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≪1-5≫ 振り出し

 風が吹き抜ける旧街道。


 焦げ朽ちた馬車の残骸。

 炭化した死体。

 抉られた地面。

 薙ぎ倒された木々。


 そんな荒涼たる風景の一部。

 横たわっていた金茶ダークブロンドの髪の少女の死体が、ピクリと動く。

 否。それは死体ではなかった。


「けほっ! はぁ……っ。はぁっ……!

 上手くいった……ざまあみろ、あいつめ、気が付かねえで帰りやがった……」


 気管に詰まった血を吐き出しつつ、ゾンビもかくやという有様で起き上がった少女の名はレティシア。

 正確には、レティシアと呼ばれていた少女の身体を動かす何か。可愛らしい声には似合わぬ、荒涼たる笑い声を上げて。


 レティシアはトゥダの呪いを受けて殺害された。

 だが、彼女の魂が肉体を離れた後、その身体に宿り再生させた者がある。

 ヴォルフラムだ。


 世界について調べ、さらにその後ゲルティークの『魔王討伐パーティー』として旅をする中で、ヴォルフラムは外法の術をいくつか蒐集していた。それらを使ったのは今日が初めてだったが。


 人道から外れた効果を発揮する。

 捧げるべきでない対価を要求する。

 神の領分を侵す。

 そんな、使うべきではない魔法。……『禁術』。

 神殿勢力によって指定された禁術の数々は、その行使が露見すれば異端に認定される。

 まあ、とっくに異端認定されているヴォルフラムには痛くも痒くもないペナルティだ。


 用いた術の名は≪借体成形ロビングポゼッション≫。

 他者の肉体(死体でもいい)を奪い取り、己の魂を封入する禁術である。


 ――無駄遣いしねえ性格が徒になったな、鬼畜眼鏡……! とっくに呪いが消えてやがる。

   『死ぬまで苦しめる呪い』を! 死んだ後の身体に魂を移すことで回避してやった!


 ヴォルフラムはレティシアの身体で立ち上がる。

 死の間際に使った魔法で、ヴォルフラムは己の魂をレティシアの死体に移したのだ。

 狙い通り、復活した身体はトゥダの死の呪いを免れており、トゥダはヴォルフラムに気付くことなく引き上げていった。


 ――しかし半死半生だな……戻って来るなよ、野郎。さすがにこれ以上は戦えねえ……


 身体に魔力を廻らせて、一度は死へ至った損傷を回復しつつ、ヴォルフラムは辺りの気配を探る。

 既にヴォルフラムは消耗しきっている。

 おまけにヴォルフラムが手に入れた新たな身体は、本来、なんら戦闘能力を持たない無力な少女のそれだ。

 役人の身体は丸焦げで修復どころではなかったし、トゥダに操られていた護衛たちは……まだ腹の中に()が残っているだろう。ヴォルフラムが倒した者も、生きている者も。

 死を装ってトゥダの追跡を逃れるには、レティシアを使うしかなかった。


 とにかく、その場しのぎには辛うじて成功したがこのままでは何もできない。


 ――どうにか家へ戻れば装備やらマジックアイテムやら置いてあるんだが……まずは、そこか。


 もしかしたら見張りを残しているかも知れないとは思ったが、それはそれで警戒すればいい。

 ヴォルフラムは身体を引きずるように、森の中へ姿を消した。

 空はにわかに掻き曇り、重い灰色の雲から雨が滴り始めていた。


 * * *


 雨に打たれても消しきれぬ、いがらっぽいニオイが漂っていた。


「念の入ったことだ、あの野郎……」


 少女の声音で悪態をつくより他に無い。

 ヴォルフラムの隠れ家は全焼していた。

 生焼けの木炭の山みたいになった残骸の中には、燃え残っているはずの物品が異様に少ない。


 まさかいきなり局地的な山火事が起こったわけでもないだろう。

 トゥダが破壊・略奪していったのだ。

 おそらく、ヴォルフラムの遺したマジックアイテムや研究成果などが、他の人々の手に渡って活用されることを恐れて。


 そもそも、なんでゲルティークの使者ご一行様を乗っ取って、あんな念の入った罠を仕掛けたかと言えば、ヴォルフラムが家から離れたタイミングを万全の状態で狙うためだっただろう。

 一流の術師にとって、自宅や工房アトリエなど武器庫も同然。トゥダは用心深く、ヴォルフラムが遺した物品さえ警戒して破壊・回収した。

 被害を免れたのは庭の薬草畑くらいだ。まあ、これは実用的ではあっても大して希少価値が無いし、そこに何があるかも一目瞭然なので放置されたのだろう。


 ――薬草畑は無事か……これだって街に持ってきゃ多少の金になるが、今食わねえと死ぬ……!


 死にかけるどころか死体を再生してここまで歩いてきたヴォルフラムは、既に体力が尽きかけていた。と言うか元から尽きていた体力を魔法でどうにか誤魔化していたというか。


 畑に生えているのは、魔法の薬・ポーションの材料にもなる薬草類だ。

 生で食べても一応、いくらかの効果はある。


 ヴォルフラムはそれぞれの薬草の効能を頭に浮かべつつ、効果がありそうなものを手当たり次第に千切って口に運んだ。


「うっぷ……生で薬草食うのは流石にきちぃ……効き目も弱えし……」


 もう少し味を考慮して種類を選べばよかったと後悔するくらいにはキツかった。

 苦いものが喉に張り付き、何度も吐きそうになりながら飲み下す。


 一通り食らい尽くすと、ヴォルフラムは深呼吸して魔力の巡り具合を確かめる。

 ここまでも感じてはいたが、薬草で少し身体の調子が戻ってみれば、それはより明白に感じられた。


 ――禁術の反動が思ったよりやべえ。魔力を使い切って消耗してるってよりも、これは……


 魔力を練ろうとして、そのあまりに貧弱な手応えに愕然とする。


「弱体化、か?」


 聞き慣れない声による、自分自身の呟きが、意外なほど絶望的に響いた。


 魔法の能力はおおよそ魂に依存する。

 魂だけの姿になっても魔法は使えるし、本来の肉体とは別のもの(剣、ゴーレム、他人の肉体……)に魂を移しても魔法の能力は健在、というのが常識だ。

 だからこそヴォルフラムは窮余の策として『身体の乗り換え』を選んだのだ。身体が変わろうと魔法の能力は変わらないはずだから。


 ところがヴォルフラムの魔法力は見るも無惨に弱体化していた。

 そもそも、人の魂を扱うなどという神の領分に片足突っ込んだ魔法を、まともな準備も儀式もなく、敵の目を眩ませるため死に際の咄嗟に行使したのだ。

 そのツケを、ヴォルフラムは支払うことになった。


「おいおい……これヤバいんじゃねえか、俺」


 雨に濡れたワンピースが急に重く感じられた。


 力は無く、財産も無く、頼れる者も無い。

 今のヴォルフラムに対して客観的評価を下すならば、『自分を英雄ヴォルフラムだと思い込んでいる頭のおかしい少女』が妥当な線だろうか。

 まあ、仮に自身がヴォルフラムだと証明できても、人族社会では一応お尋ね者同然の身だし、禁術によって身体を乗り換えた状態なので、余計厄介なことになるだけという気もするが。


「はは……世界を救えって?」


 虚しく乾いた笑いを口に浮かべ、湿った空をヴォルフラムは見上げる。


「……どうやって?」


 春先の冷たい雨が止む気配はまだまだ無かった。

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