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ゴシェの木の実クッキー①

 話は少し前に遡る。

ランにイヤーフックを渡した後、マダムの店のお休みの日に私は一人で領主様のお庭に来ていた。

リシア君に教えてもらったゴシェさんの木の実クッキーを持って。


「こんにちは。ノームさん、いらっしゃいますか?

誰もいない空間に声を掛けて、とりあえず花をつぶしてしまわないようにそっと芝生に座る。


 気持ちのいいお庭だなぁ。

最初に来た時は訳もわからず、ボウガンに脅されてドキドキだったし、二回目は早朝、そして自業自得とはいえ石礫。

ゆっくり眺めてたのは今回が初めてだ。


 改めて領主様のお庭を眺めると、その広いお庭には露草以外にもたくさんの花や木が育っている。

人工的な雰囲気は少ないものの、決して乱雑ではないお庭は丁寧に手入れされていることがうかがえた。


「こんにちは。今日は一人かい?」

ぼんやりとお庭を眺めていると足元からノームさんの声がした。


「こんにちは。はい、いつもセレスタ達についてきてもらうのは悪いので。あっ、許可はいただいているので大丈夫ですよ」

私は首から下げた許可証を見せる。

マダムの力で用意されたそれは、いつでも領主様のお庭に入れるというすごい代物だ。

ますますマダムが何者なのか気になるけれど、とりあえずこうやって一人でもお庭にこれるようになったので、細かいことは気にしないでおこうと思う。


「先日はありがとうございました。お陰で素敵なイヤーフックができました。ランもすごく喜んでくれました。それで、これ。少しですが」

そう言ってクッキーを差し出すとノームさんが嬉しそうに目を細める。


「これはこれは、ゴシェ殿の木の実クッキーじゃな。わざわざありがとう。せっかくじゃからお茶にでもしよう。ついておいで」

そういって歩き出したノームさんにうなずき、私は後を追う。

案内されたのは鬱蒼と木の茂った場所で、よく見ると椅子とテーブル代わりに切り株が並んでいる。


「さぁ、座っておくれ。我の家は人間にはちと小さいからな。今、お茶を持ってこよう」

そう言うや否やノームさんの姿が消える。

私はひときわ大きな切り株にクッキーを置き、近くの切り株に腰を掛ける。


「ラン殿のご両親の薬屋特製の薬草茶じゃ。香りがよくてリラックスできるんじゃよ」

戻ってきたノームさんの手にはマグカップが二つあり、大きな方が私に差し出される。

「ありがとうございます」

受け取るとリンゴのような香りがふわりと立ち上がる。


「さて、聞きたいことは何かな? お礼のためだけに来たわけじゃないじゃろ」

ノームさんは早速クッキーに手を伸ばしながら私を見つめる。

その言葉に私はマグカップを持った手を膝の上に置いて、今日ノームさんをたずねたもう一つの理由について話した。


「この世界のことを教えて欲しいんです。魔力とか、精霊と人間の関係とか」

「ホタル、なぜそんなことを聞くんじゃ? この世界におれば親や学校から自然と学ぶことじゃよ」

「あっ、えっと、それは、実は私、親がいなくて、学校も……」

どうにか言い繕おうとして、止めた。

ノームさんにはきっとばれてしまうし、何より私がノームさんに嘘をつきたくなかった。


 目を伏せたら、膝の上のマグカップから甘く優しい香りがした。

それを一口飲んで、顔を上げるとノームさんの深緑の目を見つめる。


「私、多分、この世界の人間ではないんです」

やっぱり私の言葉は予想外だったようで深緑の目が一瞬大きく見開かれる。

そんなノームさんに私は自分のこと、自分のいた世界について話した。


 私がいたのは地球と言う星の日本という国だったこと。

私がいた世界では魔力も精霊も物語の世界の話で、一般的には存在しないとされていること。

その代わりに科学が発達していること。

そこで私は社内システムの管理の仕事をしていて、ある日寝て起きたら領主様のお庭にいたこと。

どうしてここに来たのか、どうやったら帰れるのか、全くわからないこと。

そして、帰り方がわかるまで、この世界で修理屋として働いていきたいこと。

そのために、この世界について知っておきたいこと。


 私の長い話をノームさんは一度も遮ることなく聞いてくれた。

そして、私の話が終わると、いつの間にか私の隣にきていたノームさんが小さな手で私の頭を撫でてくれた。


「よく話してくれたな。見知らぬ土地に一人で心細かったじゃろ。よくがんばったな」

「ううっ……」

その言葉に思わず涙が零れた。

そっか、私は心細かったんだ。

どうしてこの世界にきたのか、帰れるのかもわからなくて。

マダムもセレスタたちもみんな優しいけれど、嫌われるのが怖くて本当のことが言えなくて、なれるはずのない宝飾師の修行も続けるしかなくて、でも騙しているみたいで心苦しくて。

誰かに全部話してしまいたかったんだ。


「我の知っていることでよければいくらでも教えよう。少し長くなるがよいかな?」

私がうなずくとノームさんは切り株に座り直し、ゆっくりと話始めた。


 この世界には至るところに精霊や小人がいること。

森にはノームさんのような精霊が、鉱山にはリシア君のいっていたとおりドワーフが、火や水や風にももちろん精霊がいる。

それぞれの妖精や小人の力は違うが、共通しているのは木や鉱物など人間が直接意思疎通できないものとの間を取り持ってくれること。

人間に好意的な場合も、そうでない場合もあるけれど、間を取り持ってくれているという感謝の気持ちと礼儀を忘れなければ大丈夫とのことだった。


 それと、精霊の加護のない土地はあの場での慰めではなく、本当に存在するそうだ。

人間が精霊や小人をないがしろにし続けると、愛想をつかして出て行ってしまうことがあって、そういう土地は荒れ、争いの絶えない土地になるそうだ。

ごくまれにそう言った土地から逃げてくる人もいるらしく、セレスタは私もそうだと思ったんだろうとのことだった。

なるほど元の世界でいうところの難民みたいに思われてしまったということね。


「あとは魔力のことじゃったな。我も伝え聞いた話じゃから真偽の程はわからん。じゃが、その昔、この世界の人間は魔力を持たなかったそうじゃ。じゃが、精霊や小人といった存在と交流を深め、自然の力と縁を強くしていく中で次第に人間にも魔力が宿り始めたそうじゃ」

その後に続いたノームさんの言葉に私は目を丸くした。

「じゃから、今、魔力がなくとも、いつかは宿ることがあるやもしれんよ」


「ホタルのこと、皆に話すかどうかはホタル自身が決めると良い。全てを話すだけが誠意ではないからな。ただ、ホタルはこうやって修理屋という仕事を自分で見つけ、自分のできることで皆の役に立とうとしておる。生まれや魔力の有無より、その気持ちの方が大切じゃと我は思うよ」

「ありがとうございます」

ノームさんの言葉に私は心から頭を下げて、お庭を後にした。

読んでいただいてありがとうございます。

少し長くなってしまいましたが、この章は次で終わりです。また新しい出会いと物語が始まります。

ちょっとしたことでもいいので、気付いたことなど感想をいただけると励みになるので、よろしくお願いします。


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