で別れた家族はその後どうなったのか。だけど、その前に・・・。

 「申し遅れました。私の名前は柊です」

 僕の質問を察した天使・・・柊は自己紹介した。僕はそれに会釈して自己紹介を返した。

 「僕はそうた。爽太です」

 爽太と柊は同時に「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。それが可笑しくて、また二人同時に笑った。

 その後、爽太は柊を質問責めにした。柊は嫌な顔ひとつせず、ひとつ一つ丁寧に答えてくれた。未来の言葉が過去の言葉と意味が違うためか、若干ニュアンスの違う会話となったのだけど、だいたいこんな感じだ。

 まず、今は爽太の時代から約2000年程経った時代であり、爽太の家族は皆、普通に幸せに暮らしたということ。そして、柊は天使ではなくロボットのようなものだということ。「アニマロイドとか、男性型はアニムロイドね。でもその外見から、エンジェロイドと呼ぶ人もいるわ」ひとしきりの話を聞いたあと、爽太は安堵するようにつぶやいた。

 「でも良かった。未来で人類が滅亡してなくて」

 爽太は見逃したけれども、その時、柊は少しひきつった笑いをしていた。

 「柊さんは未来旅行社のかたですか?」

 爽太が聞いた。未来旅行社とはコールドスリープシステムを運営管理していた会社だ。

 「いいえ、未来旅行社はとっくの昔に・・・」

 やっぱりそうか。2000年経ったんだもの。なくなって当然だよな。コールドスリープから目覚めた後は、旅行社が面倒を見てくれることになっていたのだが・・・。さて、どうしよう。爽太は首をひねった。

 「その後、紆余曲折あったのですが、現在は私どもの明石大社が運営しています」

 柊がそう告げた。爽太はほっとした。未来はどうなるかわからない。それを覚悟した上での旅だったのだから。そう、未来はわからない。でもそれは希望でもあった。爽太はそのかすかな望みを口にした。

 「タイムマシンはありますか?僕は過去に帰れますか?」

 「!」

 そのとたん、柊の顔色が変わった。視線を泳がせながら、しどろもどろ言った。

 「アリマセンヨ?」

 その返答に爽太は数秒間沈黙し、やがて心の中で叫んだ。

 絶対、嘘だー!

 でもすぐに疑問が浮かんだ。

 なんで嘘なんかつくのだろう?

 ちょっと話しただけだけど、爽太には柊がいい人(?)だとわかった。その柊が嘘をつくのだから、なにか理由があるのだろう。それを問いただそうかと思ったけれど、必死にごまかそうとする柊を見て、今は言えなかった。また聞ける時に聞こう。

 「ところで、私も爽太さんにおたずねしたいことがあるのですが・・・」

 あっ、話をそらそうとしてる。

 それが、あからさまにわかったが、のっかることにした。

 「どうぞ」

 「爽太さんは重度のコミュニケーション障害・・・、いいえ、精神障害と言っていいと思いますが、私にはそうは見えないのです」

 「よく言われます」

 「僕は自分が、気が狂っていることを知っているので、気が狂ってないようにふるまうことができるのです」

 むちゃくちゃなことを言っていると思われるかもしれない。でも、ひどく疲れるけれど可能なのだ。親しくしてくれて心開いてくれる人たちにとって、親しい人の苦しみがどれほど辛く苦しいことか。それを知っていたから、爽太は限界までなんでもないようにふるまった。結局、限界を超えて倒れたのだけど・・・。

 今もずきずきと心が痛んでいるのだけれど。その痛みを我が子のように抱いて・・・。

 (あぁ、痛いなぁ)

 と、心でつぶやく。

 痛みとの付き合いが長すぎて、親しみがわき、恐怖ではなくなってしまった。痛みに対して過剰に反応しなくなっていた。ただ、この量の痛みがある。それを想像や恐怖心で大きくしてしまわない。人はコミュニケーションのキャッチボールをグローブをつけて行うという。爽太はグローブなしでやってしまうのだ。はじめは出会う人の全てが自分を攻撃をしてきている。と、感じていた。自分は誰からも嫌われているのだと。でも、どこかおかしいと思った。それでカウンセラーに相談して、自分が病気なのだとわかったのだった。

