表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

敗北の王妃の願い

作者: 村岡みのり

短編「別れと旅立ち」のシリーズ作品です。

単独でも分かるようにしたつもりですが、前作をお読みでないと、分かりにくい場面がありますのでご注意下さい。







 目を閉じる。

 残された時間はどれくらいだろう。今では毒に蝕まれた手足はろくに動かず、横になっている時間が多い。

 ……私の死後、この国はどうなるのだろう。死を目前とした者が考えた所で、詮無いことと言う者もいるだろう。それでも私は王妃として、この国を思う。



◇◇◇◇◇



 一夫一妻の我が国だが、国王のみ跡目を絶やさぬよう、妻を複数人持つことが許されている。ただし『王妃』と呼ばれる正妃は一人だけ。他の者は『側妃』と呼ばれ、それも二人までと決められており、彼女たちは城内の敷地にある側妃用の屋敷で暮らしている。

 『側妃』は国王と一晩過ごさない期間が一年経つと、子どもだけ置いて城から出される法があった。子は王の子であり、王位継承権を持つ。だけど『側妃』は王位継承権を持たないただの女。王を慰めるでもなく、子を産むでもない女を城で世話をする必要はない。だから『側妃』は必死で陛下からの愛を乞う。


「陛下、最近側妃たちの様子はどうでしょう」


 私も私で利用価値がある彼女たちを留めておくよう、定期的に夫である陛下に声をかけ、彼女たちの相手を行うよう促していた。


 王の子に与えられる王位継承権は、『王妃』の子が基本、産まれた順に与えられ、その次は側妃が産んだ子たちへ産まれた順に継承権が与えられている。

 私が産んだ子は一人だが、その一人こそが現在第一王位継承権を有している。

 しかし……。

 問題はリダとピカロ。側妃でもない、陛下の『愛人』であるコルデが産んだ姉弟。


 陛下は女好きな男で……。それ自体は珍しい話ではない。だが飽きっぽく、遊ぶ女をころころと変えていた。そのたびに私と臣下たちは『愛人』が子を産めば引き取ったりし、国内が王位継承権に絡み荒れないよう、気を配っていた。

 幸いこれまでの『愛人』たちは子を手放すことに同意してくれ、その子たちは万が一の保険とし、城内の離れで教育を与えながら暮らしている。

 彼らに継承権を与えられないのは、本当に陛下の子か疑われている意味でもある。陛下が相手にしているのは、つまりそういう女性が多い。それでも陛下の血を引く可能性がある以上、火種になりかねない存在だから囲っている。


 だがコルデは子を離そうとしなかった。それに陛下もコルデを気に入り、何度促しても二人の側妃のもとへ通わなくなった。


 コルデが娘であるリダを妊娠する前、そんな状況が半年も過ぎ焦りが生まれた。二人の側妃は侯爵家出身。その父親は国の重鎮。親子で(まつりごと)に係わっており、側妃たちには公務を手伝ってもうらことも多く、二人はその役目を十分に果たしてくれている。

 我が国の歴史を顧みると、一人側妃が城を去れば、その時の愛人が次に据えられている。

 だが男爵の娘であるコルデに、その役目が果たせるとは思えない。なにしろコルデは金をばら撒き、爵位を買った男の娘なのだから。

 コルデの父親であるディロは、とある領で代々領主代行を任されていた家系。だが、どこにそんな大金を隠し持っていたのか。噂では横領、着服等が囁かれている。その件について調査していたが、陛下がコルデを気に入っているからか、調査の中止を命じてきた。


「陛下、噂の真意は確かめるべきです。万が一真実だとすれば、ディロ男爵は罪人。その場合、罪を償うべきかと」

「王妃よ、たかが領主代行にそこまでできる訳がない。勝手に税を上げれば民が黙っているはずがなく、また他の領主代行からその話が届くはずだ。だがそんな知らせは届いておらぬ。それが答えだ」

