プレナイトのバングル
「ホタルさん、できたっす」
予定よりも少し早めにリシア君がタガネを持ってきてくれたのが、ちょうど二週間前のこと。
今回もリシア君の作る道具のクオリティはさすがで、その上、タガネに合わせて丁度いい大きさの金槌まで用意してくれた。
「できた~」
作業場で私は一人で万歳をした。
仕事が終わると作業場に籠り、毎夜コツコツ彫り続け、やっとバングルが完成した。
何度かマダムに、うちはいつからキツツキを飼い始めたんだ、と文句も言われたが、これならきっと合格点をもらえるはず。
ふと、作業場に置かれた時計を見ると、そろそろ開店準備をしないといけない時間だ。
バングルを彫り始めてから、作業しているうちに夜が明けてしまうこともザラだったので、たいして驚きもせず作業場をでる。
それより、早くマダムにバングルを見てもらいたい。
「マダム! できました!」
「ホタル、また徹夜したのかい? とりあえずバングルは後だ。まずは朝ごはんをお食べ」
マダムに呆れ顔で言われ、私は渋々朝ごはんの席に着く。
出されたトーストに齧りつきながらも、早くバングルを見てもらいたくて落ち着かない。
「ふぅ」
そんな私に諦めたのか、ため息をついて、マダムが手をだす。
「わかったよ。バングルを見せてご覧」
その言葉に、私は弾かれたようにバングルをマダムに差し出す。
「ふ~ん」
くるくると回しながらバングルをいろいろな角度から眺めるマダムをじっと見つめる。
「悪くないじゃないか。ヤマボウシとは考えたね」
そう言って、マダムはバングルを丁寧にアクセサリーケースにしまって私に返す。
「本当ですか?」
「あぁ、模様を彫るなんていうから、どうなることかと思ったが、石の瑞々しさを損ねない、いいデザインだ。ホタルらしい、いいアクセサリーになったね」
マダムの言葉にホッと胸をなでおろす。
もちろん、自分なりに自信のあるものを作ったつもりだけれど、やっぱりマダムに合格点をもらえると安心する。
「あの、できれば今日……」
「駄目だよ」
最後まで言い切る前にマダムにピシリと言われて、私は項垂れる。
出来れは今すぐレナに見せたかったのだけれど。
「ホタル、あんた忘れてないかい? 我儘娘とは言え、腐っても領主様の娘だ。いきなり押しかけて会えるわけないだろう」
「あっ……」
呆れたように言うマダムの言葉にハッとする。
そうだ。レナなんて気軽に呼んでいるから忘れていたけれど、領主様のお嬢様だった。
それにしても、腐ってもって、マダム……
「バングルのことはセレスタにでも言っておいてやるよ。それより……」
そう言うとマダムは眉間に皺を寄せて私を睨む。
「今日は休みをやるから、朝ごはんを食べたら、さっさと風呂に入って寝るんだよ」
「えっ……」
「全く、どうせバングルが出来上がるまでは言っても聞かないだろうと思って黙っていたけれど、一体、何日徹夜したんだい? ひどい顔だよ。いい歳してみっともない」
「すみま……あっ、ありがとうございます」
ジロリと睨むマダムに、慌てて、すみません、の言葉を飲み込む。
「明日からはちゃんと働いてもらうからね」
「はい」
マダムの言葉に甘えて、部屋に戻りベッドに入ると、あっという間に私は眠りについた。
目が覚めたのは、その日の夕方近く。
泥のように眠るってまさにこのことだな、と屋根裏の窓から夕陽を眺めて、一人で感動してしまった。
レナに会えたのはそれから更に一週間後。
さすが領主様のお嬢様。これでもマダムの口添えと、レナ自身が会いたいと言ってくれたお陰で随分早く取れた方だというから驚きだ。
「レナ様、宝飾師ホタル様がいらっしゃいました」
レナの部屋の前で、お付きのメイドさんが部屋の中のレナに声を掛ける。
本来なら以前に領主様にお会いしたような謁見の間でお会いするものらしく、部屋にいれてもらえるのも特別なんだそうだ。
「入りなさい」
中から聞こえてくる取り澄ましたレナの声に思わず吹き出しそうになるが、隣のメイドさんに睨まれて慌てて真面目な顔をする。
「失礼いたします」
メイドさんは扉を開けると、事前に言われていたのだろう、私だけを部屋に通し、自分は扉を閉めて去っていく。
「久しぶりね! 元気だった?」
「レナこそ。元気そうで安心した」
久しぶりに会うレナはやっぱり綺麗で、失恋の痛手からもすっかり立ち直っているようで私はひそかにホッとする。
「当たり前でしょ。私を誰だと思っているの?」
はいはい、そうでしたね。
「それにしても今日はどうしたの? セレスタにいくら聞いても、会えばわかる、ってはぐらかされるばかりで、何も教えてくれなかったんだけど。全く、私を誰だと思っているのかしら」
そう言って頬を膨らませるレナは、まるでプンプンという効果音が聞こえてきそうで、思わず吹き出してしまう。
「ちょっと、ホタルまで! さっさと要件を言いなさいよ!」
さらに機嫌の悪くなるレナに、私は慌ててアクセサリーケースを差し出す。
「これは?」
「いいから開けてみて」
不思議そうな顔をするレナに早く開けるよう促す。
「……」
「どう?」
そっとアクセサリーケースを開けて、息を飲むレナに恐る恐る声を掛ける。
いつもこの瞬間はマダムに見せる時以上に緊張する。
「すごい綺麗! どうしたのこれ?」
「いいから、つけて、つけて!」
そう言って、アクセサリーケースからバングルを取り出すと、レナの手にはめてみる。
「うん。よかった。やっぱり似合う」
予想していたとおり、瑞々しいプレナイトはレナの翠色の目そっくりだ。
ベースにヤマボウシの模様を施したバングルは、派手過ぎず、レナの白い肌によく映えている。
「ちょっと、教えてよ。マダムが創ってくれたの?」
「うん。マダムがレナにって。ベースの部分の模様は私が彫ったんだよ」
「彫った? ホタルが? 手で金を?」
「うん。アンダさんみたいに宝飾合成でパパッと作れないから、結構時間かかっちゃった」
「噓でしょ」
苦笑いしながら言う私を見て、レナは手元のバングルを見て目を見開く。
「気に入った?」
「当たり前でしょ! 絶対、大切にする」
少し涙ぐんで、でもしっかりとそう言ってくれたレナを見て、作って良かったなぁ、としみじみ思った。
ヤマボウシの理由は、言うのは野暮かなぁ、と思って黙っておくことにした。
その後は時間の許す限り、レナといろいろおしゃべりをした。
とは言え、忙しい身だ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
そろそろ帰らなければと席を立つ私にレナが思いがけない言葉を告げる。
「今度からは約束はいらないわ。いつでも来なさい」
「えっ?」
驚く私にレナはバングルに彫られた模様を指し示す。
「友達は、わざわざ謁見の約束を取ったりしないものよ」
「レナ、気付いていたの?」
驚く私を見て、レナが心外だと言いたげな顔をする。
「当たり前でしょ。自分の家の庭にある植物を私が知らないとでも?」
「すぐに来るのよ。わかったわね」
偉そうに言うレナの耳は微かに赤くて。
私は、また来る、と約束して、レナの部屋を後にした。




