真夜中のヒソヒソ話
「ホタルは好きな人っている?」
その言葉がレナの口からでてきたのは、真夜中のことだった。
恐らく初めてであろう失恋に泣くレナを見て、今夜は寝ないでしゃべり倒そうと決めた王都での夜。
アンダさんへの泣き言も、文句も、これでもかと言うほど言いつくした頃、急にレナが言い出しだのだ。
「はい?」
一瞬言葉の意味がわからなくて、キョトンとしてしまう。
そんな私を見て、じれったそうな顔でレナがもう一度言う。
「だから、好きな人。ホタルはいないの?」
好きな人? えっ? 私に?
やっとレナの言葉を理解した私は、悪いけれど思わず吹き出してしまった。
「いるわけないでしょ。何、言ってんの」
「隠すことないじゃない。言いなさいよ」
そんな私の態度が気に入らなかったのか、不機嫌そうな顔でレナが問い詰める。
隠しているわけじゃないんだけれどなぁ……
「隠してないわよ。本当にいないって」
「ずるい! 私だけなんてずるい! 白状しなさいよ~」
苦笑いして答えるとレナが更にグイグイ迫ってくる。
物理的にも迫ってくるので、背中にソファの手すりがぶつかって少し痛い。
「なんなのよ。どうせホタルも私が領主の娘だから付き合ってくれているのよね。そうよね。私になんて話してくれないわよね」
私にのしかかるような体制のまま、レナが急にどんよりしだす。
どうした? おいおい、飲んでいるのはお酒じゃないよね?
まさかのレモネードで絡み酒?
「う~ん、修理屋の仕事に手一杯で考えたことなかったわ」
のしかかったままのレナに苦笑しながら答える。
本当に、異世界なんかに来てしまって、それどころじゃなかったしねぇ。
「駄目よ! ホタル、若さは永遠ではないのよ!」
急に元気になったレナが更に私に詰め寄ってくる。
だから、背中にソファの手すりが当たって痛いのよ。っていうか、若さって。
「レナ、私、三十歳だよ。さすがに若さはもう無いわ」
苦笑して……って、私、さっきから苦笑しかしてないのじゃないかしら。
そう思いながら、そっとレナを押し返す。
そろそろ背中が限界です。
「……」
綺麗な翠色の目がこれでもかと言うほど大きく見開かれている。
唖然としているレナを見て、私は瞬時に理解する。
あぁ、このパターンね。
「レナ、驚いているところ悪いけれど、三十歳なのは本当よ」
そう言って、やっとレナから解放された私はレモネードを一口飲む。
ついでに、淡いピンク色のマシュマロも一口。
あっ、意外。苺ではなくグレープフルーツ味だ。
「えぇ~!」
たっぷり一分は続いた沈黙の後で、レナが絶叫する。
おいおい、深夜だよ。少しは静かにした方が。そう思って、レナに落ち着くように言おうと思ったら。
「噓でしょ! ホタルが三十歳? どう見たって二十歳そこそこでしょ! どんな魔法使っているのよ!」
再度詰め寄ってきたレナが私の頬を引っ張る。
「痛い、痛い! こら! やめなさい」
慌ててレナの手をはがして、どうどう、と落ち着かせる。
「どうどうって馬じゃないんだから。それにしてもびっくりした。年上だろうとは思ったけれど、三十歳とはね」
なんとか落ち着いてくれてレナはレモネードを飲みながら、そう呟く。
「でも、三十歳ならそれこそ恋愛なんてたくさん……ごめん」
「おい、なんで謝った?」
言いかけて、なぜか急に謝ったレナを思わず睨みつける。
「そんなことより、三十歳でしょ。それこそ、誰かいないの? ほら、ジェードとか?」
「ジェード? ないない」
そんなこと、じゃないだろ! と思いつつ、でてきた人物が予想外過ぎてびっくりしてしまう。
いくらなんでも近場すぎるでしょ。ジェードが可哀想だ。
「えっ? ホタル、気付いてないの?」
そんな私をレナがびっくりした顔で見つめるけれど、一体何の話だ?
「噓でしょ。だって、あの時……って、まぁ、いいか」
「何? よくないって。言ってよ」
今度は私がレナに詰め寄るけれど、レナはニヤニヤするだけで何も言わない。
「ちょっと、レナ。あんた、年上にその態度はないでしょ」
「年は関係ないでしょ。あ~あ、ホタルって見た目もだけど、中身もお子様なのね」
ニヤニヤしたまま、聞き捨てならない台詞をこぼすレナに私は更に詰め寄る。
「ちょっと痛いわよ。離れなさいって。……ふふっ」
さっきまで私だって痛かったんだ、と言い返そうとしたら、急にレナが笑い出した。
「何よ」
思わず追及の手を止めて聞くと、レナが急に真面目な顔をして言った。
「なんだか。本当に友達ができたみたいで嬉しい」
「レナ……」
「どう見ても同世代にしか見えないしね~」
「なんだと! 年上を敬え!」
「無理で~す」
そう言ってニヤリとして私を見るレナに私は再度飛び掛かった。
こうして王都の夜は更けていった。