「では領外の、多くの民の憂いを晴らす必要はないと?」

「当人たちが問題にしなかったと言っておろう。外野がなんと言おうと、当人たちが声を上げぬ、それが答えだ」


 話し合いにすらならなかった。

 そう、陛下はコルデという女に溺れ、彼女が係われば途端に無能となる。

 このままでは二人の側妃が城を去り、新しく陛下に愛されているコルデがその座に就くだろう。だがコルデには教養も頭脳もなにもかも足りない。このままでは二人の優秀な人材を失い、使い物にならない人間が城でのさばる。それだけは避けなくては。

 側妃の実家に声をかけ味方に引きいれ、新たな法を提案する。


「王への側妃制度はそのままに。しかし側妃に選ばれた者たちは皆、時に国王、王妃の代理として外交、慰問とその働きは多岐に渡っております。閨を共にしないだけで優秀な人材を失うことは、国として損失! 例えば陛下がこのまま二人の側妃を相手にせず、使用人に手を出し、その女性が妊娠したとしましょう。ではその者が側妃となり、国の代表である陛下の代理人が務まりますか? 否! ろくな教育を受けていない者には無理なこと! よって私は側妃永久制……。つまり側妃となった者は罪人とならぬ限り、その立場が継続されることを提案します!」


 歴代の王は側妃の価値を認め、最低でも年に一度は通い、実際に法が施行され、側妃でなくなった者はほぼ皆無。つまり、あってないような法律だった。


 法改正には貴族院で話し合いが行われ、多数決によって決まる。

 国王、王妃も貴族院に名を連なっており、基本、会議には出席する。その立場を利用して私が提案した新法は賛成が多く、可決された。


 コルデに側妃は務まらない。


 上流貴族ほどそれを理解しており賛成が多かったが、下流ほど反対が目立った。これは見逃せない。今は発言力が弱いが、陛下の寵愛を受けるコルデが男爵の娘なので、連中は後追いを狙っているのかもしれない。

 それでもこれで一つ問題は解決したと安堵していた所へ、またも問題が発生する。



「私の子、全員に王位継承権を与えることはできないだろうか」



 陛下がそんなことを臣下と相談していると、私の放った密偵から報告があった。

 その報告を聞き、瞬時に理解した。

 陛下はリダとピカロへ王位継承権を与えようとしている。一番愛しい女の息子であるピカロを、次の王へ推したいのだろう。

 なにしろ陛下は、あの姉弟を溺愛している。コルデはそれにあぐらをかき、真面目に子どもたちへ教育を行っていない。それどころか陛下からの『愛』を盾に、のんびりとした体を装いながら、あらゆる揉め事を起こしては逃げている。

 なにも知らないふりをし、純朴なふりをし……。それに騙される陛下も陛下だ。(まつりごと)に関しては問題なくこなすのに、どうしてコルデのことになると愚かになるのか。それが愛というものなのだろうか。個としての愛に無縁の私には理解できない。


 ただ陛下がそう考えているのなら、私は私で国を守るために動こう。ピカロのような教養のない人物が国王になっては、この国は滅んでしまう。いや、国は存在しても王家が滅ぶ。

 世界中、全ての国が王政とは限らない。多くの民もそれを知っている。愚かな王が君臨すれば民からの不満が募り、信頼を失い王家へ牙を向けるだろう。それは巨大な波となり、王家を沈める。世界の歴史を見れば分かること。


「……陛下はそんな簡単なことすら、気がつかなくなられたのかしら」


 陛下への信頼は、コルデという一人の女とその二人の子どもにより、すでに一部は失っている。だがあの姉弟が王位継承権を有していないため、かろうじて不満を抑えこんでいる。陛下はその(たが)を外すと言うのか。

