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透明な石板①

「ただいま戻りました」

スピカの森をでて、ケフェウスの宿屋で馬車を受け取り、馬車に揺られること、また二日。

タキの町についたのは、そろそろ日が暮れる頃だった。


 旅の途中、ずっと黙り込んでいた私をジェードは心配そうにしながらも何も聞かずにいてくれた。

そして町につくと、暗くなる前に馬車を返してしまいたいと言って、私をマダムの店の近くで降ろしてくれた。

「ジェードも一緒に行こうよ。マダム、ジェードのことも心配しているだろうし」

「いや。今なら馬番もまだいる時間だから、帰るよ」

そう言って、ジェードは馬車に乗って行ってしまった。


 走り去る馬車を見送り、マダムの店に向かって一人で歩き出す。

ちょうど閉店準備をしていたマダムが私に気付いて声を掛けてくれる。

「おかえり。そろそろ帰るころかと思ったよ。……おや? ジェードは?」

少し不思議そうな顔でたずねるマダムにジェードとはすぐそこで別れたことを告げる。


「そうかい。まぁ、とりあえず荷物を置いといで。話は夕ごはんでも食べながら、ゆっくり聞くとしよう」

マダムの言葉にうなずき、私はお店に入り、屋根裏の自分の部屋へと向かう。

旅の荷物と石板を机に置く。

窓から差し込む夕日を浴びて、透明な石板がピンク色に煌めく。

少し悩んだ後で私は石板だけを持ってリビングに戻ることにした。

パパラから預かった手紙は荷物の中にしまったままで。


 リビングにはマダム特製の鶏肉のトマト煮がほかほかと湯気を上げていた。

パンはもちろんモルガさんの店の白パン。サラダはないけれど、おいしそうな梨が添えられていた。

いつもなら歓声を上げて食べだすところだけれど、私は席にもつかず、立ったまま透明な石板をマダムに差し出した。


「これが私の石板です」

私が差し出した石板を見て、何か察したようにマダムが顔をしかめる。

「作業場に行こうか」

そう言って立ち上がり部屋を出るマダムに私も黙ってついて行く。


「さぁ、もう一度、石板を見せておくれ」

作業場についたマダムは作業台の椅子に座ると、緑の石板を避けて私に手を伸ばす。

「はい」

透明な石板を渡すとマダムは裏返したり、光にすかしたりとしばらく眺めまわした後で、そっと作業台にそれを置き、作業台に向かったままで私にたずねた。


「ホタル、あんたの素材は?」

「想い、だそうです」

私の答えを聞いてマダムがうなずく。

「なるほど。想い、か。石板の色には素材が反映されるんだ。私は植物だから緑さ。アンダは空の色。あの子の素材は鳥の羽根だからね。想いを素材にする宝飾師の話は聞いたことはあるが、石板を見たのは初めてだ。透明なんだね」


