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アンダの宝飾店

「おぉ~」

アンダさんが用意してくれたのは、いわゆるアフタヌーンティー。

三段重ねのティースタンドにはプチケーキやスコーン、サンドイッチが並んでいる。

そして、用意された香り高い紅茶はおそらくアールグレイ。

マダムの家でも紅茶は良く飲むけれど、フレーバードの紅茶は見たことがない。


「不思議な香りの紅茶ですね」

紅茶を一口飲んだセレスタがアンダさんにたずねると、待ってましたとばかりにアンダさんの説明が始まる。

「よくお気づきで。これは旅の途中で行商人にわけてもらったもので、紅茶に柑橘系の香りをつけているんです。もともと香り高い紅茶に更に香りをつけるなんてと言う意見もありますが、どうですか? 紅茶の風味を損ねていないでしょ?」

「確かに不思議な香りだな」

ジェードも紅茶に口をつけて声を上げる。

私も一口飲んでうなずく。うん、アールグレイだ。


「さぁ、お嬢様もどうぞ。……っと、先にお話しをうかがいましょうか」

レナにも紅茶を勧めかけたアンダさんは、その様子を見て言葉を飲み込む。

「お嬢様、なぜわざわざ王都までいらしたんですか?」

アンダさんに促され、レナはここに来た事情をなんとか話し始めた。


「……そうでしたか。それは、わざわざありがとうございます」

レナの説明を聞いたアンダさんはそう言って、さりげなくレナの手をとる。

そんなことをされてレナは茹蛸状態だ。


 レナが説明をしている間だってそうだ。

念願のアンダさんに会えたことで完全に舞い上がってしまって、支離滅裂なレナの説明を遮ることもなく、アンダさんはただひたすら笑顔でうなずいていた。


 すごい。外見も中身もイケメンだ。

でも、なんか芝居がかっていて、私はいまいちかなぁ。

なんて、ぼんやり考えていたら……


「で、バングルは直せるんでしょうか?」

そう言ってジェードが軽くアンダさんを睨みつける。

……なんか、ジェード最近機嫌悪くない? リシア君の店に行った時も愛想悪かったし、何かあったのかなぁ。


「お嬢様、バングルを拝見させていただいてもよろしいですか?」

そんなジェードの睨みを華麗にスルーして、アンダさんがレナに手を伸ばす。

……ジェードのあの視線を無視するなんて、この人、案外図太いのかも。


「これは、ケツァールの尾羽で創ったバングルですね」

「えぇ、えぇ、そうなんです。アンダ様が我が家にいらしたときに、私の目のように……」

食い気味に答えるレナの言葉を無視してアンダさんは言葉を続けた。


「タキの町の領主様のところにうかがった時に、一緒にいた行商人からちょうど分けてもらったものだったんです。でも残念ですが、ケツァールの尾羽のアクセサリーは人気があって、もう尾羽の在庫がないんですよ」

「えっ、他にも創ったんですか?」

アンダさんの言葉に私は思わず声を上げた。

だって、レナに出会いの記念にって言って創ったんでしょ? 一点モノじゃないの? 他にも創っていたってどうなのよ。


 そんな私の言葉をどう勘違いしたのか。

「えぇ。ケツァールの尾羽のアクセサリーはどれも綺麗な緑で、創る端から売れていってしまうような状況で。バングルもいくつか創ったのですが、先ほど最後の一つが売れてしまったんですよ」

