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お庭でスケッチ

「こんにちは。今日は植物の絵を描かせて欲しくてきました」

マダムの店の休みの日を使って、早速、領主様のお庭に来ていた私は、いつもどおり声をかけて芝生に腰を下ろす。


 今日もいい天気。

キラキラとした日差しは強いものの風はまだ涼しくて、絶好のデッサン日和だ。

もうすぐ夏だなぁ、なんて、のんびり考えながら、あたりを見回す。


「いらっしゃい。絵を描きたいなど珍しい。どうしたんじゃ?」

声のする方に目を向けると、そこにはいつもどおり深緑の優しい目をしたノームさんが立っていた。


「この前わけてもらった葡萄でマダムが創ってくれたバングルに模様を彫りたいんです。模様のアイディアが欲しくて」

そう言ってバングルを見せるとノームさんが、綺麗な石じゃな、と目を細める。


「はい、マダムがレナにって」

「なるほど、確かにお嬢様の目にそっくりじゃ。さすがオパール様。じゃが、確かにお嬢様がするにはちとシンプルじゃな」

ノームさんの言葉に私はうなずく。

「はい、なので、金の部分に模様を彫るといいかな、って」

「で、植物の絵を描きたいと」

「はい。いいですか?」

そういう私にノームさんは腕を組み考え込む。


「あっ、もちろん、植物を傷つけるようなことはしません!」

ノームさんの様子を見て、慌てて付け加える。

と、ノームさんが私を見て、腕を解き、笑って答える。


「もちろん、そこは心配しておらんよ。ただ、今日はちょっと忙しくてな。ホタルを案内してやることができないんじゃ」

「ノームさんさえよければ、私、一人で勝手にデッサンして帰ります。入っちゃいけない場所とかあれば教えてくれれば入りませんし」

私の言葉にノームさんがすまなそうな顔をする。


「せっかく来てくれたのに申し訳ない。そうしてもらえると助かる。入ってはいけない場所はないから大丈夫じゃよ」

「そんな、私の方こそ、忙しい時に来てしまってすみません。助かります」

「それじゃ、我は行くが、道に迷ったり、何か困ったことがあったら呼ぶんじゃぞ」

そう言うとノームさんはお庭のどこかへと姿を消してしまった。


「よし! まずは葡萄からかな」

私も早速、この前連れて行ってもらった果樹園を目指して歩き出す。


「おぉ~」

芝生の綺麗なお庭を抜けて、森に入り、歩くこと十分ちょっと。

果樹園に辿り着いた私はその光景に歓声を上げる。

一度来てはいるものの、様々な木々が立ち並ぶ光景は圧巻だ。

どの木もおいしそうな果実がたわわに実っていて、丁寧に世話されていることがうかがえる。


 ここだけではない。草原にもたくさんの花が咲き乱れているし、森の木もみんな元気だ。

これをノームさん一人で管理しているというのだから、森の精霊というのは本当にすごい。


 葡萄棚を見つけ、デッサンに取り掛かる。

時々バングルを取り出しては、葡萄棚と見比べてデザインを考えてみる。

蔓も葉も緑が綺麗で、予想したとおりデザインを思い浮かべてもしっくりくる。


「でも、違うんだよなぁ」

確かにしっくりくるのだけれど、無難、という言葉しか思い浮かばない。


「よし! 次行ってみよう!」

私は葡萄のデッサンもそこそこに他の木々も描き始める。

これだけたくさんの植物があるんだ。

私は時間の許す限り、次から次へとスケッチブックに絵を描き始めた。


「ホタル、お迎えじゃぞ」

急に響いた声にびっくりして顔を上げると、そこにはノームさんに連れられたジェードが憮然とした顔で立っていた。


「えっ? ジェード、どうしたの?」

「えっ? じゃないだろう。何時だと思っているんだ。マダムからホタルが帰ってこないと連絡があって、迎えにきてやったんだぞ」

「噓?」

ジェードの言葉に周りを見渡すと、遠くに夕日が見える。

本当に丸一日、デッサンしていたらしい。


「どこかで声を掛けようと思ってはいたんじゃが、ホタルがあまりに集中しておるから、つい掛けそびれてしまった。すまないな」

そう言うノームさんに私は慌てて首を振る。

「私の方こそ、こんなに遅くまでお邪魔しちゃってすみません」


「良い物は見つかったかな?」

「はい。どの植物も元気で綺麗で、時間を忘れて描いちゃいました。どれにするか選ぶのが大変そうです」

スケッチブックを見せるとノームさんが嬉しそうに笑う。

「本当にたくさん描いたな。どれも良く描けておる。植物たちも喜ぶじゃろう」


「時間を忘れ過ぎだ。急がないと最終の乗合馬車が行ってしまうぞ」

呆れたように言うジェードの言葉に私は慌てて帰り支度を始める。


「おや、ジェード殿。今日はご自身の馬ではないのかい?」

「あっ、はい。たまには乗合馬車もいいかと」

本当だ。ジェードが乗合馬車なんて珍しい。


「ほら、早くしろ。置いていくぞ」

手の止まっている私を見て、ジェードが急かす。

わかってますって。急ぎますよ。


「今日はありがとうございました」

ノームさんにお礼を言ってお庭を後にする。

乗合馬車の停留所に着くと、ちょうど最終の馬車がでるところで、二人で慌てて馬車に乗り込んだ。


「間に合ってよかった~」

「全くだ。俺が迎えにきてなければどうなっていたか。領主様のお庭で野宿なんて前代未聞だぞ」

「はい。気を付けます……」

乗合馬車に揺られながらジェードのお小言にうなだれる。


「ところで、どんな植物を描いてきたんだ?」

ジェードに言われてスケッチブックを取り出し、二人で並んで見る。

「へぇ、上手いもんだな」

「でしょ。あのね……」


 私はスケッチブックのページをめくりながら、ジェードに一つ一つ説明していく。

果樹園の葡萄や、桃、さくらんぼはもちろん、草原や森にあったアカツメクサやカタバミ、リコリス、マツヨイグサや、カンパニュラ、ハンカチノキなどなど。

スケッチブックはお庭の植物に溢れていた。


「随分描いたんだな。そりゃ、日も暮れるはずだ」

「うん。自分でもちょっとびっくり」

呆れとも、驚きともとれるような声を上げるジェードに私もうなずく。

これは、どれにするか悩みそうだ。


「こんな木、お庭にあったか?」

スケッチブックを指し示し、ジェードが首を傾げる。


「あぁ、これ。森の中に一本だけぽつんとあったから気づかなかったのかもね。ヤマボウシっていうんだよ」

「これ、なんかいいな」

「そう?」

そう言われて、私もスケッチブックを改めてのぞき込む。


 バングルを取り出し、スケッチブックのヤマボウシと並べてみる。

プレナイトを中心に、ヤマボウシの花と葉を上手く組み合わせて、と、デザインを思い浮かべながら、ふとあることに気が付く。


「うん、いいかもしれない」

「だろ?」

私の言葉にジェードが得意そうな顔をする。


「うん、それに」

「それに?」

聞き返すジェードに私はさっき気が付いたことを口にする。


「ヤマボウシの花言葉は、友情、なんだ」

「それは、もう決まりじゃないか」

「うん、だよね」

二人でスケッチブックとバングルを覗き込みながら、顔を見合わせて思わずにっこりとしてしまった。

うん、デザインはヤマボウシで決まりだ。

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