「ところで、これは本当にパパラの作ったものかい?」

椅子に座ったまま、くるりと振り返り、マダムが私をじっと見つめる。

その灰色の目は何も語らず、マダムの質問の意味がわからない私は戸惑いながらうなずく。


「本当に?」

「……はい。本当です」

念を押すマダムの言葉に私は戸惑いを深くしながらも、嘘をついているわけではないので、もう一度うなずく。


 そんな私を見て、マダムは、ふぅ、とため息をついた。

「とりあえず座んな。そして、何があったか全部話すんだ」

マダムの言葉に私は息を飲む。

どうしたらいいか、言葉を詰まらせる私を見てマダムが先に口を開いた。


「この石板は脆すぎる。これじゃ何度も宝飾合成はできやしない。こんな半端なものを本当にパパラが作ったんだとしたら、そこには何か意味があるはずだよ」

私はその言葉に大きく目を見開く。

「ホタル、全部話すんだ」

もう一度静かに繰り返されたマダムの言葉に私は項垂れたまま席を立った。


「この大馬鹿者!」

作業場に戻った私が差し出した手紙を読み終わると、聞いたこともないような大きな声でマダムが怒鳴った。

手紙とは、もちろんパパラが別れ際に渡してくれたあの手紙だ。


 帰りの馬車で私はずっと考えてた。

二通の手紙は封がされていて中を見ることはできなかったけれど、内容は想像がついた。

手紙を見せれば私は確実に宝飾師にはなれない。

マダムは反対するだろうし、リシア君も絶対協力はしてくれない。

事実を知ればセレスタやジェードも間違いなく反対する。


 でも、パパラは私の受ける負担がどのくらいかはわからないと言っていた。

一回で命を落とすようなことはないだろう、とも。

実際、白い石板のときも石板は壊れてしまったけれど、私は一時間程度気を失っただけだった。

そして、透明な石板を使うことで素材からの負担は軽減される。


 だったら、大丈夫なんじゃないか?

もちろん体調に気を付ける必要はあるだろうけれど、もともと想いの籠った素材は数が限られると言うから頻繁に宝飾合成をすることはないだろう。

修理屋の仕事もしつつ、様子を見ながらやっていけば、案外なんとかなるんじゃないかって。


 わかってる。事実を知れば、みんなは私が宝飾師にならないと言っても理解してくれる。

でも、宝飾師になれると言ったら喜ぶだろうし、何より私が宝飾師になりたかった。

小さいとは言え、道具の力を借りたとはいえ、一度アクセサリーを創りだせてしまったら、次に自分がどんなものを創りだせるのか、どうしても知りたいと思ってしまう自分がいた。


 そう考えた私はパパラの手紙は隠しておこうと決めた。

まさか、渡された石板が強度の足りないものだなんて、気付きもしなかった。

今思えば、手紙を渡さない可能性を考えて、パパラはあえて脆い石板を渡したのかもしれなかった。


「ホタル! 聞いているのかい!」

「ひぇっ」

マダムの怒りの声で我に返った私は想わず首をすくめる。

冗談ではなくマダムの後ろに怒りの炎が見える。


「ひぇ、じゃないよ! 馬鹿娘が!」

「すみませんっ!」

反射的に頭を下げて謝る。


「この石板は……」

「あっ、待って! 待ってください!」

それでも、そう言って透明な石板に手をかけるマダムを慌てて止める。


「体調には気をつけます! 無茶は絶対しないので、石板は取り上げないで!」

私の言葉にマダムの目が大きく見開かれる。

その様子がまるで地獄の窯が開かれる様に重なって見えて、一瞬ひるむ。

でも、ここで引き下がったら、もう宝飾師にはなれない。

そう思って、ぐっとお腹に力を込めて、マダムを真っすぐ見つめ返す。


 どのくらい見つめあっていただろう。

先に口を開いたのはマダムの方だった。

「全く頑固な子だよ」

「すみません」

頭を下げる私を見て、マダムがまた、ため息をつく。


「明日にでもリシアのところに行っておいで」

「へっ?」

予想外の言葉に私は顔を上げる。


「もう一通、手紙があるんだろ?」

「あっ……」

パパラから預かった手紙のことを思いだし、私は声を上げる。


「私は魔道具のことはわからないから、リシアとよく相談しておいで」

「はい! ありがとうございます!」

マダムの言葉に私はまた頭を下げる。


「絶対に無茶はしないこと! それと……」

「うちのアクセサリーとしてだすんだ。わかっているだろうね? ですよね?」

マダムが言い終わる前に私は、わかってます、と胸を張る。


「隠し事は許さない! だよ! この馬鹿娘!」

作業場が震えるほどのマダムの大声に今度こそ私は床に埋まるくらい深々と頭を下げて謝った。

初めて誤字報告をいただきました。

誤字はあってはいけないのですが、誤字に気付くってことは読んでいただけたんだなぁ、と勝手ににやにやしてしまいました。


いつも読んでいただけている皆さま、本当にありがとうございます。

物語はいよいよ終盤です。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

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