アンダさんは言うに事欠いて、バングルも複数あったことを暴露してくれた。

隣で真っ青な顔をしているレナには気付きもせずに。


「……! お嬢様、そんな顔をなさらないでください。……そうだ! まだお時間は大丈夫ですか?」

違った。レナの顔色には気付いていたみたい。

さすがイケメン。気遣いはバッチリなのね。


「えっ、えぇ、少しでしたら」

バングルのショックから立ち直れないレナは青い顔のままアンダさんの言葉にうなずく。


「では、さぁ、こちらへ」

そんなレナの手を取り、アンダさんはレナを別の部屋へと連れて行く。

私たちも慌てて後に続いたけれど……


「ここは……」

案内されたのは作業場だった。

マダムの店にあるそれと同じように壁には保存瓶に保管された素材が、そして部屋の一面には作業台が置かれている。

違っていたのは保存瓶に保管されているのが植物ではなく、鳥の羽根なことと、石板が空色なこと、そして、マダムの店の数倍は豪華だった、


「さぁ、お嬢様。少しお待ちください」

アンダさんは壁の保存瓶の一つから紅色の羽根を取り出し、作業台に向かう。

そして、羽根に両手をかざすと、羽根が真っ白な光に包まれる。

光は目を伏せたアンダさんの顔も照らし、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 やがて光がおさまると……そこには真っ赤な石の輝く、金のバングルが創り出されていた。

真っ赤な石はおそらくルビーだ。

金の部分は精緻な透かし模様になっていて、エメラルドのバングルよりも華奢な印象だ。


「これは……」

驚くレナの顔を見て、満足そうな顔をすると、アンダさんはルビーのバングルを持ってレナの前にひざまずいた。


「お嬢様、フラミンゴの羽根のバングルです。貴方のバラ色の唇そっくりのこちらをどうぞ」

そう言って、レナの手にあったエメラルドのバングルをそっと取り上げ、代わりにルビーのバングルを置く。


「フラミンゴは南国に住むと言われている全身紅色の鳥なんです。残念ながらケツァールはもうありませんが、フラミンゴも同じくらい希少な鳥です。お嬢様のような高貴で愛らしい方にぴったりだ」

アンダさんはレナの返事を待たずに、ルビーのバングルを再び手にとり、レナの腕にはめて見せる。


「あの、そちらのバングルは?」

自分の腕にあるルビーのバングルには目もくれず、レナはアンダさんの手に残ったエメラルドのバングルを見つめ、震える声でたずねる。


「ご心配なく。壊れたバングルはこちらで処分しておきますよ」

今度こそ、そんなレナの様子に気付くこともなく、天使のような無垢なほほ笑みでアンダさんはそう言ってのけた。

その言葉にレナの大きな翠色の目が更に大きく見開かれる。


 おい! ちょっと待て!

レナの思い出のバングルなのになんてことを。

エメラルドのバングルが壊れたから、はい、次はルビーのバングルをどうぞって、そういう話じゃないでしょ。

しかも、そんな、あっさり処分って。

たとえ社交辞令だったとしても、一応、出会いの記念って言って創ったものでしょ!


「待て」

アンダさんに一言文句を言ってやろうと一歩踏み出した私をジェードが私にしか聞こえないくらい小さな声で止める。

何で止めるのよ! と、思わず、目だけで訴えていると。


「ありがとうございます」

レナの落ち着いた声が作業場に響き渡った。


「とても素敵なバングルですわ。お心遣いに感謝いたします」

そう言って、レナはこの上なく優雅にお辞儀をした。

その姿にアンダさんも立ち上がり、レナに負けないくらい優雅なお辞儀を返す。

「こちらこそ。わざわざ王都までたずねてきていただけるなぞ、一介の宝飾師には身に余る光栄です。ありがとうございます」


「アンダ様、お時間をいただきありがとうございました。またぜひタキの町にいらしてください。屋敷の者たちも貴方様のアクセサリーを気に入っておりますのよ」

レナ、どうしちゃったの?

急に態度の変わったレナに全然ついていけない。


「えぇ、ぜひ」

「では、今日は失礼いたします」

もう一度、レナはふわりとお辞儀をすると、そのまま部屋を後にした。

ルビーのバングルには目もくれず。


 そのまま、私たちは誰も何も言わずに馬車に戻った。

セレスタだけは、宿屋に行って部屋を用意させておくと、先に馬で行ってしまった。


 宿屋に向かう馬車の中、レナは一言も口をきかず、ずっと窓の外を眺めていた。

私もどう声を掛ければいいのかわからず、結局、宿屋に着くまで、誰も何も話すことはなかった。

章のタイトルを「翠色のバングル」から「エメラルドのバングル」に変更しました。

王都から帰った後の話もまとめて一つの章にするつもりだったのですが、少し長くなりそうなので、二つに分けようと思います。

王都から帰ってからも、ホタルにはもう少し頑張ってもらおうと思います。

引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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