 陛下は三人がなにかを望めば、なんでも与える。このままでは国庫に手を出すのも時間の問題だろう。……いや、すでに誤魔化しているのかもしれない。



「金は有限か、無限か?」



 呼び出した財務担当者たちに開口一番、問う。


「答えなさい」


 右端に立つ男に告げれば、有限と答えられた。


「我々は国を守るため外国と交渉したり、内部の混乱が発生したりしないよう法を作り、罪人を取り締まっています。その活動費の多くが民より納められた金が元になっています。全ては自分たちが暮らす国を守るため。そのような大切な金を、個人の娯楽に使用することは正しいこと?」


 今度は最初の男の左隣の者に尋ねる。いいえと答えられたので、満足そうに頷いて見せる。


「では本題です。不正は行っていませんね?」


 扇子で口元を隠し、威圧的に睨みながら全員へ尋ねる。

 返事が遅れた者がいた。それが答えだった。


 調べれば王の予算に不明な点があった。やたら服を新調している。それに家具の購入。だが毎日のように新しい服を買う必要はない。それにこれまでの発注に比べ、安い金額の服が何着もある。

 発注先は確かに陛下が好む店だが、そちらには発注の形跡はなく、帳簿には取引について記されていなかった。

 つまり店ではなく国が帳簿を偽造している。当然違法行為だ。しかもそれに国の頂点に立つ、国王が係わっているとは……。


「……詰めがあまい男ね」


 やるなら関係先全てに手を回し丸めこめ、口裏が大事だとなぜ気がつかない。命令に従った者が無能だったのだろうか。どちらにしろ違法行為といい、あの男への評価を改めるべきだろう。

 さらに調べれば、怪しい取引は全てコルデたち親子への贈り物代として使われていたと発覚する。

 なるほど。これでは臣下から信頼を失って当然だ。

 ここまで愚かなら、猶予はない。早く動かなくては。


「私どもは王妃殿下に従います」


 二人の側妃は私についてくれている。

 もうずっと陛下から相手にされず、二人の間の子たちも蔑ろにされ……。全て寵愛がコルデたち三人へ向けられているから。


 陛下と私、水面下の戦いを行う。

 より権力者を、人数を得るのはどちらか。それにより勝敗は決まる。

 あちらも私へ密偵を放っているだろう。だから時に堂々と垣根の低い庭園を歩きながら、味方と話す。ここならば密偵が隠れる場所がないからだ。


「コルデは男爵家の娘。上位貴族ほど、その存在を疎ましく思っています。つまり上位貴族……。権力者ほど、王妃様に味方する者は多いでしょう」


 そう、そのはず。それなのになぜだろう、不安が拭えない。誰も裏切らないとは限らない。そういう世界に身を置いているからだろうか。

 心を静めるため、毒見済みの少し温いハーブティーを飲む。

 それでも不安な心は拭えず落ちつかない。だが動くしかない。



「王位継承権についての定めを見直したい」



 ついにきた。

 貴族院に緊張が走る。


「恐れながら陛下、何故そのようなお考えになられたのでしょう。現在王位継承権を持つ者は四名、少ないと言われればそうかもしれませんが、問題はないと思われます」

「それにあの館に住む子が、現在何人いるとお思いか」


 そう、コルデ以前に好んだ愛人の子が何人もいるが、陛下はその子たちのもとへ足を運ぶことはない。だから端から頭になく、人数さえ把握していないだろう。


「余の子は全て王家の血を引く者。等しく扱いたい」


 呆れた。

 あの姉弟にしか興味を示していないのに、まさか『平等』と言い出すとは。知っていて? あの館に住むあなたの子は、十人を超えていてよ? そんな大人数に継承権を与えては、逆に継承権が安っぽく思えてくるし、無駄な軋轢(あつれき)を生みかねない。


「高貴な血だからこそ血筋だけでなく、その者の素質、教養等も問題となりましょう。また多くの者が継承権を持てば国内に派閥が生まれ、諍いの火種となります。それを避けるには、今後国王となる者は今のように、幾人もの女生と閨を迎えることはできなくなります。そして全員に等しく帝王学、生活を与えれば今以上に経費がかさむでしょう」


