何度直しても壊れる理由②
「ちょっと、何とか言いなさいよ」
私は目の前の少女を見つめて言葉を失った。
いつかのようにセレスタの馬に乗せてもらい、物凄いスピードで領主様のお城に向かう事、体感で一時間弱。
レナ様のこととか、領主様のこととか、聞きたかったのに、疾走する馬の上では口を開いた瞬間に舌を噛みそうで、何も聞けなかった。
というか、セレスタは何度か話かけてくれたんだけれど、馬から落とされないようにすることに必死で会話する余裕もなかった。
「おぉ」
辿り着いた領主様のお城は、おとぎ話にでてくるような、いかにもなお城で、思わず声がもれる。
と、その感動もそこそこに私はレナ様のお部屋の前に連行され、そしてそこで事件が起きた。
なんと、レナ様が、私だけしか部屋に入れない、とのたまったのだ。
えぇ~という私の抗議の声は、お付きの方たちの耳にはかすりもせず、セレスタとジェードには目をそらされ……
おい! あんた達、マダムの言葉を忘れたのか!
そんな私の心の叫びは誰にも届かず、たった一人でレナ様のお部屋に放り込まれることになってしまったのだ。
一人で放り込まれたお部屋は、さすが領主様のお嬢様のお部屋。
そこだけで、マダムの店が入ってしまうんじゃないかって言うくらい広かった。
恐る恐る周りに目をむけると、白を基調としながらも、木製の家具が柔らかい雰囲気を作っている。
シャンデリアは鈴蘭を模したもので、豪華すぎず、可憐な雰囲気が部屋によく合っていた。
ソファや、ベッドカバーなど、ところどころに小花を散らした生地が使われていて、女の子らしくも控えめでなかなかに好感の持てるものだった。
そして、そのソファーに横座りした少女に私は息を飲んだ。
勝気そうな目は吸い込まれそうな翠色。
透き通った陶器のような白い肌に、輝くばかりの金髪は緩くウェーブがかっている。
美形揃いのこの世界にあっても、レナ様の可愛らしさは別格だった。
まるで物語のお姫様か、妖精のような愛くるしさだ。
これならあの派手なバングルもさぞ似合う事だろう。
で、話は冒頭に戻る訳だが……
「へっ?」
目の前の少女のバラ色の唇が紡ぐ、その容貌には似つかわしくない蓮っ葉な言葉に、私は唖然とした。
「へっ? じゃないわよ。あんた馬鹿なの? 挨拶くらいしなさいよ」
「あっ、あぁ、マダムの店で修理屋をやっていますホタルと申します」
「知ってるわよ」
おい、何なんだこの子。
可愛さの勢いに負けて思わず挨拶してしまったけれど、よく考えたら、来てくれたお礼とかないわけ?
ムッとした私の顔をそれ以上に憮然とした表情で見つめながら、レナ様は顎でテーブルの上を指し示す。
そこには、先日、セレスタがお店に持ってきた歪んだバングルが置かれていた。
「それ、直しなさいよ。今まで直せたんだから、直せないわけないでしょ?」
何なのこの子。いくら領主様の娘だからって、ちょっと人を馬鹿にしすぎでしょ?
