目覚めたらベッドの上
マダムの店でお祝いをしてもらった夜。
私はまたベッドの上で、二つのイヤーカフを見つめていた。
「渡してもいいのかな」
お揃いのイヤーカフ。
嫌がられたらきっと落ち込むくらいじゃ済まない。
気まずくなるのも怖い。
でも、やっぱりこれは彼のために創ったもので。
「渡してみようかな」
パパラから石板を受け取ったら、その時にでも。
そう思って私は二つのイヤーカフをそっと握り締めた。
そして、どうやらそのまま眠ってしまったらしかった。
「あれ……?」
目覚めた私は目に入ってきた光景に違和感を感じて声を上げる。
屋根裏の木の天井とは全く違う白い無機質な天井。
「xxx! 起きたの?」
近くであげられた声に驚いてそちらを向く。
そこには、驚きに目を見開く母親の顔があった。
私が目覚めた場所。そこは病院。
そしてベッドサイドで声を上げたのは私の母親。
そう、私は帰ってきたのだ。日本に。
「どうして……」
「良かった。良かった……」
茫然と呟く私に母親が泣きながら抱き着いてくる。
「あっ、ナースコール! あぁ、行った方が早いわ! すぐお医者さん呼んでくるわね!」
しばらくして、ハッとしたように顔をあげた母親は、そう言うや否や、病室を飛び出していく。
「まさか、夢……だったの?」
一人残された病室で誰に聞くでもなく声を上げた私は違和感に気づいて、右手に目をやる。
知らぬ間に握り締められていた右手を開いて、思わず息を飲んだ。
「これは……」
私の右手には二つのイヤーカフがしっかりと握られていた。
小さいけれど確かに自分の右手の中にあるホタル石とガーネットのそれ。
夢なんかじゃない。
私は本当に異世界で暮らしていたんだ。
そして、帰ってきてしまったんだ。
やっと宝飾合成ができたのに。
みんなにアクセサリーを創る約束をしたのに。
一緒にパパラのところに行く約束をしたのに。
これから宝飾師としてやっていくはずだったのに。
何もできていないのに。
別れの言葉すら言ってないのに。
このイヤーカフだって……
「xxx、大丈夫? どこか痛いの?」
知らぬ間に泣いていたらしい。
医師を連れて戻ってきた母親が大きな声を上げて私に駆け寄ってくる。
「お母さん、落ち着いて。急に目を開いたんで、刺激が強かったんですよ。先生に見てもらいましょうね」
私より先に看護師が母親に声を掛けて、そっと私から母親を引き離す。
そこから医師の診断を受け、たくさんの検査が立て続けに行われた。
病院で目が覚めてから一週間。
検査の結果、私の体は全くの健康体で、点滴も外され、徐々に通常の生活ができるようになりつつあった。
母親の話では、ふて寝して異世界で目覚めたあの日から、およそ三か月の時間が過ぎていた。
三か月前、会社から無断欠勤の知らせを受けた両親が私の部屋をたずねると、私の姿だけがなかったそうだ。
部屋は生活している様子そのまま。
財布もスマートフォンも、なんなら汚れた食器も洗濯もそのまま。
その状況に首を傾げながらも、両親は私の部屋で私を待ったそうだ。
それくらい、すぐにでも帰ってきそうな状態だったと母親が病室で私に語ってくれた。
でも、何時間たっても私は帰ってこない。
これはおかしいと周囲を探し、知り合いに連絡するが、誰も私の行方は知らず。
それはそうだろう。
その頃、私は領主様のお庭でジェードにボウガンを向けられていたのだろうから。
もしくはマダムの店で真実の玉に手を乗せて質問攻めにあっていたか。
数日しても私は見つからず、両親はいよいよ警察に相談するが、手掛かりは全くなく。
途方にくれ、三か月が過ぎた頃。
日課のように私の部屋に通っていた母親が部屋のベッドですやすやと眠る私を見つけたそうだ。
慌てて声を掛けるが、ゆすろうが何をしようが、私は全く起きず。
母親は救急車を呼び、更に一日が過ぎ、そして、病室で私が目覚めたわけだ。
「心配かけてごめんなさい」
私は母親に頭を下げる。
たくさん心配をかけてしまっただろう母親は、記憶にある姿より一回り小さくなったように思えた。
さっきまでお見舞いに来てくれていた父親も母親と同じくらいやつれていた。
「本当に心配したんだから。……それより本当に何も覚えていないの?」
母親だけではない、父親にも、医師にも、警察にも、何度も聞かれた質問に私は申し訳なさそうに首を振る。
まさか、異世界で暮らしてました、なんて言えないしね。
「そう。でも、よかった。明後日には退院できるそうよ」
母親も何度もした質問に今更答えが返ってくるとは思っていなかったようで、話題は退院後の話へと移っていく。
驚いたことに私は会社をクビになっていなかった。
私の部屋をそのまま借りていたくれたと言われたときにも驚いたが、会社のことを聞いたときには、思わず、嘘でしょ、と大きな声をあげてしまった。
しかも、同じ部署で私の復帰を待っていてくれるというのだから、どれだけ人のいい会社なんだか。
ありがたい反面、このご時世、そんなことで会社はつぶれないのかと少し不安になってくる。
つい先日、お見舞いに来てくれた上司と同僚も本当に私を心配してくれていた。
もっと好奇の目で見られたり、退職を迫られないまでも文句や嫌味を山ほど言われるのではと身構えていたのに。
健康に問題なし。住む場所、仕事に問題なし。
こちらの世界では三か月も失踪していたというのに、私は明後日には退院し、三か月前の日常に戻ろうとしていた。
とんとん拍子に進んでいく日常に、ふとすると異世界での生活が本当は夢だったのではないかと何度も不安になった。
でも不安になる度に二つのイヤーカフが夢ではなかったことを教えてくれた。
ただ、どうやって行ったかも、帰ってきたかもわからない。
こんなことなら向こうの世界にいる間にもっと真剣に調べておくんだった。
少なくとも向こうの世界では相談できる人たちがいたのに。
どんなに後悔してももう遅い。
どうしたらもう一度向こうの世界にいけるのか、何の手がかりもない状況に、私はただ途方にくれることしかできなかった。
なんだか色っぽいサブタイトルになってしまいましたが、第七章は終わりです。
次の第八章が最終章になりますが、三話と短めの予定です。
ここまで読んでいただけて本当にありがとうございます。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
<サンストーン>
ムーンストーンと同じ仲間でオレンジ色のキラキラした正に太陽の石です。
見ているだけで前向きな気持ちになれるとても素敵な石です。