金色の丘、金色の横顔
「これがホタルさんの石板かぁ。触ってみてもいい?」
石板を見せるとセレスタが興味津々と言った顔できいてくる。
「もちろん」
そう言って石板を渡すと嬉しそうに受けとる。
「石板というより氷の板みたい。でも冷たくはないね」
「おい、壊すなよ」
そんなセレスタを見てジェードが釘をさす。
「ジェード、一緒に行ってくれてありがとう」
あの日以来、久しぶりに会ったジェードにあらためてお礼を言う。
「構わない。それよりマダムに相談はできたのか?」
ジェードの言葉に私は、あぁ、と声をあげる。
「あのね。相談はできたんだけど……」
「だけど?」
歯切れの悪い私の言葉にジェードが首を傾げる。
うわぁ。言いたくない。ジェードも絶対怒るよね。
「ホタルさん、すごい顔してるけど、どうしたの?」
さらっと失礼なことを言ってのけるセレスタをジロッと睨む。
怖いよ、と大袈裟に首を竦めるセレスタを見ながら、はぁ、とため息をつく。
言わないわけにはいかないよね。
「あのね……」
恐る恐る私はパパラからの話を話し出した。
「ホタルさん、大丈夫なの? リシアは確かに腕のいい道具屋だけど、一度失敗してるしさ」
私の話をきいて心配そうな顔をするセレスタに私はうなずく。
「うん。確かに一度で上手くいくとは思ってない」
「えっ? だったら……」
驚くセレスタに私は言葉を続ける。
「でも、リシア君ができるっていうなら信じたいんだ。相棒だからね」
「……ホタルさんって、変なところで男前だよね」
私の答えにセレスタが呆れたように笑う。
「ジェードも心配かけてごめん。でもやれることがあるなら、とことんやってみたいんだ」
セレスタの隣で、眉間に皺を寄せて何も言わずに立っているジェードに声をかける。
「ホタル、明日、仕事終わりに時間を作れないか?」
「えっ? あ、うん、大丈夫だと思うけど。それより、あのさ」
急に話題を変えられて戸惑ってしまう。
でも、そんな私を無視して。
「じゃあ、また明日。セレスタ、戻るぞ」
「えっ? もう? 待ってよ」
そう言ってジェードはさっさと帰ってしまい、セレスタもそんなジェードを追って行ってしまった。
翌日、結局ジェードの目的は何もわからないまま、もうすぐ閉店という時間になってしまった。
とりあえずマダムの許可だけはもらったけれど、どこかに行くのか、話があるだけなのか、全然わからないから何の準備もできず、ただカウンターに座ってぼーっとしていることしかできない。
「ジェード、来るのかなぁ」
まぁ、ジェードのことだから来ないことはないだろうけれど。
なんてぼんやりしていたら、誰かがお店に入ってきたことに気がついて、慌てて立ち上がる。
「あっ、いらっしゃい……ませ?」
「失礼な。ちゃんと来るに決まっているだろう」
入ってきた人をまじまじと見て、思わず言葉を失う。
そこにいたのは憮然とした顔のジェードだった。
「なんだ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
ジェードの言葉にハッと我にかえる。
「えっ? ジェードだよね?」
「何を言ってるんだ?」
私の言葉をきいて眉間に皺を寄せるその姿は間違いなくジェードだ。
「えっ、だって、制服は?」
そうなの。制服ではなく私服なのよ。
お店にくるときは仕事の合間や帰りだから、制服以外を見るのはこれが初めてで、一瞬誰かわからなかったのだ。
「なんで仕事終わりに出掛けるのに、わざわざ制服でくる必要があるんだ? それより行くぞ」
さっさとお店を出ていこうとするジェードに慌てて声をかける。
「待って! まだ何の準備もしてない」
「構わない。時間がないんだ。行くぞ」
ジェードにせかされてお店をでると、ジェードの馬がお店の前に繋いであった
「さぁ、行くぞ」
軽々と私を持ち上げて馬に乗せると、自分も乗り、馬を走らせ始める。
「ジェード、どこ行くの?」
「行けばわかる。少し急ぐから黙っていろ。舌を噛むぞ」
言い終わるや否や馬のスピードが上がり、慌てて口を閉じる。
馬で走ること二十分程度かな。
町の外れの小高い丘に辿り着くと、ジェードが馬から降ろしてくれる。
「わぁ!」
そこから見える光景に私は思わず歓声をあげた。
丘からは夕日に染まるタキの町が一望できた。
建物も、道も、木々も、何もかもが金色に輝いている。
「綺麗だろ?」
そう言って町を見つめるジェードの横顔も金色だ。
私は言葉もなく、ただ、うんうん、とうなづく。
しばらく二人で並んで、ただ輝く町を眺めていた。
やがて夕日が沈み、辺りが青く染まり始めた頃にようやくジェードが口を開いた。
「俺はこの町が大切なんだ。領主様に仕え、この町を守ることが俺の小さい時からの夢で、今はそれが実現できて幸せだと思ってる」
ジェードの言葉に私はうなずく。
ジェードはいつも仕事熱心だし、自分の仕事が好きなんだろうな、ってことはなんとなくわかる。
「ホタル、宝飾師になるのは諦めてくれないか?」
「えっ?」
脈絡のない言葉にジェードの意図が読めなくて、私は思わず聞き返す。
今の話と私が宝飾師になることに何の関係が?
「俺はこの町を守るのと同じくらい、ホタルを守りたいと思うんだ」
「はい?」
町を見つめたままのジェードの顔をまじまじと見つめる。
でも、その顔はとても冗談を言っているようには見えなくて。
「危ないことはするな。ホタルにはずっと笑っていて欲しい。そして、その笑顔を俺が守りたいんだ」
「えっと、ジェード、それって」
戸惑う私の方にくるりと体を返してジェードが言葉を続ける。
「ホタル、俺と一緒になって欲しい」
そう言ってジェードが私の手をとる。
その顔はやっぱり冗談を言っているようには見えなかった。
もちろん、好きと言われて嬉しくないわけはない。
相手がジェードみたいに格好良くて、しかも真面目な子なら尚更だ。
でも、正直、そう言われて最初に思い浮かんだのは、どうしたものかなぁ、だった。
それに……
「ジェード、ごめんね」
そう言った私をジェードが静かに見つめる。
「私ね。宝飾師になりたいの。途中で諦めるのは嫌なんだ」
「命をかけてもか?」
「うん。命をかけても。それに誰かに守ってもらう人生も嫌なんだ」
そう言った私をジェードがじっと見つめる。
私もその目をまっすぐ見返す。
しばらく見つめあった後で、ジェードがふっと笑った。
「やっぱり駄目か。ホタルなら、そう答えるような気はしていたんだ」
「ごめん」
「謝らないでくれ。でも、自分を大切にしてくれ。俺だけじゃない。みんな、ホタルを大切に思っているんだ」
ジェードの言葉に私はただうなずくことしかできなかった。
この物語を書き始めたときはジェードとホタルの組み合わせを思っていたのですが、どうしても組み合わさりませんでした。
これが縁というものなのでしょうかね…