 「爽太さんのことは私が責任をもって、お世話いたします。なにかありましたら、なんでも言ってください」

 「よろしくお願いします」

 そう言って二人は握手した。

 「爽太さんはこれから、この時代で暮らすことになるのですが、まず住むところですね。何人かとルームシェアすることになるけれど、この家でよろしいでしょうか?」

 爽太は首肯した。選択の余地がないと思っていたのだ。そもそも、爽太は、あまり物事を考えない。考えると思考が無限ループにおちいるから。考え込みそうになると、注意深く呼吸を探る。呼吸のリズムに注意を集中すると、考えを止めることができる。考えないことのできない考えは実は半分しか考えていない。そう思っていた。ちなみに、徹底的に考えなければならない時は、とにかく歩く。そうすることによって、呼吸と血流が活発となり、脳に酸素と栄養が供給される。・・・と、いいなぁ。

 「では、家の中を案内します。ルームメイトも紹介しますね」

 そう言って柊はベッドルームの扉を開けて「どうぞ」と、爽太をうながした。まるで紳士にエスコートされるレディーのようだな。と、思いながら、柊を見て会釈をしながら部屋を出た。この時、爽太は前を見ていなかったのがいけなかった。

 ガン!

 と、なにかにぶつかって、足がもつれてたおれこんだ。

 なにかやわらかいものが唇に触れた気がして前を見ると、そこには、お人形さんのように愛らしい女の子がいた。

 爽太は女の子を押し倒すような形で廊下に倒れた。目の前にある女の子の無表情な顔が見る間に朱に染まっていった。

 「ごっ、ごめん!」

 爽太があわててよけると、女の子は落ちてあった犬のぬいぐるみを拾い上げて脱兎のごとく逃げ出し、となりの部屋に飛び込んで音を立てて扉を閉めた。

 「あーっと・・・、今の娘が秋穂(アキホ)。ちょっといろいろあって言葉のしゃべれない娘なの。そのせいか、ちょっと・・・かなり人見知りで。ごめんなさい」

 爽太は余韻の残る唇に手をあてて、柊の言葉にうなずいた。少し顔がほてっていた。

 柊の案内で家の中を見てまわり、最後にリビングに来ると、ソファーに座って10歳くらいのブラウンで猫っ毛の男の子がいた。男の子は柊と爽太にふりかえり、無邪気な笑顔を見せた。

 「柊!その人が今日から一緒に暮らすスリーパーなの?」

 柊が笑顔で首肯した。男の子は瞳を輝かせた。

 「今日からずーっと一緒だね!オイラ灰猫(ハイネ)よろしくね!」

 灰猫が元気いっぱいに手をふる。爽太はそれに手をふって「僕は爽太。よろしくね、灰猫」返事を返し、視線を柊に送った。

 「あっ、スリーパーっていうのはコールドスリープで未来に来た人のことです」

 そこで柊はリビングを見渡して灰猫に聞いた。

 「のどかは?」

 「のどかお姉ちゃんは「今夜はごちそうよ」って言って狩りに出たよ?森の主をしとめるんだって、はりきってた」

 可笑しそうに、そう言ってニャハハと笑った。

 狩り?

 「秋穂は2階だよ」

 灰猫が言うと爽太は答えた。

 「もう会ったよ。お人形さんみたいに、かわいい娘だったね」

 すると灰猫は笑って。

 「秋穂はもう、いい大人なんだから、お人形さんなんて言ったら失礼だよ?」

 それを聞いて爽太は驚いて。

 「えっ!秋穂ちゃんっていくつなの?12歳くらいに見えたけど・・・。」

 と、聞くと・・・。

 「15歳」

 「えっ!15歳で、かなりいい大人なの!?」

 「13歳で成人だから、もういい大人でしょ?」

 未来って、成人はやぁ!