「お言葉ですが!」
急に大きな声を上げた私にレナ様がビクッとなる。
「このバングルはもう何度も修理しています。これ以上、修理したら金属の部分がもたずに割れてしまいます。前回が最後だときちんとお伝えしたはずですが!」
「本当に直せないの?」
私の言葉にレナ様が疑いの目を向ける。
「やってみせましょうか? 前回もギリギリだったんで、今やればポキッといきますよ」
そう言ってバングルに手を伸ばす私をレナ様が慌てて止める。
「ちょっと待って! う~ん。割れた方がお父様を説得しやすそうだけど、ここまではっきり言うなら……」
何事かをぶつぶつと呟きながら、レナ様は私とバングルを交互に眺める。
「どうするんですか? やりますよ」
ちょっと苛々していた私は、バングルに再び手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさいって! ったく、いい年して短気なんだから」
なんだと。ちょっと可愛いからってこの子は。
私のこめかみに青筋が立つ。
「ねぇ、あなた、口は堅い方?」
そんな私の様子を意に介さず、ソファから降りてレナ様がぐっと近づいてくる。
「えっ、あっ、多分」
近くで見るとやっぱり可愛い。
毛穴って何? と言いたげな陶器のような肌、近くでみるとまつ毛の長さが更に際立つ。
同性なのに苛々はどこかにいってしまい、むしろドキドキしてしまって、つい素直に返事をしてしまった。
「そう……お願い! お父様の前でこのバングルが直らないって説明して!」
至近距離で美人に手をパチンと合わせてお願いされてしまった。
これって本当にこの世界でもポピュラーな仕草なのね。
「えっ、なんで?」
思わずたずねた私にレナ様はすっと目を逸らす。
流れるようなウェーブを描く金髪からのぞく耳が赤い。と言うか、よく見たら真っ赤じゃん。
「まさか……」
「そうよ! 会いたいの! アンダ様に! 悪かったわね! 浅はかな女で!」
まだ何も言っていないのにレナ様が自爆した。
アンダさんって確かマダムが言っていた王都の宝飾師だよね? バングルの創り主。
レナ様の話をまとめるとこうだ。
数か月前、領主様のところに行商人の旅団がやってきたそうだ。
それ自体は珍しいことではなく、なんなら毎月、どこかしらの行商人たちがやってきているそうだ。
さすが領主様。
そして、その中にアンダさんがいた。
旅団に加わって行商をしながら、各地を回って宝飾合成の材料集めをしていると言っていたそうだ。
なるほど。土地が変われば珍しい素材も手に入るだろうしね。
ここまでは何の問題もない。
問題は、アンダさんが(レナ様曰く)ものすごいイケメンの宝飾師だったということだ。
アンダさんの作品は領主様の奥様を始め女中たちにも大人気だったそうだ。
そんな中、アンダさんは領主様のお嬢様であるレナ様にこう言ったのだと。
「あなたのように可憐で愛らしい方に初めてお会いしました。出会いの記念にどうか私の作品をプレゼントさせてください」
そして、その場でおもむろに素材を取り出し、宝飾合成をしたそうだ。
で、できあがったのが、あのバングルだと。
「げっ」
何、その気障な男。
話を聞きながら私は全身に鳥肌が立ってしまった。
でも、アンダさんの話をするレナ様の目は完全に恋する乙女のそれだ。
まぁ、わからんでもない。
宝飾合成はすごい。それを、イケメンが、君のためだけに、なんて言ってやったら、そりゃ落ちるわ。
まだ年も若くて、免疫も少ないお嬢様ならなおさらだろう。
「で、バングルが壊れれば、もう一度、アンダさんに会えるだろう、と?」
呆れたように聞く私にレナ様はそっぽを向いたまま、口を尖らせた。
「アンダ様! ……そうよ。それしか思いつかなかったのよ! 悪い?」
あっ、逆ギレしたよ。この子。
呆れつつ、でも、その真っすぐさが微笑ましくて、なんだか笑ってしまう。
「何、ニヤニヤしているのよ! お父様に言ってくれるの? くれないの?」
そんな私を見て、レナ様が頬を膨らませて睨みつける。
しまった。
口が悪くて、態度が大きくて、とても人に物を頼む態度とは思えないけれど。
おそらく初恋であろうこの恋を盛大にこじらせてしまっている。
そんな、生意気なお嬢様を、どうやら私は気に入ってしまったみたいだ。
あぁ、早くお店に帰ってマダムのお手伝いをしないといけないのに、なんだか、面倒ごとにどんどん巻き込まれてしまっている気がする。
でも、まぁ、仕方ないか。
私にできることが何かあるなら、少しくらいならしてもいいかな、って思ってしまったのだから。
「いいですよ。私でよければ」
自分の人の好さに我ながら呆れつつ、私はレナ様にそう答えた。
それが、まさかあんなことになるなんてね。