ここにいたい理由
「私のいた世界ってね……」
昼ごはんを食べ終わった私は、並んで座っているジェードの顔ではなく、目の前の道を眺めながら口を開いた。
話し始めた私の顔をジェードが見つめているのがわかる。
視線はそのままで私は自分のことをポツリポツリと話し出した。
自分のいた世界は、魔法はなくて、代わりに科学が発達していたこと。
私が住んでいたのは、その世界の中でも裕福で安全な国の、更に都市部だったこと。
そこで私はコンピューターという機械が日々問題なく動くように監視する仕事をしていたこと。
といっても、していたのは、八時半に会社と言う場所に行き、ただ机についてパソコンという別のコンピューターを眺め、十七時半に会社をでるだけ。
八年間、ただひたすらそれを繰り返す日々。
私のいた世界は、人が多すぎて、何もかもが大きすぎて、何もかもが細分化していて。
自分が今していることが、誰のためのものなのか、自分が何かの役に立っているのか、よくわからなくて。
でも、わからなくても、同じことを繰り返していれば日々は確実に過ぎていって。
自分のいる意味は何なんだろうって考えたくても、世の中はまるでベルコトンベアのようで。
立ち止まることなんてできなくて、ましてや一度降りてしまったら二度とそのベルトコンベアに乗ることはできない気がして。
そのまま流されていく方が楽だって、諦めていて。
「なんだ? ベルトコンベアって?」
ふいにジェードの口から出た疑問に私は、あぁ、とうなずく。
「そっか。この世界にはないのね。こんな感じの機械でね……」
そう言って、私は近くにあった木の棒を拾い、地面にベルトコンベアを描く。
「んで、部品とか、食べ物とか、それぞれ決まったものが、等間隔にずっと流れていくの」
ベルトコンベアの上に私は歯車を一つ描いて、それを指し示す。
「まるで自分がね、この小さな歯車になってしまったような気がしていたんだ」
「それは……嫌だな」
一瞬口籠った後で、ジェードはポツリと言った。
「シンプル!」
なんともわかりやすいその感想に思わず吹き出してしまう。
悪かったな、とふてくされるジェードに、ごめんごめん、と言いつつ、私は言葉を続けた。
「でも、その通り、嫌だったの。修理屋はさ、誰のために仕事しているかはっきりしているでしょ」
「いいのか? それで?」
「本当のこと言うと、両親にはきっと心配かけてしまっているだろうから、そこだけは心残り。一人っ子だしね。でも、残念ながら、それ以外の心残りはないんだ。重要な仕事を任されていたわけでもなければ、そこまで親しい友達も、ましてや恋人もいないし。だから、できれば宝飾師にもなって、この世界で人生やり直してみたいんだ」
「……そうか。なれるといいな。宝飾師」
ジェードの言葉に私はうなずく。
一通り話終えた私たちは腰かけていた石から立ち上がり、馬車に向かって歩き出した。
その後も馬車を走らせて、途中、馬車で一泊。
次の日の夕方にはスピカの森の近くの村、ケフェウス、に着くことができた。
「ここからは馬車は使えないから徒歩になるけど、とりあえず今夜はここで一泊だな」
ジェードの言葉にうなずき、事前にマダムに教えてもらっておいた村に一軒だけという宿屋に向かう。
ケフェウスは村としては小さいけれど、スピカの森に王国唯一の石板職人がいることで宝飾師が訪れることが多く、宿屋もすぐに部屋をとることができた。
「ふぅ~」
部屋に入ると、思わずベッドに倒れ込む。
慣れない馬車の旅で体はバキバキだし、いくら良く知っているジェードとはいえ、四六時中、誰かと一緒にいるというのはやっぱり気を使う。
「ちょっとだけ」
やっと一人になれたことと、一日ぶりの柔らかなベッドに、あっという間に睡魔がおとずれる。
一時間後に夕ごはんを食べに行く約束をして、ジェードと部屋の入口で別れたのだけれど、荷物の整理もそこそこに、少し仮眠をとることにした。
ドンドン、ドンドン
「おい、ホタル。寝ているのか?」
ドアを叩く音とジェードの声でベッドから飛び起きる。
しまった。完全に寝過ごしてしまったらしい。
「ごめん! すぐ準備するからちょっと待って!」
「ロビーで待っているから、慌てなくていいぞ」
慌ててドアの向こうに告げる私に、ジェードが苦笑いをして答える。
いや、ドアの向こうだから顔は見えないけれど、あれは絶対笑っている声だ。
いい歳して恥ずかしい……
取り急ぎ見苦しくない程度に身なりを整えて、急いでジェードの待つロビーに向かう。
これまた村に一軒だけの食堂で夕ごはんを済ませ、翌日に備えて早めに休むことにする。
翌朝、まだ早い時間にスピカの森へと出発する。
ジェードの言葉のとおり、森の中は馬車が使えないので、馬車は宿屋に預かってもらうことにした。
森の中といってもたずねる人が多いので道もきちんと整備されていて、お昼を過ぎた頃には目的の石板職人の製作所に辿り着くことができたのだが。
「ここ?」
「たぶんな」
製作所についた私とジェードは予想外の光景におもわず顔を見合わせてしまった。
森の中の製作所、しかも、王国でただ一人の石板職人、と聞いていたので、もっと小ぢんまりとしたログハウスみたいな場所を想像していたのだけれど、目の前にあるのはまぁまぁの大きさの建物だった。
鬱蒼と茂る森の中に忽然と現れたそれは、建物こそ木製だが、元の世界でいうところの小学校の体育館くらいの大きさがあった。
窓が開いているので、建物の中が見えるのだけれど、中では十人ちょっとの人が白い石板をせっせと作っている。
「石板職人って一人じゃなかったの?」
思わず聞く私にジェードも首を振る。
「わからん。俺に聞くなよ」
確かにそれはそうだ。
「宝飾師の方ですか?」
建物から一人の少年がでてくると、慣れた様子で私たちに声を掛けてくる。
「あっ、はい。タキの町の宝飾師オパールの弟子のホタルです。こっちは一緒にきてくれたジェードです」
慌てて自己紹介する私たちを見て、少年が目を見開く。
「おや、とうとうお弟子さんをとられたんですね。初めて石板をお作りになるんですよね?」
「あっ、もしかしてあなたがパパラさんですか? 失礼しました。マダムから手紙を預かってまして……」
そう言って、鞄をがざごそと探り出した私を少年が苦笑しながら止める。
「パパラは作業場にいますので、ご案内しますね。さぁ、どうぞ」
「えっ? あっ、はい」
そう言って歩き出した少年の後を慌ててついて行く。
「いくらなんでも、あの子はないだろ?」
そんな私にだけ聞こえるようにジェードが呆れた声で呟く。
「だったら早く言ってよぉ」
私もジェードにだけ聞こえるように小声で言い返すと、製作所の中へと入っていく少年を見失わないように、私たちも歩き始めた。
どうも幼い印象がぬぐえないホタルですが、いっても三十歳。
いろいろ考えるお年頃です。