 「ちなみにオイラ12歳。来年、成人するよ?」

 えっへんと胸をはる灰猫。

 10歳にしか見えない・・・。

 爽太は失礼な感想を頭に浮かべていた。

 「爽太はいくつなの?」

 「17歳」

 「じゃあ、もう結婚してるんだね?」

 当然のように言う灰猫に、爽太は全否定して答えた。

 「してないしてない!まだ早いよ!」

 「え?!遅いよぉ」

 未来の常識、恐るべし!

 「ちなみに成人してなくても7歳から社会に出て働く人もいるから」

 灰猫の未来常識自慢が続く。爽太は驚いてばかりだ。

 「灰猫も仕事してるの?」

 「家事手伝い」

 灰猫が胸を張って答えた。

 それって無職っていうんじゃ・・・。

 「爽太さんも働きますか?」

 笑顔で柊が言った。

 「なにか仕事はありますか?」

 爽太は働けるなら働いてみたいと思った。役に立つということは生きる条件のひとつだと思っていたから。

 「ええっとですね~」

 柊が思案するように目を閉じた。天使の輪が脈動するようにひかりだした。

 「ペンキ塗りの仕事がありますよ?」

 「やります!」

 爽太は即答した。少しは考えろ。

 そこで爽太は疑問が浮かんだ。

 「学校は行かなくていいのですか?」

 「学校?なにそれ?」

 灰猫が不思議そうな声をあげた。

 「勉強するところだよ」

 「勉強って、なぁに?」

 話が通じない。爽太は柊に説明を求めた。

 「ある程度成長すると、自分のアニマロイドを持つようになります。それはすでに必要な知識が全て入った外付けハードディスクを手に入れるようなもので」

 勉強も学校も必要ないってことか。

 爽太は改めて未来の常識に驚いた。

 「ただいま~」

 その時、玄関の扉が開く音がして、同時にのんびりと間延びした女の人の声がした。

 「あっ!のどかお姉ちゃんが帰って来たよ!」

 リビングの扉を開けて入ってきたのは、はたちくらいの優しげな女性だった。なぜかホコリまみれだった。

 「主はしとめました?のどか」

 柊が問うと、のどかは涙声で

 「あいつ強い~」

 そう答えた。

 「今日は合成肉でいい~?」

 「合成?」

 のどかの言葉に爽太が質問の声をあげた。それに柊が答える。

 「自然のものではなく科学によって作り出された食料のことです」

 「えっ!それは食べて大丈夫なものなのですか?」

 爽太が驚きの声をあげる。柊がくすりと笑って答えた。

 「計算され、理想的な栄養が満たされていますから、自然のものより健康的ですよ。特に、お野菜なんか農薬を使っていませんから発ガン性物質がゼロですし」

 そこで新たな疑問が浮かんだ。

 「ではなぜ、狩りに出て自然の肉を取りに行く必要があるのですか?」

 「取りすぎてはダメだけど、全く取らないのも自然のバランス的にダメなの~」

 と、答えたのは、のどかだった。

 と、ここで爽太とのどかの目があった。

 「あ、私、のどかです~」

 のんびりとした口調に爽太は思った。

 なんか調子狂うなぁ。

 「爽太です。よろしくお願いします」

 よろしくね~と、のどかが差し出した手を握った。

 「じゃあ、すぐに夕食の準備をしますね~。灰猫ちゃん、手伝ってね~」

 「はーい!」

 のんびりのどかと元気いっぱい灰猫がキッチンのほうに歩いて行った。

 その時、2階から階段を大あわてで降りてくる足音がして、秋穂が現れた。のどかの服のすそをつかんで、視線でなにかをうったえかける。

 「あら~。アキちゃんもお料理するの~?めずらしい~」

 のどかは灰猫と秋穂を連れてキッチンに向かった。リビングを出るとき、秋穂がふりかえり、爽太にちらりとだけ視線を送った。

 ズキン・・・。

 「期待して待っててね・・・って、言ったのかな?」

 爽太はつぶやいた。爽太の心の病は悪いことばかりではない。敏感になりすぎた感性が言葉なしに思いを伝えたりする。

 柊が、そんな爽太と秋穂の姿を、少し緊張した面持ちで見ていた。



 「おまたせ~」

 のどかの声に呼ばれてキッチンへ行くと、テーブルいっぱいに料理が並べられていた。灰猫はすでに自分の席に座っていて、フォークとナイフを握りしめている。秋穂もエプロンを脱いで自分の席に座った。爽太はのどかに椅子を引かれて座るようにうながされた。

