カイヤナイトのイヤーフック①
「うわぁ、これはやっちまいましたね」
ランのイヤリングを見せるとリシア君もセレスタたちと同じように顔をしかめた。
「これ、どうやって直すんすか?」
イヤリングから顔を上げて私を見つめるリシア君に私は首を振る。
「直すのは無理だと思う。だからね……」
私はマダムに見せたメモ用紙をリシア君にも見せ、イヤーフックについて説明する。
「なるほどねぇ。ホタルさん、やっぱり面白いわ」
メモ用紙を見たまま、リシア君が感心したように言う。
……マダムに言われたときも思ったけれど、別に私のアイディアじゃないんだよね。ちょっと後ろめたい。
「チェーンと宝石はイヤリングのを使うんすよね。ということは耳に掛けるこの部分を作りたいと」
さすが、話が早い。
「これ、銀っすね。そっかぁ」
「あっ、もしかして、銀も宝飾合成しないとできないの?」
顔をしかめたリシア君を見て思わずたずねると、一瞬驚いた顔をした後でリシア君が笑って首を振った。
「銀だけなら宝飾合成しなくても大丈夫っすよ。ただ、うちではあまり扱わないから、在庫してないんす。まぁ、このくらいなら知り合いに頼めばすぐ手に入るから、問題ないっす」
「そうなんだ。ちなみに銀って主に何に使われるの?」
「う~ん、やっぱり杖っすかね。あとは教会で使う儀式用の剣とか」
さらりとリシア君の口から出た言葉に私は恐る恐るたずねる。
「あの、杖って、もしかして魔法使い的な?」
「はい。それ以外にあるんすか?」
キョトンとした顔のリシア君を見て、私はちょっと感動してしまった。
やっぱりいるのね。魔法使い。うわぁ、会ってみたい。
見た目は白髭のおじいさんかな? それとも、鷲鼻のおばあさん? 意外なところで、ちょっと生意気な女の子とか?
「ホタルさん、どうしたんすか?」
「あっ、ごめん。もう一つ聞いてもいい?」
「いいっすよ」
「銀がたくさん必要な時ってどうするの?」
「う~ん。さっき言ったとおり、俺はあまり使わないからないっすけど、たくさん使うなら、銀山のドワーフと契約しておいて仕入れる感じっすね」
きた! ドワーフ! こっちも会ってみたい!
やっぱり小人だよね。でも、ノームさんほど小さくはないのかな? ちょっとずんぐりした頑固おやじな感じとか?
リシア君の回答に心の中で勝手に盛り上がったところで、ふと気づく。
「えっ? 仕入れ? お金払うの?」
私の言葉にリシア君が目を丸くする。
「そりゃ、払いますよ。当たり前じゃないっすか。……ってどうしたんすか?」
急に黙り込んだ私の顔をリシア君が心配そうにのぞき込む。
「しまった! 払ってない!」
「えっ? 何が?」
「噓! 私、全然気づかなかった。うわ~、どうしよう。そりゃそうだよね。うわ~」
「ちょっ、ちょっと待って。落ち着いて。ホタルさん、説明して」
目の前で頭を抱えだした私にリシア君が落ち着けと声をかけてくれる。
「あのね……」
ノームさんから露草をもらったのにお金を払っていないことを話す。
はぁ、情けない。いい年した大人なのに、なんで私ってこんななんだろう。
宝飾合成だってできないし、知らないことばっかりだし、結局、元の世界でもこの世界でもダメダメだ。
……やばい、なんだか泣きそうだ。
「なんだ。そんなことっすか」
ずんずん落ち込んでいきそうな私を見て、リシア君が笑う。
「大丈夫っすよ。お代を言われなかったなら、きっとはじめましてのサービスっすよ」
「でも、そんな……」
「露草一輪でしょ。そんなに大した額じゃないだろうし。でも、気になるなら、後でお菓子でも持ってお礼にいけば喜ぶと思うっすよ」
「そうかな」
リシア君の言葉を聞いて恐る恐る顔を上げる。
「ノームさんならゴシェさんの木の実クッキーが好物っすよ」
「えっ? あそこってパン屋さんじゃないの?」
「パン屋さんだけど、クッキーとかタルトとかもあるっすよ。人気だからすぐ売り切れちゃうんすけどね」
「そうなんだ。……うん。ありがとう。後でお礼に行ってみる」
そう言うとリシア君も、それがいいっす、と笑ってくれた。
はぁ、もっとしっかりしないとな。
「それじゃ、銀は知り合いに頼むとして、並行して試作品を作るっすね」
「はい、お願いします」
「耳にかけるってことは、本人の耳で型をとった方がいいんすかね?」
もう一度メモ用紙に目を落としつつ、リシア君が私にたずねる。
「う~ん。そこまで厳密じゃなくていいと思う。微調整なら私でもできるしね」
「了解っす。……あっ、でも」
そこまで言ってリシア君が口籠る。
「ん? 何?」
そんなリシア君を見て首を傾げると、目を逸らされた。
えっ? 何?
「……あの、ホタルさんの耳、測らせてもらってもいいっすか?」
「へっ? いいけど、なんで?」
私の返事にリシア君が目の前でブンブンと手を振る。
「やましいこととか考えてないっすよ。マジで。そういうんじゃないっす。俺の耳じゃさすがにデカいし、うち、俺しかいないから、女の人の耳の大きさがわかんなくって、だから。あっ、でも嫌っすよね。大丈夫っす」
「えっ、あぁ、そういうこと。いいよ。っていうか、こっちがお願いしているんだし、嫌とか言わないよ」
あまりの慌てぶりに思わず笑って答えてしまう。
「うぇっ」
「えっ、それ、どんな反応?」
変な声をあげてリシア君が固まるので、苦笑してしまう。
「えっと、では、失礼します」
ぎこちなく私の耳に手を伸ばすリシア君に、こっちまで緊張してしまう。
「……ありがとうございます」
「……こちらこそ、どういたしまして」
必要なサイズは測り終えたらしいリシア君にお礼を言われ、私も答えたものの、なんだこの会話?
「じゃあ、試作品ができたら、またマダムの店に持っていくっすね」
「うん。お願いします」
気を取り直したように言うリシア君に今度こそきちんと私も頭を下げる。
「あっ、模様とかつけますか? アクセサリーなんすよね?」
「えっ……」
そう言えばと付け加えられた言葉に、我が家のちびヤットコ達を思い出し凍り付く。
リシア君は腕はいい。きっとイヤーフックもきちんと作ってくれると信じている。
でも、デザインのセンスは……
「あっ、いや、耳で隠れてしまう部分だから模様はいい……かな」
「それもそうっすね。了解っす」
ぎこちなく答える私に何の疑問も示さず、あっさり納得してくれたリシア君を見て、ひそかに胸をなでおろした。
数日後、リシア君が持ってきてくれた試作品は予想通り、いや、予想以上に完璧だった。
更に数日後、銀で作られたものに、元のイヤリングのチェーンと宝石を組み合わせ、イヤーフックを創る。
「ふふふっ」
屋根裏の自分の部屋で、完成したイヤーフックを見て一人でにやにやする。
我ながらいい物ができた。
ラン、気に入ってくれるといいな。




