何度直しても壊れる理由①
「えっ、また?」
修理したバングルをセレスタに渡した数日後、セレスタがお店に持ってきたのは、まさかの修理したはずのバングルだった。
前回と同じように歪んでしまっている。
「ごめん。ホタルさん」
申し訳なさそうなセレスタを見て、私は仕方ないとうなずく。
「わかった。明日でいいかな?」
「助かります! 今度、ゴシェの限定タルト、差し入れます!」
いや、それは試作品の段階でもう食べているからいいけれど。
「えぇ? どういう事?」
「本当にごめん。ホタルさん、お願い!」
再び修理したバングルを渡して数日後。
お店に来たセレスタの手にあるのは、また歪んでしまったバングルだった。
「セレスタのお願いなら直すけど、持ち主に言っておいて。これが最後だって」
「えっ? なんで?」
私の言葉にセレスタが驚いた顔をする。
……おいおい、まだ壊す気なのかい?
「金属って何度も曲げたり伸ばしたりを繰り返すと割れてしまうの」
ため息をつきながら、私はセレスタに事情を説明する。
「それにこのバングルには細かい模様が彫ってあるでしょ? 何度も叩いてしまうと模様をつぶしかねないし」
「そうなんだ」
「そうなのよ。なので、修理は今回限りって、必ず伝えてね」
「了解!」
バングルを預かりながら念を押す私にセレスタは大きくうなずいた。
……本当に大丈夫かなぁ。
「セレスタ、どういう事?」
やっぱりこうなったか。
目の前に置かれたバングルと申し訳なさそうに佇むセレスタを交互に見ながら、私はため息をつく。
「ごめん。ホタルさん。この前が最後だってきちんと伝えたんだけど……お願い! 本当にこれで最後にしてもらうから!」
最初の時と同じように顔の前で手をパチンと合わせるセレスタに私は首を振る。
「悪いけど、無理だよ。この前だって、かなり冷や冷やだったんだ。今回は本当に割れてしまってもおかしくない」
「う~ん、本当にだめそう? 今度こそ最後だってちゃんと言うから」
食い下がるセレスタに私ははっきり告げる。
「セレスタのお願いでもこれは無理。……それに、申し訳ないけど、今回直してもきっと繰り返すんじゃないかな?」
「そっか……うん、実は俺もそう思ってる。……うん。そうだね。難しいって言ってくるよ」
「うん。お役に立てずごめんね」
「ううん。何度もありがとう。じゃあ、仕事に戻るね」
そう言って、セレスタは歪んだバングルを持ってお店を出て行った。
「これはどういうことだい?」
まだ開店準備すら始めていないくらいの早朝。
セレスタとジェードが馬に乗ってお店をたずねてきた。
朝ごはんを中断されたマダムはかなりご機嫌ななめ。
でも、二人の深刻そうな顔を見て、ため息をつく。
「とりあえず、入りな。ホタル、二人にお茶を」
そう言ってマダムはお店に戻ろうとしたのだけれど。
「マダム、すまない。時間がないんだ」
「ごめんね。ホタルさん、レナ様がお呼びなんだ。あっ、レナ様って言うのは……」
「待ちな」
二人の話を遮り、振り返ったマダムがそう言って渋い顔をする。
「部屋に入んな。話はそれからだ」
マダムの態度にセレスタが軽く首を振り、ため息をつく。
「ジェード、お邪魔しよう」
「待て! そんな時間は……」
慌てて止めようとするジェードに馬を降りながらセレスタが言う。
「だから無理だって言ったじゃん。理由も言わずにホタルさんを連れ出すなんて」
「でも……」
「さっさと来な。ドアを閉めちまうよ」
二人の返事を待たずにお店に戻るマダムの後をセレスタが慌てて追う。
その姿を見て、ジェードもチッと舌打ちをしながら、馬から降りた。
「どうぞ」
お店の奥の休憩スペース。
とりあえずお茶を淹れたものの、いつになく空気が重い。
「それで? 事情を説明してもらおうか?」
その空気を更に重くするかのように、マダムが低い声でセレスタたちを睨みつける。
「そんな目でみないでよ」
困ったように苦笑いしながらセレスタは事情を話し始めた。
私が何度も修理したバングル。
あれはマダムの予想どおり領主様のお嬢様であるレナ様のものだった。
そして、驚いたことにレナ様はどうやらわざとバングルを壊しているらしいのだ。
壊しては修理に出す、そして、また壊す……
理由をたずねても、たまたま壊れた、としか答えてくれないので、周りはお手上げ状態。
今回、とうとう無理だと言った私の言葉をセレスタが伝えたところ、そんなはずはない、その修理屋を連れてこい、と言ったきり、なんと部屋からでてこなくなってしまったそうだ。
……なんじゃ、その我儘娘。
「くだらない。そんなのこっちの知ったこっちゃないよ。何度も壊す方が悪いんだ。大体、用があるならそっちからこいって話だろ」
呆れてものも言えない私に代わって、マダムがばっさりと切り捨てる。
「そんなこといわないでよ~」
「領主様もレナ様のことを心配されていて、俺たちにホタルを連れてくるように直々にお達しがあったんだ。ホタル、頼む」
「俺たちもホタルさんを連れていないわけにいかないの。ホタルさん、お願い! ちょっと顔だすだけでいいから、一緒に来て!」
目の前で二人に頭を下げられて、私は困惑した顔でマダムを見つめる。
マダムは眉間に皺を寄せたままだ。
そんな三人を交互に見つめて、私はため息をつく。
「わかりました。マダム、私、行ってきます」
「ホタルさん、ありがとう!」
「悪い。助かる」
喜ぶ二人と眉間の皺を更に深くする一人。
「ホタル、無理していくことはないんだよ」
「いやいや、これ、行かないわけにはいかないやつでしょ? またお店をお休みすることになってしまってすみません」
頭を下げる私にマダムは、はぁ、とため息をつく。
「悪いね。少しでも失礼なことや無理なことを言われたら、すぐに帰っておいで」
「はい」
マダムの言葉に私はうなずく。
「セレスタ、ジェード、あんた達、ホタルに何かあったら承知しないからね」
「了解!」
「もちろんだ」
こうして、私はセレスタたちと一緒に領主様のお城に向かうことになったのだった。