 まるで紳士にエスコートされるレディーだな。

 爽太は、すこし恥ずかしかった。

 爽太のとなりに柊も座り、

 「では、いただきます~」

 のどかの声で夕食が始まった。

 食べ物は大きな皿に盛りつけられ、各々が取り皿にとって食べる形式だった。料理は大量の肉料理と卵料理とチーズ。それと葉野菜と果物が少々。

 「あれ?」

 ここで爽太がおかしなことに気づいた。

 「どうしたの?爽太」

 灰猫が言う。

 「主食が・・・、穀物がない」

 のどかと灰猫は不思議そうな顔をして爽太を見る。秋穂も爽太を見ているけれど無表情。爽太には「なにかまずかった?この料理は嫌い?」と言っているように見えたけど。

 「炭水化物・・・つまり糖分は麻薬と同じ扱いになっていて禁止されているの。あっ、でもお野菜に含まれている糖分や果物やハチミツはOKです」

 そう柊が言った。

 「それは栄養バランスとか大丈夫なのですか?」

 「人間は本来、肉食動物だった。・・・って言ったら信じる?」

 「えっ!そうなのですか?」

 柊は首肯した。それによって極力、草食ではないメニューになっているのだと言った。

 「なんだか原始時代の食事みたい」

 爽太が率直な感想をもらす。すると、そこでみんなが驚く出来事が起こった。

 「始まりと終わりは密接につながっている」

 それは失語症で言葉がしゃべれないはずの秋穂の声だった。のどかに灰猫に柊が驚きに絶句している。その姿が気にならないくらい、爽太はあることに注意していた。

 「終わりって・・・?」

 その小さな言葉に答える人はいなかった。

 「秋穂がしゃべった!すっげー!」

 「秋穂!もっとしゃべって!もっとしゃべって~!」

 大喜びする灰猫とのどかの声でかき消されたのだ。

 その後、秋穂は結局、ひとこともしゃべることはなく、夕食が再開された。

 「ごちそうさまでした」

 爽太がそう言って箸を置くと、のどかがびっくりして声をあげた。

 「それだけしか食べないの~?」

 「いえ、これでもけっこう食べたほうですが?」

 そこで柊が助言した。

 「腹八分なんて考えないで、おなかいっぱい食べたほうがいいわよ?なんせ1日1食なんだから」

 「えっ?!」

 爽太は驚いた。

 「1日1食なんて無理!おなかが空いて倒れてしまう!どうして1日1食なんですか?!」

 「おなかが空いている時間が長ければ長いほど胃腸の負担が減り、また、体にいいホルモンが分泌されるから。最初はつらいけど慣れれば大丈夫よ」

 いや、絶対に慣れそうにないです。

 「ちなみに、のどかお姉ちゃんは炭水化物中毒だよ。いつも狩りに行くと見せかけて野生の果物のつまみ食いしてるの。」

 イシシと笑いながら、灰猫が言った。あわわとのどか。

 「だから、ひとりだけデブでしょ?」

 「えっ?デブ?」

 爽太の目から見て、のどかは決して太っていない。狩りできたえられているのだろう、ひきしまってさえ見える。あえて言うならば、肉付きがいい。つまりグラマーだ。

 「そう言えば、柊さんも食事するんですね」

 「うん、必要ないのですけど、お付き合いくらいはできないとね」

 結局、爽太は腹八分なんてそっちのけで、もう食べられないってくらい食べた。ごちそうさまを言うと、秋穂がちらりと視線を送ってきた。

 「おいしかった?って、聞きたいのかな?とてもおいしかったよ、ありがとう。お料理上手だね、秋穂ちゃん。・・・秋穂さんかな?」

 秋穂はすこし頬を染めてうつむいた。

 お世辞ではなく、本当においしかった。食材はどれもとれたてのように新鮮で、また豊富な調味料でバリエーション豊かな味付けは、けして飽きさせることなく、いくら食べても胃に負担を感じさせることはなかった。食材は、どれもこれもがみずみずしく濃密で、いままで食べてきた食事はいったいなんだったのだろうと思った。いままで食べてきた食材は、ひからびていたのだろうか。それと薬まみれだったのかな?

