即行動はいいけれど時間は考えよう
「イヤーフック? なんだい、それは?」
翌朝、朝ごはんもそこそこにマダムに確認すると、やっぱり知らなかった。
ヤットコのときと同じようにメモ用紙に絵を描いて説明する。
「へぇ~。考えたね。確かにこれなら、今あるイヤリングの宝石だけで十分だ」
私の説明を聞いてマダムは感心の声をあげる。
心配していた、パーティーにそぐわないのでは? という点も問題なかった。
イヤリングをつけなければいけないという決まりはないし、お祭りの要素も強いパーティーだそうで、ある程度のはっちゃけた恰好もありとのことだった。
「逆に少しくらい物珍しい方がみんなの目を引いていいかもね。とはいえ、うちのアクセサリーとして出すんだ。物珍しいだけじゃ困るよ。しっかりしたものを創っておくれ」
ホッとしたのも束の間、マダムにしっかり釘を刺されてしまった。
「ところで、チェーンはイヤリングのものを使うつもりなんだろうけど、この耳にかける部分はどうするんだい? 私の宝飾合成じゃ、創れないよ」
「えっ? そうなんですか?」
マダムやノームさんの話を聞いて、修理の材料を宝飾合成で創るのはやめようと決めていたから、問題はなかったのだけれど、創れないと聞いて思わずマダムにたずねてしまった。
「宝飾合成は自分の知らないアクセサリーはできないんだ。実物を見ていないから、おそらく無理だね」
「なるほど。確かに知らないものは創れませんよね」
言われてみればもっともな話だ。
「で? どうするつもりだい?」
「リシア君に相談してみようかと。この前行ったときにネジやバネといったパーツも置いているみたいだったので」
「うちは大工じゃないんだけどね」
「ダメでしょうか?」
恐る恐るたずねる私にマダムが苦笑する。
「構わないよ。今日の店番はしておいてあげるから行っておいで」
「いいんですか?」
マダムの言葉に思わず食いつく。
お店が終わってからだとリシア君の道具屋が閉まってしまうから、店番を代わってもらえないかお願いしようと思っていたのだ。
「いいんですか、も何も。ホタル、あんた、最初からそのつもりだっただろ?」
呆れたように言うマダムにお礼を言って、私は早速、リシア君の道具屋に向かった。
……そんな私の背後で、早すぎやしないかい? と呟くマダムの声に全く気付かずに。
「しまった。早すぎた」
リシア君の道具屋の前で茫然と立ち尽くす。
よく考えたら、さっき朝ごはんを食べたばかりだ。
こんなことなら、お店の開店準備をしてから来ればよかった。
「あれ? ホタルさん、どうしたんすか?」
しょうがない。一度、お店に戻ろうと踵を返した瞬間、背後からリシア君の声がして振り返る。
「あっ、リシア君。いや、相談したいことがあってきたんだけど、全然、時間考えてなくて。あとでまた来るね」
そう言って立ち去ろうとする私をリシア君が慌てて止める。
「いやいや、なんで帰るんすか。いいっすよ。丁度、店開けるところでしたし、ちょっと開店準備だけしちゃうんで、店の中でも見て待っていてください」
「えっ、いいよ。邪魔でしょ? 私もマダムの店の開店準備しないで来ちゃったし」
「そうなんすか? だったら尚更、今聞きますよ。すぐ戻らないとまずいんでしょ?」
開店準備の手を止めて、リシア君がお店のドアを開けてくれる。
「あっ、お店はマダムに頼んできたから、大丈夫なの。……えっと、それじゃ、お言葉に甘えて、少し待たせてもらってもいいですか?」
「なら、大丈夫っすね。もちろんいいっすよ。……ってか、なんで敬語?」
慌てる私にリシア君が笑って答える。
そのまま、お店にお邪魔させてもらい、隅っこに立って、開店準備をするリシア君を待つ。
手慣れた様子で開店準備をするリシア君の姿から、彼がこのお店で長く働いていることがうかがえる。
確か、まだ十八歳って言っていたけれど、しっかりしているなぁ、なんて考えて、ふと気づいてしまった。
あれ? リシア君って一人でお店やっているの?
セレスタたちもリシア君の店って言っていたけれど、ご両親とかとやっているわけじゃないのかな?
知らぬ間にじっと見てしまっていたらしく、リシア君が私を見て苦笑する。
「そんなにじっと見られたら緊張するっす。あと少しなんで、もうちょっと待っててくださいね」
「あっ、ごめん。そんな、急かすつもりはなかったの。ただ、リシア君、一人でお店やっているのかなぁって」
「あぁ、俺、両親を早くに亡くしてて。じいちゃんとこの店やってたんすけど、じいちゃんもちょっと前に亡くなっちゃって」
あっけらかんと答えるリシア君にこっちが慌てる。
「ごめん。私、なんて無神経なことを」
「いいっすよ。別に隠していることでもないし。……で、だから、嬉しかったんす」
そう言ってリシア君がふと手を止めて私をまっすぐに見つめる。
「へっ? 何が?」
急に見つめられて変な声がでる。
「ホタルさん、ちびヤットコ達を届けた時に言ってくれたでしょ。これからも他の道具の相談をすると思うって」
「あっ、うん」
「で、今回、また俺に何か相談にきたんっすよね? こんな朝早くに」
「あっ、それは本当にごめんね」
「いやいや、責めてなくて。それが、嬉しかったんす」
「ん?」
リシア君の言葉の意味がわからなくて、私は首を傾げる。
「じいちゃんから俺に代替わりしたときにね、やっぱり離れちゃうお客さんとかいたんすよ。離れないまでも、じいちゃんと違うって言うお客さん、多くて」
「あぁ、それは……」
よくある話だ。お店に限らず仕事で担当が代わった時に前任者の方が良かったって言われる話。
でも、よくある話だけれど、それって地味に落ち込むんだよね。
未熟だって、言われているようなものだしさ。
「よくある話なんすよ。それに確かにじいちゃんは腕のいい道具屋だったし、俺もまだまだだし」
あぁ、リシア君はいい子だな。
それで、ひねくれちゃう子もたくさんいるのに。
「だから、俺にまた相談したいって言ってくれて。本当に相談にきてくれて。しかも、こんな朝早くってことは、もしかして俺のこと一番に思い浮かべてくれたのかなって。……だから、嬉しかったんす」
そう言って、ちょっと照れたように笑うリシア君は、年相応に幼く見えて。
なるほどそう言うことか、と、私は納得した。
「うん。頼りにしてます」
そう言うと、更に顔を赤くしながら、それでもどや顔でリシア君が言った。
「任せてください! 何でも作ってみせますよ」