 陛下に次いで国内で権力を持つ私の言葉に、陛下は黙る。

 今、いくらコルデを愛していると言ってもそれが永遠とは限らない。それに女好きのあなたが、一夜だけだと今も遊んでいることを知らないとでも思って? 国王の血を引く子を把握するため、見張りが常にあなたの周りにいると知りながら遊んでおいて……。

 ふふっ、そう考えると笑えるわね。一番愛しているのは君だとコルデに囁きながら、他の若い女にも手を出しているのだから。私と側妃たちは愛ではなく、権力や打算といった政略での関係だから気にしていないけれど。愛しいコルデちゃんに知られたら、彼女、どう思うかしら。それでも嫌われない自信があなたにあって?

 そう、私は割り切っている。愛していない男に抱かれるのは苦痛な時間だったが、産んだ我が子は愛おしい。それに王妃として、陛下の子を産むことも『仕事』だと考えているから。それは側妃たちも変わらない。


「王妃と側妃以外の相手を作れば、無数に継承権を持つ子が産まれます。大半が国税の上、生活できている我々が限りなく子を作り、王族であることを許してしまえば……。税を吊り上げ、守るべき民を苦しませる道を歩む可能性もあると、考えた上での提案ですか?」

「もちろん考えた上だ。邪魔になるようなら、流させればいいだけではないか」


 ぎゅっ。拳を握る。

 王妃ではない、女として許せない発言だった。腹に宿った命が失われ、嘆く女の気持ちが分からないのか! そうすることで、二度と妊娠が望めない体になることもある! それを……! いくら自分の体は傷つかないとはいえ……! しかも自分の子どもを殺す? それを平然と言い切れるこの男が同じ人間だと思えなくなる。

 吐き気がこみあげたせいか、声が震える。


「……人数を管理する。なるほど。では人格面はどうでしょう。王族として……。いえ、人間としての善悪の判断がつかない者は?」

「人格は大事だ。品のない者は必要なく……」


 言いよどむが、また殺すとでも言いたいのだろうか。嘲る思いで口の端を上げ、言う。


「同意にございますが、その線引きは誰が行うのでしょう。例えば政務室で書類を破るような子どもは? 美術品を破壊する者は? 品があると言えますか?」


 自由に城内の出入りを許されている、あの姉弟。二人はこちらが入室を断っても『父上に言いつけるぞ』と言って聞かず、入りこんでは重要な書類を破って遊ぶことがある。他にも高価な壺を割り、甲冑を倒し、絵画を傷つけ……。

 それらの修繕費、業務への支障で苦情は進言されている。陛下に知らないとは言わせない。

 あの姉弟に痛い目に合わされている者たちは、鋭い目を向ける。


「……若い者は、まだ矯正できる」


 歯噛みする。無駄だ! 三つ子の魂百まで! あの年令であの振舞い、とても矯正できるものではない! 陛下自身が矯正すると言い始めるだろうが、溺愛し、甘やかしている今の状況を考えると無理だ!

 反論しようとした時、目眩がした。


「……あ?」


 私の意識が遠のき倒れたことにより、この日の会議は中断された。



◇◇◇◇◇



「毒を盛られております」


 生家も頼りにしている医師に告げられ、ぐらり。薄暗い視界が揺れる。

 毒? 私が? それには気をつけ、常に毒見を用意し……。


「今はまだ症状は軽いですが、体を蝕んでいることに間違いありません。やがて重症となり、体は動かなくなりましょう」

「……毒見役を! 毒見役を連れて来なさい‼」


 命じ連れて来られた女、毒見役のイオンは怯えを見せず立っている。ただいつもと違い能面のように、表情はない。


「この者も診断しなさい」


 医師に頼めば、彼女は毒に蝕まれていなかった。つまり自分が毒見をした後、イオンは毒を盛って私に食事を提供していたことを意味する。

 周りは信頼できる者で固めていると思っていたのに……! それなのに、こんな身近から裏切り者が出ようとは……‼


「誰に命じられたのです!」


 ベッドから抜け出すと常に持ち歩いている短剣をイオンの喉元に当てる。それでも彼女は動じない。

 イオンとは生家で暮らしていた頃からの付き合いで、それだけに信用していたというのに……!