 食事は会話を楽しみながら、ゆっくりよく噛んで、楽しみながらおこなわれた。未来の人達は、本当に食事に時間をかけるのだなぁ。1日1食だけど。いや、だからか。

 「爽太、爽太!オイラのことも「灰猫さん」って呼んで!」

 灰猫が言った。

 「灰猫は~・・・、灰猫だな」

 それを聞いて灰猫がプーっとふくれた。秋穂以外みんな笑った。

 食事が終わると、とたんにすることがなくなった。リビングで雑誌を広げると、ふと、となりに秋穂が立っていた。

 「なぁに?秋穂さん」

 秋穂が爽太の服のすそをつかんで引っ張った。

 「えっ?なになに?」

 そのままリビングをでて12畳ほどのフロアに連れてこられる。そこには、のどかも灰猫も柊も居て、それぞれが楽器を持って音をあわせていた。爽太を壁際のソファーに座らせると、秋穂は視線で「待っててね」と言って出ていった。しばらくして、秋穂が、踊り子の服を着て戻って来た。みんなは特に打ち合わせすることもなく・・・きっと、いつものことなのだろう。音楽を奏で、踊りをおどった。ふと見ると大きな花瓶にきれいな花がかざってある。どこか脳がしびれるような心地よさに、ああ、ここは天国なんだなぁ。と、心の中でつぶやいた。

 演奏者と踊り手を変えて、宴がいつまでも続いた。



 次の日、爽太はさっそくペンキ塗りの仕事にでた。荷物の用意をして玄関を出ようとすると、のどかに呼び止められた。

 「おなかが空いたら飲んでください~」

 と、2本の水筒がわたされた。

 「ありがとう。じゃあ、行ってきます」

 礼を言って外に出る。庭を抜けると、すぐに森の中。人が1人、やっと通れるくらいの、まるで獣道だった。昨夜、のどかに書いてもらった地図を広げて、鳥や動物の声がする森の中を歩き出す。すると、すぐに柊が追いついてきた。

 「待ってください!まさか爽太さん、歩いて行く気ですか?」

 「えっ?そのつもりだけど?だって、おとなりさんの壁の塗装でしょう?」

 「片道4時間かかりますよ!」

 どんだけーっ!?

 「あれ?」

 爽太は柊の姿に声をあげた。

 「柊さん、いつの間に人間になったのですか?」

 柊の天使の輪と翼がなくなっていた。

 「省エネモードです」

 なるほど。

 「でも、おとなりさんが片道4時間って・・・行って帰ってくるだけで、今日が終わっちゃう。どうしよう」

 爽太の情けない声に柊が胸を張って言った。

 「私に任せてください。こう見えて私達アニマロイドは、もともと宇宙船としてつくられたのですから、人を乗せて飛ぶのは得意なんですよ?」

 行きますよと柊が言ったとたん、柊の姿が消え、代わりに爽太が光の球体に包まれた。光の球体は、ふわりと舞い上がり森を抜けたなぁっと思ったとたん、景色が変わり目の前に家が現れた。アメリカンカントリー風の家だ。

 「着きました」

 光の球体が消え、代わりに柊が現れた。爽太は驚きの声をあげた。

 「すごい速い!いったい時速なんキロ出てるんですか?」

 柊は、ほめられてすこしうれしそうに答えた。

 「私達は念速で飛びます」

 「えっ?念速って・・・?」

 柊は自慢気に言った。

 「念速は時間と光を超えます」

 すげー!物理法則、無視してる!・・・ん?時間?

