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≪1-4≫ 罠②

「なかなか悪くない手品でしたね。英雄の一撃とは思えぬ()()()()でしたが」

「げふっ……畜生……」


 地に伏すヴォルフラムを見て、トゥダは冷たく言い放つ。

 胸を刃物で抉られ続けているような苦痛を感じ、ヴォルフラムは血を吐いた。


 ――これは毒……じゃねえ、呪いか! 相手が()()()()ダメージを与え続けるタイプの……!

   こういうのはパブロの仕事だぞコンチクショー……


 魔王とその眷属が用いる、おぞましき闇の邪法……『呪詛魔法』。

 この呪いを打ち消すのであれば、神の奇跡たる『神聖魔法』を用いるべきだ。

 かつてヴォルフラムの仲間であったパブロは熟達した神聖魔法の使い手だったが、ヴォルフラムは神聖魔法を使えない。

 身体に魔力を廻らせて呪いに抵抗するだけだ。


 ヴォルフラムですらそうなのだから、戦ったことなどない一般人はどうか。


「おい、ガキ! 生きてるか!? 返事しやがれ、くそっ!!」


 レティシアの小さな身体が、そこに転がっていた。

 内臓を踏み躙られているような苦痛を堪えてヴォルフラムは叫ぶが、応えるどころか彼女はピクリとも動かない。


「てめ、なんでこのガキまで……!」

「生かしておいたところで何も変わらないとは思いますがねェ、それでも不確定要素は可能な限り排除する主義でして。ご存知でしょう?」


 歯を食いしばって身を起こすヴォルフラム。

 射かけるようにトゥダを睨むが、トゥダは苛立ちと失望を滲ませた溜息をついただけだ。


「ハァ……

 そんなつまらないことを聞いている間に、20年前の貴方であれば二度や三度は私を殴りつけていたでしょうに」

「悪かったな、こちとらギックリ腰と四十肩にビビリながら闘ってんだよ!」

「栄光に背を向け隠棲した貴方は、驕り肥えることもなく、未だ心に鋭き刃を隠していると思っていたのに。

 ……失望しましたよ。我が永遠の宿敵とまで見込んだ貴方が、これほどまでに見る影も無く衰えているとは。かくなる上は仕事として処理するのみ」


 深淵の色をしたトゥダの双眸に、冷たく事務的な闘志が宿った。


 ――まずいな。今の俺と今のコイツじゃ格が違う。おまけにヤベえのを貰っちまった。

   これじゃ勝つどころか逃げる事さえ……


 生きながら臓腑を炙られるが如き苦痛と焦燥感。

 積み上げてきた戦いの経験と知識から、ヴォルフラムは逃れ得ぬ『敗北』という結末しか導き出せない。


 ――奴の裏をかけそうな手はある。だが……こいつは……


 逡巡は一瞬。

 戦いの場で悠長に物事を考えている余裕は無い。ヴォルフラムは即断した。


 ヴォルフラムは、この世界を救うことこそ己の天命と定めた、若き日のことを思い出していた。

 そしてヴォルフラムは既に()()していた。世界を救うことを。


「≪信号弾シグナルボム≫!」

「おや」


 空へと向けたヴォルフラムの杖から、赤き火花を散らしながら魔法弾が打ち上げられ、やがてそれは炸裂して空に大輪の花を咲かせた。

 街を離れて活動する者たちが、主に救難信号として使う魔法だ。


 その一手の隙を見逃すほどトゥダは甘くない。

 ヴォルフラムに突きつけた仕込みステッキの刃の先端に黒い光が集い、細く鋭い閃光として打ち出される。

 ヴォルフラムは辛うじて身をひねり躱すも、それはヴォルフラムのすぐ背後に着弾して炸裂。

 煽られて体勢を崩したところにトゥダは斬りかかってきた。

 刹那に二合。短杖で辛うじて刃をいなすもヴォルフラムは肩口を切り裂かれる。


「見苦しい。助けを呼ぼうとでも?」


 トゥダは責めなじるような口調だ。

 バックステップして距離を取りつつ、ヴォルフラムは内心ほくそ笑む。


 ――ちょーっとだけ攻めが加速したな。しっかり気にしてやがる。

   慎重なお前のことだ、こうしとけば戦いの後は速やかにこの場を立ち去ろうと思うはず。

   後は、遠く……少しでも、ここから、離れて……!


「≪跳躍ハイジャンプ≫!」


 魔法を行使すると同時、ヴォルフラムの身体は子どもが蹴り上げた鞠のように跳ね上げられ、森の木々を見下ろすほどの高さを舞っていた。


「往生際の悪い……! 死を数秒引き延ばしたところで何になると?」


 トゥダは宙を駆けるように虚空を蹴り渡ってヴォルフラムに追いすがる。

 弓を引き絞るかのように彼は手をかざす。その手が歪んで見えた。

 力場が発生している。

 物理的衝撃を魔法によって生み出し叩き付ける、『理力魔法』の類いだ。


「追いかけっこはここまでです」

「……≪対衝障壁シールド≫……!」

「甘いっ!」


 トゥダは宙を蹴り、ヴォルフラムに覆い被さるような位置から衝撃波を叩き付ける。

 身体を纏うようにヴォルフラムが張った光の防御壁は、衝撃をいくらか和らげながらも砕け散った。


「ぐあっ!!」


 ヴォルフラムは跳躍の弾道をへし折られ、彗星の如く地面へ墜落していった。

 枝葉をへし折り、地面へ叩き付けられる。全身の骨が砕けたかのような衝撃だった。


 ヴォルフラムは辛うじて、まだ生きていた。生きているというだけだが。


「終われねえ……終われねえんだ……」


 血の味がする口の中で、呪文のように呟く。


 木々を透かして見える空は赤黒く染まっていた。


「これにて幕引きです!!」


 トゥダと共に、無数の『槍』が。

 死者の血のように赤黒い、呪力によって編まれた槍状の魔法弾が宙に浮かび、その穂先をヴォルフラムに向けていた。


 ≪血染槍衾カズィクルベイ≫。

 せいぜい中位程度の呪詛魔法だが、だからこそ扱いやすく、乱戦の中で詠唱省略・詠唱破棄して行使してもまともな威力が出る。

 さらに、魔法を改良したのか何かの合わせ技なのか、トゥダの槍は()()()。 

 ここ一番の場面でトゥダが頼りとする必殺技だった。


 六十、七十、いや八十……

 槍の数がいつになく多い。

 肉片一つも残さずヴォルフラムを消し飛ばす気だ。


 それで全て終わりだと思っているのだろう。


 ――悪いなガキんちょ。高えぞ、俺は……

   英雄を雇おうってんだ……この俺に世界を救えと言ったんだ!

   相応の代価は……払って貰うぞ!?


 魔法が迫る。死が迫る。

 それでもヴォルフラムは笑い、最期の魔法を使った。

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