手作業もいいけどね
「おぉ、見事っすね」
話はレナにバングルを渡しに行く少し前に遡る。
マダムのお陰ですっかり睡眠不足が解消した私は、夕方、リシア君の店に足を運んでいた。
もうお店終わっているかな、とは思ったのだけれど、リシア君にも早く完成したバングルを見てもらいたかったから。
ついてみると、ちょうどお店を閉めるところで、やっぱり遅かったか、と私は踵を返そうとする。
「あれ? ホタルさん、どうしたんすか?」
そんな私にリシア君が声を掛けて……って同じような光景、少し前にあったような。
「あっ、うん。バングルが完成したから見せようかなと思ったんだけど、やっぱり遅かったね。また今度来るね」
「いやいや、なんで帰るんすか。……って、前にもこんなやり取りしたっすね。あの時は朝でしたけど」
「あっ……」
思い出して、思わず顔が赤くなる。
カイヤナイトのイヤーカフをお願いしたあの時だ。
あぁ、本当に私って学習してない。
「店閉めちゃうんで、ちょっと中で待っていてください」
「あっ、でも邪魔じゃ……」
「大丈夫っすよ。それにバングル見たいっす」
「それじゃ、お邪魔します」
「だから、なんで敬語?」
おずおずとお店に入る私にリシア君が苦笑する。
で、話は最初に戻るのだけれど、バングルを見せるとリシア君は驚きの声を上げる。
「触っても大丈夫っすか?」
そうたずねるリシア君に、もちろん、とうなずく。
「あの道具でこんな風に彫れるんすね。あぁ、あれはこの模様のためだったんすか。あっ、この模様を彫るなら、もうちょっと細い方が良かったかも」
ぶつぶつと呟きながら、リシア君はバングルをいろいろな角度から眺める。
その姿が楽しそうで、リシア君にタガネをお願いしてよかったなぁ、となんだか私まで嬉しくなってしまう。
「ありがとうございます。……って、なんで笑ってるんすか?」
「えっ? あっ、ごめん。リシア君にタガネをお願いしてよかったなぁ、って思って」
「へっ?」
キョトンとした顔をするリシア君に慌てて手を振る。
「あぁ、気にしないで。こっちの話」
「……? それにしても、これ全部、ホタルさんが手で彫ったんすよね? 魔力なしとか、本当にすごいっす!」
バングルを私に返しながら、リシア君が驚きの声を上げる。
「そうなんだよねぇ」
素直な感想だとわかっているのだけれど、その言葉に少し落ち込んでしまう。
そうなのだ。
私が創ると二週間かかるこのバングルも宝飾合成を使えば一瞬でできてしまう。
実際、アンダさんはもっと精緻な模様のものを一瞬で創り上げていた。
「あっ、俺、なんか悪いこと言いました?」
慌てるリシア君に私は首を振る。
「ううん。全然そんなことないよ。ただ、宝飾合成ができたら、すぐに創れるのになぁ、と思ってさ」
「それは……」
二人の間に気まずい雰囲気が流れてしまい、慌てて私は話を変える。
「そう言えば、この世界の人ってみんな魔力があるんだよね? リシア君は何ができるの?」
「えっ、俺っすか?」
「うん、炎がでたり、水がでたり、空飛べたりとか?」
「あの、俺、手品師じゃないっすよ」
私の言葉にリシア君が呆れたように笑う。
えっ? 違うの?