 「では、私も仕事に行きますね。終わったら呼んでください」

 「えっ?呼ぶっていったいどういうことなのですか?」

 「ああっ、えっと、頭の中で私のことを念じてくださればけっこうです。ただそれだけでつながりますから」

 「すごいですね、まるで超能力だ」

 爽太の驚きの声に柊はクスリと笑い、

 「爽太さんの時代でいう、携帯電話みたいなものですよ」

 と、言った。高度に進んだ科学は魔法や超能力に似てる。爽太は思った。

 「柊さんも、お仕事してるんだ」

 「はい。明石大社で巫女をしています」

 それを聞いて爽太がくすっと笑った。

 「どうしたのですか?」

 「いや、僕の名字も明石っていうんだ。偶然だね」

 「ソウネ、グウゼンネ」

 なぜか柊の目が泳いでいた。



 爽太が家の外壁を刷毛を使って丁寧にペンキを塗っていく。依頼人が言うには機械より手塗りの風合いがいいらしい。なにはともあれ仕事があるのはいいことだ。必要とされ役に立つということが、なんと精神衛生上、大切か。これがないために自ら命を断つ者がいっぱいいる。

 爽太は、あまりに熱中しすぎて時間がたつのを忘れていた。

 「爽太!爽太!」

 「爽太さん~、もう10時ですよ~。お茶にしませんか~」

 見ると、いつの間にか灰猫とのどかがとなりにいた。テーブルをセッティングしてティーカップがあたたかい湯気を立てていた。

 「あっ、ありがとう。こんなところまで来てくれたんだ」

 爽太が礼を言うと、ふたりが笑った。

 「アニムロイドで一瞬でこれるから、たいしたことないよ」

 爽太はもう一度礼を言って椅子に座りながら、それをじっと凝視した。

 ・・・なんでふたりともヌイグルミを抱いているんだ?

 灰猫が猫のヌイグルミを、のどかはクラゲのヌイグルミを抱いていた。

 テーブルに爽太達3人とヌイグルミが座って休憩のお茶を飲んだ。

 たわいない会話をして、ふと爽太がのどかに聞いた。

 「過去の世界に行くことってできないのですか?」

 のどかは考えることなく即答した。

 「できません~」

 爽太はそれを聞いて驚き、がっかりした。柊の反応から、できると思っていたのだ。でも、のどかの話には続きがあった。

 「だって、法律で禁じられていますから~」

 「えっ?!それって、法律さえどうにかすれば、過去に行けるってことですよね?」

 柊はタイムマシンはありませんって・・・。

 「ですね~」

 のほほんと、のどかは言った。灰猫も頼もしい言葉をそえた。

 「うんうん、大丈夫。いざとなったらオイラのアニムロイドで送ってあげるよ」

 「えっ!?うれしいけど、法律的に大丈夫なの?」

 「オイラまだ未成年だから罰則がゆるいんだ。だから、帰りたかったら1年以内に言ってね」

 爽太はすぐにでも帰りたい気持ちにはならなかった。なんだか、この時代で、なにかやらなくてはいけないことがあるような気がしたのだ。いや、ペンキ塗りじゃなくて。

 「ところで、秋穂さんは?」

 「倒れました~。昨日はりきりすぎですね~。人前で踊りまで踊りましたから~」

 「だっ、大丈夫なのですか?」

 「いつものことだよ。大丈夫。3日くらい寝込むと思うけど」

 それは大丈夫なのか?

 爽太には秋穂が他人とは思えなかった。爽太も一緒だったから。心の痛みを我慢して我慢して、なにもないようにふるまって、疲れ込んで倒れ、何日も寝込んだ。爽太はそれを、ついに起き上がれなくなるまで繰り返した。このままでは精神が死ぬと医者に言われた。そして両親はコールドスリープを決断した。

