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≪1-8≫ 冒険者誕生①

 廃倉庫裏の空き地にて、アニスは『そこら辺に落ちていた錆気味の鉄のパイプを地面に植え付けて立てたもの』と対峙していた。


 街の喧騒はどこか遠く、昼下がりの太陽は暖かく、風が細く鳴いていた。


「『灯されしは智啓∥我は練り研ぐ者∥四極に行路在り/頂を蝕み三度みたびかえらず∥我が怒りと為れ、恩寵の子』……≪火炎弾スピットファイア≫!」


 魔法の杖の代わりに指で印を組み、詠唱用の圧縮言語で呪文を唱えて、魔法のイメージを形成しつつ魔力を練る。


 そして詠唱が結ばれると、だいたいアニスの握り拳くらいの火の玉が飛び出し、鉄の棒にぶつかって火の粉を散らした。


 ――信じらんねえ……最下級の攻撃魔法とは言え、フル詠唱で使ってこの威力だと!?

   ふざけんな、完全に未経験の素人レベルじゃねーか!


 愕然とするアニス。

 予想の数段酷い弱体化ぶりだった。

 英雄ヴォルフラムが積み上げてきた研鑽は全て無に帰したと言ってもいい。

 知識は残っているし、どう努力すれば実力を付けられるかという経験則もあるわけなので、完全にゼロからではないのが救いだが、この世界が滅ぶまでにどれほど時間があるかと考えれば厳しくはある。


 ふと、人の気配を感じて振り返れば、建物の影からヴィオレットがこちらを覗いていた。


「あっ。ごめんなさい、覗くつもりじゃなかったんだけど……」


 ちょっと気まずげに出て来た彼女は、焦がされたマトを見て感嘆した様子で手を打ち合わせる。


「すごいわ、本当に魔法使えるのね!

 って、別に疑ってたわけじゃなくて、その」

「……こんなの使えたうちに入りません。

 炎の魔法は、爆圧で相手を吹っ飛ばすとか、炎上させてダメージを与えることができなきゃ意味が無いですから」


 一般人の基準で言えば、確かにいきなり魔法を行使できるのは凄いのかも知れない。

 しかし、今の一撃は『初心者の攻撃魔法』としても落第点だ。実戦投入可能な水準にはない。


「それでも凄いわよ。

 ……私も火を付ける魔法とか使えたら便利だったのになー。適性が無いって言われちゃったのよね。

 別に他の属性の魔法だったら向いてるってわけじゃないんだけど……」

「適性……?」


 ヴィオレットの言葉が、今更感のある閃きをアニスにもたらした。


 ――いや、そうか! さては今の俺、身体と魂で適性魔法が違うな!?

   しかも魂の方は無茶な魔法でボロボロになってる、となれば……


 それは普通なら考慮しなくても良いことだ。

 だが今のアニスは、本来とは異なる肉体に魂を乗せた状態にある。


 英雄ヴォルフラムが最も得意としたのは火の元素魔法。

 それ以外を頼みにするという発想がアニスには無かった。

 だが、それがそもそも間違いだったのかも知れない。


「『より始まりてめぐる∥我は馳せ駆け見上げる者∥歩みは無尽にして/その手に残響遺さるる』……」


 詠唱と共にアニスは魔力を練る。

 その手応えは先程より強く、身の内より力が膨れあがる感覚を覚える。


「……『干戈かんかを掲げよ、無貌の王』! ≪風刃ウィンドカッター≫!」


 キイン! と小気味良い音を立て、見えざる風の刃が鉄のパイプを両断した。


「まあ!」

「『風』だ。この身体の属性は……!」


 英雄ヴォルフラムの全盛には遠く及ばずとも、第一歩としては上等の部類だった。


 * * *


 前回の来訪より、およそ三週間。


「冒険者試験を受けに来ました」


 マリアンヌは、かの少女と再びまみえていた。


 最初に来た時はまるで嵐の中を三日三晩歩いてきたような酷い有様だったが、まともな服を着て身繕いをして、彼女は見違えるほど身綺麗になっていた。

 むくつけき男ども率が世間一般より高いこの冒険者ギルド支部ロビーにおいて、彼女は一際小さく可愛らしい。だが、その目に宿る尋常ならざる焔の色は、初めて彼女を見たときから全く変わっていなかった。


