ガーネットのイヤーカフ
次のマダムの店の定休日。
領主様のお庭にある河原で私の二回目の宝飾合成が行われることとなった。
集まったのは、マダム、私、リシア君、セレスタにジェード、そして、ノームさんの六人だ。
河原に用意した机の上に透明な石板を置き、まずはリシア君が改良版の装置を付けて行く。
「これで準備完了っす」
そう言って石板から離れるリシア君に代わって、今度は私が石板の前に立つ。
「ホタル、宝飾合成に使う素材は決めているのかい?」
マダムの言葉に私はうなずき、持ってきた鞄からそっと素材を取り出す。
「それは?」
「ヤットコです。これで創りたくて」
「いいのかい? それが無いと困るんじゃ」
驚く顔をするマダムにリシア君が答える。
「大丈夫っす。新しいちびヤットコはもう用意してあるっす。ねっ、ホタルさん」
リシア君の言葉に私はうなずく。
ヤットコを素材にしたいと決めた時にリシア君には相談しておいたのだ。
マダムの言うとおりヤットコが無くなったら修理に困るからね。
いろいろ考えたけれど、素材はヤットコにすることにした。
この世界で修理屋として最初に手にした道具で、リシア君が最初に作ってくれた大切なものだから。
リシア君はもちろん、誰にも言ってないけれど、今回創るアクセサリーはリシア君のためのものだ。
男の子だからアクセサリーはどうかとも思ったのだけれど、今回、もう一度宝飾合成に挑戦すると聞いた時に、最初の一つはリシア君に渡そうと密に決めていたのだ。
私は石板にヤットコを置き、深呼吸をする。
「よし。いきます。離れてください」
私と石板を囲むように立っていたみんなが少し距離をとる。
と、ジェードだけがその場から動かず、明るい緑の目でじっと私を見つめた。
私はその目を真っすぐ見返して、黙ってうなずく。
するとジェードが一瞬困ったように笑った後で大きくうなずいてみんなと同じ位置まで下がった。
「いきます」
もう一度声を掛けると石板に手をかざす。
フワッ
前回とは違う柔らかいバラ色の光がヤットコを包み、やがて眩しく輝きだす。
石板が壊れる様子もなく、一段と明るく輝いた後で、静かに光が静まっていく。
「えっ……」
完全に光が静まった後に石板に現れたアクセサリーを見て、私は驚きの声を上げる。
リシア君のためと思っていたので、以前にマダムが創ったプレナイトのバングルのようなシンプルなアクセサリーをイメージして創ったのだけれど。
「えっ? 何ができたの?」
少し離れたところからセレスタの声がする。
そう、今回できたのは少ししか離れていないセレスタからも何ができたかわからないくらい小さいアクセサリー。
ガーネットのイヤーカフだった。
「これは、イヤーカフだね」
石板に近づいたマダムが驚いたようにそう言って、ガーネットのイヤーカフを持ち上げる。
「ホタルのイヤーカフにそっくりだな」
ジェードの言葉に私は茫然としながらうなずく。
そうなのだ。
ホタル石とガーネットの違いはあれど、できあがったのはお揃いといって問題ないくらいそっくりのイヤーカフ。
デザイン自体はシンプルだから男性がしてもおかしくはないのだけれど、さすがにこれはあげられない。
それに……
「もしかしてホタルさん、イヤーカフしか創れないの?」
そう、そこだ。
マダムの宝飾合成を何度も見てきているが、こんなにそっくりなアクセサリーができたのは見たことがない。
基本的にデザインも含めて一点モノなのが宝飾合成のはずなのに。
「マダム、一種類しか創れないなんてことあるんですか?」
慌ててたずねる私にマダムが首を振る。
「そんな宝飾師、きいたことないよ」
まさか、日本人なことが影響しているとか?
確かにイヤーカフはこの世界では珍しいし、性別問わずにつけやすいアクセサリーではある。
でも、もし本当にイヤーカフしか創れないとしたら、そんな宝飾師、仕事にならない。
どうしようと青褪める私にセレスタがのん気な声を上げる。
「他にも創ってみれば?」
「「えっ?」」
みんながセレスタを見つめる。
「えっ? って、だからもう一つ創ってみて、またイヤーカフができるか試してみれば? 体調も石板も大丈夫そうだし。って、俺、変なこと言った?」
不思議そうな顔で聞き返すセレスタに、みんなが私と石板を見つめる。
「ホタルさん、どこか変なところとかないっすか?」
リシア君の言葉に私は、大丈夫、とうなずく。
「本当だな?」
「うん、全然平気」
念押しするジェードにもしっかりうなずく。
「石板も問題なさそうだね。リシア、どうだい?」
マダムに言われて、リシア君が石板と装置を確認してうなずく。
「問題ないっす。魔鉱石を取り換えれば使えるっす。魔鉱石のスペアはたくさん持ってきてるっす」
「あとは素材か」
ジェードの言葉にみんなが顔を見合わせる。
ヤットコは一つしか持ってきていないし、他に素材になりそうなものなんて。
「そうじゃ、いいものある。ちょっと待っておれ」
そう言うや否や、みんなの前からノームさんの姿が消える。
「ほら、これはどうじゃ?」
すぐに戻ってきたノームさんの手にはオレンジ色のノウゼンカズラの花が持たれていた。
「「それは」」
私とリシア君が揃って声を上げる。
この前、リシア君が私を迎えに来てくれた時にノームさんと待合せた場所に咲いていたものだ。
「え~、怒られた記憶っすか?」
リシア君の言葉に私もうなずく。
「さすがにそれは……」
いや、思い出といえば思い出だけれど……
「違うわ!」
私たちの言葉にノームさんが呆れた顔で否定する。
「この花は小さいころからレナお嬢さまが好きな花でな。じゃが、毒があるという噂があって、領主様は決してお嬢様にこの花を触らせなかったのじゃ」
「えっ? 毒があるんですか?」
驚く私にノームさんが首を振る。
「迷信じゃよ。この花に毒なぞない。領主様にも何度かお教えしたのじゃが、万が一を恐れてな。お嬢様が小さい頃は夏になるとよくこの花の下で、花を欲しがるお嬢様をなだめる領主様の姿が見られたものじゃよ」
懐かしそうに話すノームさんにセレスタとジェードが目を丸くする。
「いつもしかめっ面の領主様が? 嘘でしょ?」
「おい、セレスタ! 失礼だぞ!」
「ジェードだって心の中で思ったでしょ?」
「俺は別に!」
「はい、嘘~」
「おい!」
「そういうことならやってみたらどうだい?」
やいやい言い合う二人を呆れた顔で見ながらマダムが私に言う。
「そうですね。ノームさん、その花、使わせていただきます」
そう言って私はノームさんからノウゼンカズラを受け取った。