「王妃様の敵にございます」

「名を言いなさい!」

「………………」


 それには答えようとしない。ならば私にも考えがある。


「この者の家族を今すぐ捕らえてきなさい‼ 私の生家でまだ弟が働いていて、両親も王都で暮らしています‼」


 ようやく女の目が忙しなく動く。


「お、王妃様! お待ちを! どうかそれだけは‼」

「黙りなさい」


 短剣を捨て、首を片手で締め上げる。


「あなたの前で私に盛った毒をお前の家族にも食してもらいましょう。私への忠誠を誓いながら反した罰です。まさか裏切っておきながら、それが発覚しても無事だと思っていたのですか? とんだ甘い考えを……!」

「王妃! それ以上は‼ 死んでしまいます!」


 周りに止められ、手を離すと叫ぶ。


「この者の両手を縛り、さるぐつわをしなさい!」


 連れて来られた家族は、イオンの姿に驚く。


「さて。毒見役とは、どのような立場だと思います?」


 医師に調べさせ分かった毒を、彼らの目の前で紅茶に垂らす。


「私を毒から守るための者。その役目をこの女は放棄しました。理由を尋ねても口を割りません。あなたたち一族は代々、私の生家に尽くしてくれたのに……。寝首をかくつもりだったのかしら? いつから?」

「そのようなこと、考えておりません……! 私どもは王妃様の生家に忠誠を誓い……!」

「イオンは私に毒を盛ったのに?」


 その言葉に三人は顔を青ざめる。


「イオン、なぜ……」

「飲みなさい」


 垂らしたのがなにか、それが分からない者たちではないだろう。


「私の体は蝕まれ、治ることはないそうです。王族の暗殺を企てた犯罪者として、民の前で処刑されるよりましだと喜びなさい」


 三人の体は震えている。私は少量だったので、ゆっくり体を蝕んでいる。だけど紅茶へ垂らした毒は致死量を超え、一口だけであの世へ旅立つ。

 三人はカップへ手を伸ばすが震え、中身が零れる。


「飲ませてやりなさい」


 周囲の者へ命じればカップを奪われ、羽交い締めにされる。そして無理やり紅茶を飲ませられ、苦しみながら絶命した。

 事切れた家族を前に、イオンは全ての縄を外される。


「あああああああああぁ! お父様! お母様ぁ! こんな……! 嫌、嫌よぉ!」


 人を殺害するため毒を盛りながら……。家族以外、よりにもよって忠誠を誓った主人の命はどうでもいいのか。もっと賢い女だと思っていたが、どうやら過大評価をしていたらしい。……本当に私には、人を見る目がない。

 家族の遺体へ泣きながらすがるイオンを見下ろしながら、冷めた目で告げる。


「お前は花街へ売りましょう、それも底辺の。どうせ若くない身だし、そんな店にしか売れないでしょう。ああ、やはり止めて裏商売の者へ渡す手配を。どこかで男の慰み者となるよう、提供しておやりなさい」

「ディロ様ですぅ‼ ディロ様が! そうしないとっ、家族をっ、殺すと……!」


 なるほど、コルデの父親ね。たかが男爵が……! 王妃に牙を向けるとは……‼


「なるほど、家族を人質にされていたの。では尋ねましょう。なぜ私に相談しなかったの? 相談されれば、これまでのお前と家族の働きから、私と生家がお前と家族を守ってやったのに」