 秋穂を助けたい。僕が未来に来て病気がよくなったように、なにかをしてあげたかった。

 「柊が巫女さん、灰猫は家事手伝い。のどかはマタギだよね?」

 「猟師です~」

 「じゃあ、秋穂はなんなの?」

 「あの娘はヌイグルミのデザイナーです~。あの娘のデザインするヌイグルミ、かわいいですよ~」

 「あっ、それで秋穂、いつもかわいい服を着てイメージ作りしてるんだ?」

 「あれは柊お姉ちゃんの趣味」

 すごいかわいいもの好きだ、柊さん。

 「昔は灰猫ちゃんも被害にあってたもんね~」

 のどかの言葉に灰猫がうなづいて、

 「あれでオイラ、男物の服しか着なくなったもん」

 しみじみと言った。

 お茶を終えて、のどかと灰猫は帰っていった。爽太は仕事に戻り、黙々とペンキを塗った。しばらくして、

 グウ

 おなかが鳴った。ちょうどお昼の時間だった。

 お昼ごはん・・・は、ないんだっけ。

 未来は1日1食。夕食しか食べないので、当然お昼ごはんは抜きだ。しかし、1日3食食べていた爽太の体は当然のように食事を要求する。

 「困ったなぁ」

 と、ここで爽太は、のどかが持たせてくれたドリンクを思い出した。ドリンクはふたつ。先に飲んでくださいと言われたほうを飲んでみる。

 「うわっ」

 それは、炭酸水だった。当然、無糖の。炭酸水は500mlほど入っていた。喉が渇いていたこともあって、それをあっという間に飲み干すと、炭酸によって、すごくおなかがふくれた。

 「これは空腹がまぎれていいや」

 次にもうひとつのドリンクを飲んでみた。

 「うわわっ」

 それは野菜ジュースだった。でも、いったい何種類の野菜を入れてあるのだろう、すごく様々な野菜の味がした。そして野菜由来なのだろう、普通の砂糖とは違った優しい甘味が体に染み込んだ。野菜ジュースは、ほんの200mlくらいだったが、とてもたくさんの野菜を食べた気になってとても満足した。体も、たくさんの食事でおなかがいっぱいになったと、だまされてくれたみたいで、それ以上、食事を要求しなかった。

 「のどかさん、ありがとう」

 爽太は手を合わせた。

 特に、夕食でおなかいっぱい食べられるという思いがあるためだろう、食べなくては死んでしまうというような飢餓感がまったく感じられなかった。また、昨日の夕食がバランスよく、栄養豊富で満たされていたのだろう。空腹でも危機感がまったくなかった。栄養が満たされているときの空腹感と栄養が不足しているときの空腹感はまるっきり違う。


○ 秋穂視点


 どうして私ってこうなんだろう。

 薄暗い部屋のベッドの中で秋穂は思った。

 言葉を話してはダメ。言葉は人と人をつなげてしまう。

 つながってはダメ。

 私が死ぬ時に、つながりが人類みんなを道連れにしてしまう。だから、言葉を話しては絶対にダメ!

 コトバヲハナシタイ

 絶対ダメ!

 コトバヲハナシタイ

 絶対ダメ!

 ハナシタイ ツナガリタイ

 ダメ!ダメなの!

 ダメだからこそ言葉を話したい。矛盾がうずまき、衝動を抑え込もうと精神が磨耗する。

 やがて、心の格闘に疲れて、気を失うように眠りにつく。人類の老衰による滅亡の引き金となる終わりの霊子が。



 「のどかさん、なにかお手伝いできることありませんか?」

 ある日、ペンキ塗りの仕事に空きができて手持ちぶさたな爽太がのどかに聞いた。

 のどかは、う~んと考えて。

 「じゃあ、狩りのお手伝いに来ていただけますか~?」

 やった!と、爽太は指を鳴らした。一度、のどかの狩りを見てみたかったのだ。爽太は大きなクーラーボックスを渡されて、狩った獲物の肉を運ぶ仕事を手にいれた。

 どこか嬉しそうなのどかについて玄関を出ようとすると、灰猫が声をかけた。

 「いってらっしゃい。のどかお姉ちゃん、爽太。」

 そこで灰猫は、上機嫌すぎるのどかを見てジト目になって、

 「はりきりすぎないようにね?のどかお姉ちゃん」

 と、釘をさした。

 「行ってきま~す」

 と、返事をかえしたのどかの声には「そんなの知らな~い」という響きがありありと含まれていたのだった。

 「今日は・・・いいえ、今日こそは主を狩ります~」

 かたい決意を感じとれる声で、のどかは言った。

 「主って言葉はちょくちょく聞くけど、なんの動物なのですか?」

 大きなイノシシかなにかかな?

