急がないで、ゆっくりで
「ホタル、おめでとう!」
「リシア、よくやったね!」
河原で宝飾合成が成功してから数日。
マダムの店のお休みの日を使って、みんながお祝いをしてくれた。
「ホタル、今度、私にも創って」
そう言って、ランはお祝いにと、自分がブレンドしたというお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう。うん、ぜひ」
「約束」
言葉少なに、でも、嬉しそうにランが笑う。
「ホタル、これは何? 私は子どもじゃないのよ!」
「レナ様、お似合いですよ……フゴッ」
笑いをこらえてレナにそう言ったセレスタが彼方へと飛んでいく。
……レナもその技が使えるのね。
「レナ、そのティアラどうしたの?」
「ノームのところで見つけたのよ! なんなの、このお子様ティアラは!」
「あぁ、それは……」
事情を説明しようとした私をレナが遮る。
「聞いたわよ! だから、今度は今の私のためのティアラを創りなさい!」
「レナ……」
「おめでとう。よかったわね」
そう言って、レナが私をギュッと抱きしめてくれるから、私も、ありがとう、とレナを抱きしめ返した。
「ホタル、私にも創ってよね」
「お揃いのアクセサリーってお願いできるものですか?」
ゴシェさんの言葉にモルガが恥ずかしそうな顔をする。
……この二人は息をするように惚気るのね。
「もちろん」
まぁ、幸せそうで何よりだけれどね。
「ホタルさん、よかったね」
「ホタル、改めておめでとう」
セレスタとジェードの言葉に私はうなずく。
「リシアも頑張ったよね」
「セレスタさん、ありがとうございます!」
リシア君もセレスタの言葉に嬉しそうな笑顔を見せる。
そして、ジェードと目があったリシア君が、ジェードを真っすぐと見つめる。
「あっ、えっと……」
二人の間に流れる変な空気に何とかしないとと口を開きかけたところで。
「ほらほら、二人ともそんな顔しないの。ホタルさんが困っているよ」
セレスタが苦笑いしながらジェードとリシア君の間に入ろうとしてくれる。
「ホタルは……」
そんなセレスタを無視して、ジェードがリシア君の視線から目を逸らさずに口を開く。
「ジェード、お祝いの席だよ! ちょっと待てって!」
慌てて止めようとするセレスタを無視して、ジェードがリシア君に向かって一歩踏み出す。
そんなジェードをリシア君は一歩も引かずにじっと見つめたままだ。
えっ、ちょっとやめてよ。
私もジェードを止めようとしたところで。
「いい相棒を見つけたみたいだな」
「えっ?」
ジェードの言葉にリシア君よりも先に私の口から間の抜けた声が零れる。
「ホタルを頼む」
そんな私も無視して、ジェードはリシア君を見つめたままで言葉を続ける。
「はい」
リシア君がジェードの言葉に短く、でも、はっきりとそう答えると、ジェードは少し困ったように笑ってうなずいた。
「えっ? 何? どういうこと?」
訳が分からず声を上げる私の口をセレスタが塞ぐ。
「うん。ホタルさん、とりあえず黙っておこうか」
おい、どういう事だ!