 くい。人さし指でイオンの顎を持ち上げ伝える。

 言われないと分からなかったのか、ただ『ああ』と声を漏らし、再び泣き始めたので指を離す。


「気が変わりました。この者の首をはね、ディロの邸宅へ投げ入れなさい!」


 ディロに誰に牙を向いたのか思い知らせよう。私は王妃、非情にもなれる女だと。


「コルデには兄がいましたね。その兄嫁は捕らえ、イオンの替わりに裏商売の者へ慰み者として無料で渡すように。兄は両目を潰しなさい。どうせ領も持たぬ名だけの貴族。ディロの代で終わらせてやりましょう」


 私に忠誠を誓う真の臣下は動いた。

 ディロ本人には手を下さないが、苦しませる。

 だがこの一件は貴族社会へ一気に広まった。もちろん私が毒に蝕まれていることも。陛下側が漏らしたのだ。私の発言力を弱まらせるために。

 それでも私が生きている間は、生家や忠誠を誓ってくれている臣下たち……。それも上流貴族が気にかけ、裏切りはしないだろう。それならば生きている内に、次世代の国が平穏に過ごせるよう、早く法律について厳しく定めなければ。

 さらに王族に関する法については、私が死しても容易く覆ることがないよう、対策を練らなくては。


 しばらくし、兄の両目は何者かに奇襲され潰され、兄嫁は姿を消したので、身の危険を感じたコルデは子どもを連れ、陛下の力添えで他国へ逃げた。だが、私が亡くなれば戻ってくるだろう。


 王妃の仕事は側妃たちへ引き継ぐようにし、友好国への紹介は済ませている。また貴族院への参加も認めさせた。これで彼女たちは生家とともに、その地位は守られるだろう。だがいざとなれば、地位を捨て生き延びるように伝えている。

 コルデに関しても恥となるが、特に親しい御方たちに資料を送り、いろいろ打ち明けた。



「いや、しかし陛下の言う通り、人間反省することがあり……。そうすれば、まるで人が変わったようになることもありましょう」



 ……ああ、やはり私には人を見る目がないようだ。

 毒に蝕まれながら無理して会議へ参加しても、私の命が短いことから裏切る者が続出した。

 もともと数の多い下級貴族が陛下側についているので、数でも負け始める。

 ……王政国家は近いうち、終わるだろう。

 金を持った商家が貧乏の歴史だけある貴族と婚姻を結び、古い貴族社会は消えつつある。やはりここが時代の変わり目かもしれない。私の戦いは無駄なあがきだったかもしれない。そして……。



「では陛下の子、全員に王位継承権を与えることで決定します!」



 敗けた……。

 ふらつく体で歩く。

 ベッドへ横になり考える。

 これからこの国はどうなるのだろう。ディロ男爵は王政国家が続き、貴族の恩恵を受けられ続けると信じているだろう。さらに爵位が上がる予定で浮かれている。地位が上がることと息子の目が潰れたこと。天秤にかけ、あの男は己の欲を取った。息子ではなく、より価値があると踏んだ娘を選んだ。

 だがお前の愚かな孫が王位を継げば、民からの不満は高まり、お前の孫は民の手により処刑される可能性がある。


 なぜ王政が続くと信じて疑わない。


 賢い貴族は領内の経営だけでなく、商会として頭角を現し始めたというのに。もちろん敗けた今日まで、最後まで味方であった彼らに、そのように助言をした。何代にも渡る領を経営していた手腕、横の繋がり、領内の資源を元手に、今は勝てないが、やがては大きな商会も食らうほど巨大になるだろう。そして彼らの商品でもこれはと思った物は、友好のある御方たちへ薦めている。

 我が子にはもしあの姉弟が王位継承権を得たら、継承権を放棄し国を去れと伝えた。この国に留まれば、あの子は命を狙われる。幸い毒はまだ盛られていない。それも時間の問題だろうが……。


