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エメラルドのバングル

 その日は修理の依頼もなくて、のんびりと店番をしていた。

そろそろ三時だし、お客さんも途切れたことだし、マダムにお茶でもしないか聞いてみようかなぁ、なんて思っていたその時だった。


「ホタルさん、お願いがあるんだけど」

そう言ってマダムの店に入ってきたのは、マダムの甥っ子のセレスタ。

輝く銀髪に涼やかな青灰色の目、すらりとした長身のイケメンは、今は領主様の警備隊として仕事中のはずだ。


「セレスタ、どうしたの? こんな時間に?」

まぁ、見回りのついでと言ってはお店に寄って、お茶だったり、ごはんを食べていくことも多々あるので、この時間にきてもそれほどおかしくはないのだけれど。

でも、だったら一緒のはずのジェードの姿が見えない。


ちなみにジェードも領主様の警備隊の一人だ。

ツンツンとした金髪に明るい緑の目、セレスタより少し背が高く、ガタイもいい。

セレスタとは系統は違うものの、こちらもまごうことなきイケメンだ。


「これ、直せるかな?」

そう言ってセレスタがカウンターに置いたのはエメラルドのバングルだった。

幅の広い金のバングルには精緻な模様が彫り込まれ、大きなエメラルドが埋め込まれている。

エメラルド以外にもメレのダイヤがちりばめられていて、なかなかに豪華なのだが、見事に歪んでしまっている。


 ただ、どう見てもこれは女性モノ。

男性のセレスタがつけるようなものではない。


「多分、直せるけど、どうしたの? セレスタのではないよね?」

「う~ん。何も聞かずに直してもらえたりしないかな? お願い!」

たずねる私に珍しくセレスタが言葉を濁し、私の目の前に手をパチンと合わせる。

あら、この、手をパチンとするお願いポーズ、こっちの世界にもあるのね。

なんて、思いつつ私はうなずく。


「わかった。今夜のうちに直せると思うから、明日取りに来て」

バングルが誰のものかは気になるけれど、いつも余計なことまで言うセレスタが言葉を濁すなんて、よほどのことなんだろう。

いつもお世話になっているし、私は何も聞かずに引き受けることにする。


「ありがとう! 恩に着ます!」

そう言ってセレスタはバングルを置いて、仕事へと戻っていった。


「……という訳で、今夜、作業場を使わせてもらいたんですが、いいですか?」

夕ごはんを食べながらマダムに報告、兼、お願いをする。


 ちなみに今日の夕ごはんはペスカトーレだ。

お店のお客さんが旅行にいったそうで、お土産に貝や魚を持ってきてくれたので、豪華なパスタができた。

安定のサラダ当番の私は、今日はポテトサラダに挑戦だ。

じゃが芋をこうやって食べる習慣がないそうで珍しがられたが、マダムの箸(実際使っているのはフォークだけど)の進み具合を見る限り、お気に召してもらえたようだ。

今度、セレスタとジェードにも作ってみようっと。


「構わないよ。ところでそのバングルはどこだい?」

「あぁ、ちょっと待ってくださいね」

マダムの言葉に部屋に置いてあるバングルを取りに席を立つ。


「なるほどね。こりゃ、レナの物だ」

「レナさん? っていうか、それ、わたしが聞いていい話ですか?」

バングルを持ってさらりとそう言うマダムに私が慌てて聞き返す。


「なんでだい?」

でも、逆にマダムに首を傾げられてしまった。

「えっと、セレスタが何も聞かずに直してくれって」

「あぁ、そういうことか。構わないよ。どうせあの我が儘娘が、壊したアクセサリーをこっそり直してもらおうと、セレスタに頼んだだけだろうからね」

そう言うとマダムはバングルの持ち主であろうレナさんについて教えてくれた。


 レナ様は領主様の一人娘で十五歳。ランと同い年なんだそうだ。

なるほど。

セレスタは仕事で領主様のお屋敷に毎日行っているのだから、領主様のお嬢様と顔見知りでもおかしくはない。

それにしても流石、領主様のお嬢様。持っているアクセサリーも豪華だわ。


「そんなことより直るのかい」

マダムの言葉に私はうなずく。

「はい。歪んでいるだけなので、叩いて調整すれば大丈夫だと思います。それより……」

「それより?」

「あの、これってマダムの創った物ですか?」

私の言葉にマダムが、おや? という顔をする。


「なんでそんなこと聞くんだい?」

「マダムのアクセサリーにしては、ちょっと……あっ、いえ、なんでもないです」

「言ってごらん。遠慮はいらなよ」

しまった。余計なこと言ってしまったと慌てても後の祭り。

言うまで解放してもらえい雰囲気がマダムからプンプンしている。


「えっと……すごく豪華で綺麗なんですけど……」

「けど?」

あぁ、言うんじゃなかった。

なんて後悔してももう遅い。

私は覚悟を決めて思っていたことを口にした。


「なんか煩いと言うか、全身で、私綺麗でしょ、って叫んでいるような感じがして、マダムの創った物にしては珍しいなって……」

言った。言ってしまった。

マダム、絶対怒るよね。私は次にくるであろうお叱りの言葉に備えて身をすくめた。……のだけれど。


「ははっ。こりゃ、傑作だ。煩いとはね」

「すっ、すみません!」

予想外に聞こえてきた笑い声に私は急いで謝る。


「構わないよ。創った奴がここにいるわけでもないし」

「……えっ? じゃあ」

マダムの言葉に私は顔を上げる。


「ホタル、あんたの言うとおりこれは私のアクセサリーじゃないよ。王都で宝飾屋をやっているアンダって子の物さ」

「えっ、宝飾師って他にもいらっしゃるんですか?」

私の言葉にマダムが呆れた顔をする。

「当たり前だろ。ごまんといるよ」


 そりゃそうか。

でも、マダムの宝飾合成を目の当たりにしてしまうと、あれをできる人が他にもいるなんて想像がつかなかったのだ。


「へぇ、他の方の作品だったんですね。どうりで……」

「煩いわけだ。かい?」

バングルをまじまじと見る私にマダムが意地悪そうにたずねる。


「そっ、それは。……でも、確かに作る人によってこんなにも変わるんですね」

「そうだね。まぁ、直せるなら直してやった方が喜ぶだろうよ。作業場は好きに使いな」

「はい。ありがとうございます」


 夕ごはんの後、作業場でバングルの修理をする。

歪んでいるだけなので、単純に叩いて直すのだけの簡単な事業だ。

まぁ、一面に精緻な模様が施されていたので、それを潰さないようにするのが多少大変だったけれど。


「はい。これでいいかな?」

翌朝、お店にやってきたセレスタにバングルを渡すと、セレスタは大いに喜んでくれた。


うん。よかった、よかった。

これで一件落着。……だと思ったんだけどねぇ。

エメラルドにゴールドのバングル、しかもメレとはいえダイヤまで……

自分でも書きながら、煩そうなバングルだなぁ、と思いました。

これを作った宝飾師も出てくる予定です。

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