 バサッ・・・

 その時、羽ばたきの音が遠くに聞こえた。

 「ちょうど来たみたいですよ~」

 ここでのどかは真剣な顔になって言った。

 「爽太さん、離れてかくれててください~。けっして近づかないように~」

 のどかの厳しい顔を初めて見て、その気迫におされるようにして、爽太はその場を離れた。

 バサッバサッ・・・

 羽音がどんどん大きくなる。

 その音を追って遠くの空にその姿をみとめた爽太は驚きに立ち止まりそうになった。

 「離れて!爽太さん~!」

 のどかの声におされて逃げ出すようにその場を離れる爽太は青ざめている。

 そんな!あれは幻想だ!夢の世界の生き物だ!

 それが現実にいて敵対するとなると、それは夢ではなく悪夢であろう。

 バサッバサッバサッ!

 それが巨大な体躯をゆらして舞い降りた!巨大な象ほどもあるその姿は・・・、

 「ドラゴン!」

 そう、幻想の世界にしか生息しないと思われていた竜の姿だった!

 「185番目の地球からもたらされた悪夢、古代竜です~!」

 そんなもん連れてくんなーっ!

 のどかは両手に小さな拳銃を握りしめた。

 「そんなかわいい得物でなにをしようというのですか?!」

 爽太が悲鳴のような声をあげる。

 「一撃でシロナガスクジラすら気絶させることのできるショックガンです~!」

 のどかが手にした二丁拳銃を乱射する。その光弾が竜の硬い鱗の表面ではじけて消える。

 グオオオオオオ!

 竜の咆哮!その凄まじい吠え声だけでのどかの体が吹き飛ばされ、地面をコロコロと転がり、爽太に支えられてとまった。

 充分に距離をとったところで竜が大きく息を吸い込む。

 「(クウ)~!宇宙船外装壁!」

 のどかの声に虚空にのどかのクラゲのヌイグルミが現れ、のどかと爽太の前に光の壁をつくった。同時に竜の口から吐き出された火炎が光の壁に当たって左右に別れて森をなめる。爽太の背後の森が焼き尽くされ、あっという間に焼け野原になった。

 バサッ!

 竜が羽ばたいてあっという間に頭上に飛び上がった。その手のとどかぬ距離から滝のように火炎を放射する。のどかは光の壁でカプセルをつくり、ひたすら耐えた。竜が息継ぎのため、火炎を止めたとき、のどかが叫んだ。

 「空~!足場!」

 その声で空中に光の板のようなものが現れた。階段のように積み重なり、ずっと、上空まで!

 「はあーっ!」

 のどかの気迫の声。のどかはその足場を蹴って、一気にはるか上空、竜の頭上まで駆け上がる。のどかは身をひるがえし、光の板を蹴って、竜におどりかかった。

 「空~!足に宇宙船外装壁!」

 のどかは足に光の壁をまとわせ、竜の延髄に回し蹴りを喰らわせた!

 竜が背中から地面に落下する。その上にのどかがまたがり、竜の喉元の一枚だけ逆さに生えた鱗に銃を突きつけた。

 ニコッと優しげな笑みを浮かべ、のどかは、ためらいなく竜の逆鱗を撃ち抜いた!

 グオオオオオオ!

 凄まじい絶叫が森を包む。それを最後に竜はピクリとも動かなくなった。

 「やった~!256戦48勝~!」

 そんなに戦ってたのですか?!

 竜の上でのどかが勝利の舞いを踊った。

 その後、二人が竜の尻尾を切り落とすと、竜が目を覚まし、バランスが悪くなったのだろう、よたよたとしながら飛びさっていった。

 「またね~、主~」

 のどかがのんびりした声で見送る。すごい男前だ、のどかさん!


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