「ふ…っ、ふふ……。あの姉弟、やはり他国でも……。相当な美術品ね……。弁償は……。無理でしょう……。他国間とはいえ、王族へ、貴族が、弁償を申し入れるなど……」


 これであの国との仲に、亀裂が入り友好国が一つ減るだろう。

 そして出会うことがない、本邸で二人の使用人だけと暮らし、あの姉弟の被害者である女性へ同情する。


 価値を知らぬ子どもたち。ただ甘やかされ、誰があのピカロの裏で操るのやら。コルデの兄は使い物にならないので、他の下流貴族がその地位を求め、こぞって争うことだろう。そうなれば商会そっちのけで権力争いに没頭する者も出てこよう。なにしろ法が、王の子全員へ王位継承権を与えると認めた。それによって己の子、もしくは孫が王族となる可能性が出てきたのだから。

 だからその隙をつき、この国を変える。


 確かに私は敗けた。

 本当に? いいえ、違う。私が亡くなってからが本番だ。他国にはコルデだけでなく、姉弟の情報も回している。今、どのような生活態度で過ごしているのか。どれだけ迷惑をかけているのかを。そんな教養のない者を、誰がまともに王族として扱うものか。


 今後、民が一丸となりこの国を新たに造り直すなら、それはそれでよし。荒れて他国から攻められれば、軍部には大人しく降参し、なるべく血を流し犠牲が出ない道を選ぶように伝えている。その文書には私だけでなく、二人の側妃の署名も記されている。

 しかも軍上層部は、側妃の一人の一族が占めている。無駄な犠牲を出すより、投降を約束してくれていることに安堵し、横になって過ごす日々。私には人を見る目はないが、それでも信じるしかない。


 私がこの国を守れる布石は、敗けた上で全て打った。そう、新たな国へ生まれ変われるように。


 ベッドで寝こむ私を陛下は見舞いにもこない。見舞いに来るのは生家の家族、息子、側妃たち等、一部のみ。

 それでいい。

 愛してもいない者に見送られるより、大切な者に見送られる人生の終わりの方がよほど素晴らしい。


 私は敗けた。だがまだ勝負は終わっていない。


 陛下、あなたの行いやディロ男爵の行い、そしてあの姉弟の悪評は、私を蝕んでいる毒のように、ゆっくりと確実に民に広まっているとご存知か。コルデたちが税で贅沢をしているという話も。

 人は噂好きな生き物。

 私が毒へ侵されて迎えた死と噂は結びつき、やがて民は真実を知ろう。


 そして現王家に替わる先導者が現れる。


 民よ、私の愛する子たちよ。

 より良い国となるよう、どうか自分たちで立ち上がる力を抱いてほしい。愚かな王が統治する世より、違う世界へ歩み出してほしい。変化に戸惑うだろうが、あなたたちなら負けないと私は信じている。











お読み下さりありがとうございます。


令和2年10月12日(月)

ランキングは思うところあり、一時的なものです。そのため、いつかは反映させなくするので、ご了承下さい。


令和2年10月15日(木)

ランキング除外といたしました。


村岡みのり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お話自体は面白く文章力も高い [気になる点] と思うのですが、前作もそうでしたが終わり方がスッキリしないんですよね… サートが嫁に言われた言葉を家に帰って確かめて後悔したのかとか 王やコ…
[良い点] コルデ親子が帰国する原因がわかってよかったです。 確かに、人は残念ながら裏切るものですものね…。 王妃の気品が毒を盛られ、敗者側となっても失われていないのがいいです。 [気になる点] 正直…
[良い点] 一つの王家が終わる様と生まれ変わる時期という生々しく感じられて面白いです。 [一言] 兄嫁に関しては平民でない限り身分社会で特権的で利益を得ている立場の人間で生きている以上仕方ないと思うの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