 ある種の諦めと共に、マリアンヌは少女を出迎える。

 試験料を持ち合わせていなかった、なんて理由だけで彼女のような者が諦め引き下がるはずがないのだ。

 どうせ止める権利は無い。彼女の迎える結末がどのようなものだとしても。


「かしこまりました。まず、読み書きはできますか?」

「はい」

「ではまず、こちらの一般組合員規約をご確認ください。要点のみまとめた簡易版と正式版がございますが、可能であれば正式版の方を。これら規約は申請書類への署名を以て承認したものと見做され、冒険者証の交付を以て発効します」


 印刷された用紙を差し出すと、びっしりと細かい文字が刻まれた規約文書を少女は驚くような速さで確認した。持ち帰って読んでくれても構わなかったのだが。


「申請書類にご記入を」


 続いて、申請用の書類とペンをマリアンヌは出す。

 (もしあれば)連絡先、(もしあれば)現在の職業、(差し支えなければ)出生地、等々。ギルドへの加盟に当たって個人情報を把握するためのものだ。

 少女はペンを取ると流れるように記入していく。


 ――綺麗な字。付け焼き刃じゃないわね。学のある子だわ。


 冒険者の中には、読み書きすらできない者もそれなりに存在する。

 まあ結局、仕事上の利便性のために後からそれを学んでいくことが多いのだが、若くて力があればとりあえず冒険者になれるので、無学な者でも成功の希望がある職業ではあるのだ。


 ただ、この少女に関しては違うらしい。

 先日この場を訪れた際の姿などは、森の中で狼に育てられた野生児かという有様だったが、文字の書きぶりだけ見ても積み上げた学究を感じさせるほどだ。


 しかし名前を書く欄の前で、一瞬ペンが止まる。

 それから彼女は『アニス・アニマ』と名を記した。


 ――あ、偽名っぽい。


 名前を書く前の妙な間で、マリアンヌは直感する。


 冒険者ギルドは、偽名や通り名であっても、それを継続的に使用する意志があるのであればギルドへの登録名として認めている。

 なので偽名を使うことに問題は無いのだが、何故彼女は偽名を名乗るのか。


 ――『訳あり』の極致って感じね……この歳で何があったのかしら、この子。


 初対面の時の直感が間違いではなかったことをマリアンヌは確信する。

 冒険者になる理由が、どうしてもそうするだけの理由が、彼女にはある。

 栄光か、死か。そういった類いの冒険者だ。


職種クラスのご説明は必要ですか?」


 書類記入の進み具合を見て、マリアンヌは問う。


「えっと、職種クラスっていうのは具体的に何なんですか? こう、ふわっとは理解してるんですけど」

「簡単に説明するのであれば、職種クラスというのは個々の冒険者が掲げる『自分には何ができるか』という看板です。

 身体を張って魔物と戦う戦士ファイター、野外探索を先導する野伏レンジャー、一般的な魔法の使い手である魔術師ウィザード等々。

 依頼者の方も、指名依頼でなければ職種クラスを指定して冒険者を呼ぶことになりますし、冒険者がパーティーを組むにしても、まずは相手の職種クラスを確認するでしょう。

 ギルドとしても、所属する冒険者に対しては職種クラスに合わせた支援を行っています。

 職種クラスによって仕事が限定されることはありませんが、最も自分の力が発揮できる分野は何か、それを考えていただければ」


 ギルドで規定される職種クラスのリストを渡すと、アニスはそれを流し見て二秒で答えを出した。


「『魔術師ウィザード』でお願いします」


 概ね、マリアンヌの予想通りだった。

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