「炎を出す人も、水を出す人も、空を飛ぶ人もいるっすけど、普通はできるのはどれか一つっす。そんなにいろいろな属性の魔法を使う人なんて、王国お抱えの魔法使いでもなきゃ無理っすよ」
「そうなんだ」
「ホタルさん、この世界の人間をなんだと思ってるんすか」
少しがっかりする私を見て、リシア君は苦笑いする。
「で? リシア君は? 飛ぶ? 飛んだりする?」
「飛ばないっす。飛べるなら道具屋やってませんよ。……俺のは地味っすよ」
気を取り直して詰めよる私にリシア君は笑って否定した後で、少し言いずらそうな顔をする。
その様子に首を傾げる私を見て、ふぅ、とため息をついてリシア君は言葉を続ける。
「俺の能力は金属や木の声をきくことっす」
「えぇ~」
驚きの声を上げる私に、地味でしょ、とリシア君はふてくされる。
「地味なんかじゃないよ! すごい! じゃあ、金属や木がどうなりたいかとかわかるってこと?」
「えっ? まぁ、わかるっすよ」
「噓! じゃあ、金属の、もうこれ以上曲がらないよ、とか、それ以上削られたら折れるよ、とかも? 聞こえるの?」
「そうっすね」
矢継ぎ早に質問する私に、リシア君は若干引き気味に答える。
「すごいじゃん! リシア君、道具屋が天職なんだね! え~、宝飾合成の力はもちろん欲しいけど、私もその能力欲しい! アクセサリーを直す時、いつも折れちゃわないかドキドキなんだよ。今回のバングルだって、どこでパキッといっちゃうかヒヤヒヤだったし」
いいな~、修理屋にも欲しい能力だよ、と一頻り羨ましがった後で、ふと黙り込んでいるリシア君に気づき、冷や汗が流れる。
しまった。年甲斐もなくはしゃいで、また、イタイおばさんって思われる!
「あっ、えっと……」
なんとか取りつくろおうと口を開くが、上手い言い訳が見つからない。
「ホタルさんって……」
うわ~、待って、言わないで。
自分でわかっているのと、他人にはっきり言われるのは、別なの。
「なんで、いつも俺の欲しい言葉を言ってくれるんすかね」
「へっ?」
咄嗟に耳をふさごうとして、聞こえてきた予想外の言葉に変な声がでてしまう。
「ずっと嫌だったんす。この能力。確かに道具屋としては便利だけど、地味だし、なんなら見えないし。それこそ、炎とか水とかだせる友達がずっと羨ましかった」
「そんな。地味なんかじゃないよ。すごいよ」
そう言うリシア君が悲しそうで、私が思わず力を込めてリシア君に言うと。
「うん、ホタルさんがそう言ってくれて、なんだか良い能力に思えた」
リシア君はいつもの笑顔でそう言ってくれたから、私はホッとした。
折角の能力を嫌いになってしまうなんて、勿体ない。
……急なタメ口にホッとする以外の何かを感じた気がしたけれど、それは無視した。
どうせ無自覚なんだろうしね。全く、困ったものだよ。
「ホタルさんのバングルもいいと思うっすよ。時間がかかった分、想いも籠っている感じがするっす」
ホラ、もう元に戻ってる。っていうか、気付いてもいないんだろうな。
「ありがとう」
「それに、ホタルさんが宝飾合成できるようになったら、俺の道具もいらなくなっちゃいますしね」
お礼を言う私にリシア君がおどけたように言葉を続ける。
「それはないよ。宝飾合成ができるようなっても、修理はできないし。修理屋の仕事は辞める気はないから、リシア君の道具はずっと必要だよ」
冗談だとわかっていたのだけれど、つい言い返してしまった私にリシア君は一瞬変な顔をした後で、嬉しいっす、と笑った。
あれ? こんなこと前にもあったような?
でも、目の前のリシア君はいつもどおりだし、何より気づいたら結構な時間が過ぎてしまっていて、私は慌ててお店を後にした。
第五章はこれで終わりです。次の章ではとうとうホタルが宝飾合成をできるようになる……かも。
少しでも続きが気になったりしたら、評価や感想をいただけるとすごく嬉しいです。
<プレナイト>
別名を葡萄石といいます。といっても紫ではなく緑なのでマスカットですね。
葡萄の実のような結晶になりますが、アクセサリーのプレナイトも艶々で瑞々しくて、まさにマスカットな感じの可愛らしい石です。
でも、可愛らしい見た目にも関わらず、本当に必要なものを教えてくれる石、というなかなかシビアな面も持つ石です。




