いまどきの文学少女は恋をしらない
風がカーテンを揺らし、甘やかな香りがする。
視線を隣に向けると、スマホを食い入るように見る安居院さんがいた。数学のノートは開いたまま。高校に入学して早一ヶ月。見慣れた光景だ。
どうやら小説を読んでいるらしい。
陽に透けるブラウンの毛先を弄びながら、安居院さんは言葉を追っているのだ。読書中は周囲への注意が疎かになるのか、軽率に足を組んだりする。短いスカートから太ももが必要以上に見え……僕は視線を伏せた。
何気なさを装い、机に掛けた鞄から文庫本を取り出す。
集中、集中……文章は頭に入ってこない。
「ねぇ、木村くん、何読んでるの?」
不意に声をかけられ、びくりと体が揺れてしまった。
「ごめん。驚かしちゃった?」
「大丈夫」
静かに息を整える。鼓動が激しいままなのは、驚いたからだ。いや、驚いてもいねぇし。うん、下心は鼓動の奥にしまい込む。
安居院さんは、首を傾げながらも僕の手元を見る。
「で、何読んでるの?」
「えっと、シェイクスピアの『テンペスト』だけど」
「ロミジュリしか読んだことないなぁ。それって喜劇? 悲劇?」
「喜劇かな。追放された復讐をする話だけど、丸く収まるし」
安居院さんは顎に手を当てて少し思考して、瞳をきらめかせた。
「ざまぁものってこと?」
ネット小説で流行っている話のテンプレの一つらしい。婚約破棄や追放といった理不尽な目に遭った主人公が、相手にざまぁみろという復讐をして幸せになるんだとか。
「ちょっと違うかな、和解しているし」
「じゃあ、読んでみようかな」
「ざまぁものが好きなんじゃないの?」
期待されている内容とは違う気がして確認すると、スマホの画面を向けられる。人気作品のランキングだ。
「テンプレって言ってもね、色々なの。みんなハッピーエンドになる話もあるんだよ」
そうして安居院さんは微笑む。
「私はそういう話の方が好き」
それは一ヶ月前のことを思い出させる。
最初は苗字の読みが不明な人っていう程度。でも、すぐに上塗りされた。
人と話すのが苦手で文庫本に視線を落とす僕に声をかけたのが、安居院さんだったから。下手糞な喋りしかできなくても、嫌な顔をしなかった。
――私も小説、好きなんだ。
控えめな、でも華やかな微笑みは胸に焼き付いた。
「僕も、好きだよ」
虚を突かれたような顔をしてから、だよね、と同意する彼女は知らない。僕の鼓動が未だ暴れまわっていることを。
願わくば恋の嵐の行きつく先もハッピーエンドでありますように。