「ホタル」
背後からの声に私はハッとして振り返る。
「マダム……」
そこには出会った頃と同じ、凛と立つマダムがいた。
「まずは宝飾合成の成功、おめでとう」
「ありがとうございます」
思わず背筋を伸ばしマダムの言葉にお礼を言う。
「ここからが宝飾師としてのスタートだ」
「はい」
そうだ。宝飾合成ができたからって終わりじゃない。
ここからが宝飾師としてのスタートなんだ。
みんなにお祝いされて舞い上がっていた気持ちが、いい意味でキリッと引き締まる。
「ホタル、わかっているだろうね」
そんな私の顔を見て、マダムがニヤリと笑ってたずねる。
その言葉に私もマダムを真っすぐ見て答える。
この前は間違えたけれど、今日こそはこの答えで間違っていないはず。
「うちのアクセサリーとしてだすんだ。わかっているだろうね? ですよね?」
「わかってりゃいいんだ。明日からも頑張りな」
「はい!」
私の返事に、うるさいんだよ、とマダムが眉をひそめた。
「ホタルさん、今度こそ、俺も一緒に行くっす!」
マダムとそんなやり取りをしていたら、また背後から声をかけられて驚いて振り返る。
と、そこには予想どおりリシア君が立っていた。
「えっ? 行くって、どこに?」
首を傾げる私にリシア君が呆れたように言い返す。
「パパラさんのところっす。忘れたんすか? 今、ホタルさんの持っている石板は激弱なんすよ。早くちゃんとしたのを作ってもらわないと」
そうだった。宝飾合成に成功したら新しい石板を作ってくれるって話になっているんだったっけ。でも。
「えっ? いいよ。リシア君、お店あるでしょ? 私、行ってくるよ」
「ホタル一人で行けるわけがないだろ。馬にも乗れないくせに」
ジェードのつっこみに私は、そうだった、と項垂れる。
「あれ? リシア、馬乗れたっけ? スピカの森までは結構距離あるよ」
セレスタの言葉に今度はリシア君が、うっ、と言葉に詰まる。
えっ? どうしたの?
「乗れないっす……」
あら、この世界の人ってみんなが馬に乗れるわけではないのね。
「仕方ないな。ホタル、また俺と行くか?」
「えっ? いいの? でも迷惑じゃ……」
「駄目っす! ちょっと練習すれば馬くらい乗れるっす!」
私の言葉を慌てて遮るリシア君を見て、セレスタが面白そうに笑う。
「リシア、乗合馬車で行きなよ。今回は急ぐわけではないでしょ?」
「あっ、そうだった」
セレスタの言葉にリシア君がハッとした顔をした後で赤くなる。
「ジェードも揶揄わないの」
「これくらいは許されるだろう」
ふてくされたような顔で言い返すジェードを見て、セレスタがやれやれと苦笑いする。
「えっ? 乗合馬車で行けるなら、なおさら私一人で大丈夫だよ。リシア君はお店があるんだから無理しないで」
「駄目っす! 一緒に行くっす!」
「えっ、でも迷惑だし……」
乗合馬車だとこの前よりずっと時間がかかるだろうし、無理はさせたくない。
「ホタルさん、俺はあなたの相棒っす。迷惑なんかじゃないっす」
「でも……」
なおもためらう私にセレスタが声を掛ける。
「ホタルさん、一緒に行ってあげなよ。リシアはジェードにやきもち妬いてるだけなんだからさ」
「はい?」
首を傾げる私にセレスタが大袈裟にため息をつく。
「本当にホタルさんって鈍いよね。リシアは、ジェードがホタルさんと二人きりで石板をとりに行ったのが悔しかったの。だから今回は……」
「セレスタさん、ストーップ!」
リシア君が真っ赤になってセレスタの言葉を遮る。
えっ、リシア君がやきもち? 嘘でしょ? なんで? だって、リシア君から見たら私なんて一回りも上のおばさんでしょ?
セレスタの言葉をどう受け取ったらいいのかわからず、固まってしまった私に気づいたリシア君がフッと笑う。
「ホタルさん、相棒として石板を作る現場を見ておきたいんす。一緒に行ってもいいっすか?」
「えっ……」
そこにはいつもどおりのリシア君がいたけれど、似たようなことが前にもあった気が……
あれ? 嘘、まさか、これって、えっと。
「ホタルさん、駄目っすか?」
深緑の目にじっと見つめられて、私は思わず首を縦に振る。
それを見てリシア君が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、お互い準備ができたら、早めに行きましょうね」
「あっ、あのさ、リシア君!」
そう言って、みんなの輪に戻ろうとするリシア君を思わず呼び止める。
でも、振り返ったリシア君になんて言ったらいいのかわからず、言葉に詰まる私を見て。
「ホタルさん、急がなくていいっす。ゆっくり行きましょう。俺、気は長い方なんで」
リシア君はそう言って笑うと今度こそ振り返らずにみんなの輪に戻っていった。




