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≪1-25≫ ジャムレ燃ゆ④

 くぐもった衝撃音が響き、積み上げた椅子とテーブルが揺れた。


「うおっ……」


 ちょうど玄関にデーブルを寄せていた男が、僅かに押し返されてうめく。


「犬どもめ、まだ諦めずにぶつかってきてやがる」

「おい、その箱も持ってこい。ここ突っ込むぞ」

「釘はもう無いのかヴィオちゃん!」

「そっちの窓は酒棚で塞げ!」


 『ヴィオレットのキッチン』のフロアは、孤立した穴蔵と化していた。


 とにかく店の中にあったもので、玄関、窓、裏の居住スペースに通じる扉まで塞ぎ、魔物の侵入を防いでいる。

 そこに店主であるヴィオレットの他に、偶然居合わせた客や、丁度近くに居て逃げ込んだ者など数人が立てこもっていた。


 突然街を襲った魔物たちは、人という人を根こそぎかつ流れ作業的に殺し尽くそうとしている。

 無論、ここに居る人々もその例外ではなく、先程から魔物たちの群れの一グループが店の周囲をうろつき、どうにか侵入しようと試みていた。

 中に居る人々は、とにかく必死で進入口という進入口を塞いでいた。


「これでしばらくは大丈夫だろ……」


 窓に板を打ち付けていた男が、禿げ頭に浮かんだ汗を拭った。

 犬のような魔物が断続的に玄関へ体当たりを仕掛けているようだが、積み上げた物たちを動かすには至らないようで、不穏な軋みを響かせるばかりだ。


「だ、だけど俺たちも逃げられないぞ!? どうすんだ!?」

「キャンキャン咆えんじゃねえよ。逃げたところで逃げ切れるのか? 魔物の餌になるのがオチだ」


 逃げ込んできた不安げな男に、常連のハゲ男はハードボイルドぶった苦い顔をする。


 実際、どうにもならない状況であり、かと言ってこれ以上何もできない状況でもあった。

 来るかどうかも分からない助けを待って、絶望的な時間稼ぎをする……

 それが唯一できることだった。


「で、でもよ。獣がぶつかってくるだけだから防げてるんだ。

 あの大斧を持った巨人とかがぶん殴ってきたり、火でも付けられたらどうなるか……」

「じゃあどうしろってんだよ!」

「ちょっと、喧嘩はよしなさいよ!」


 あわや掴み合いになりかけ、ヴィオレットは慌てて仲裁した。

 極限状態で皆がいきり立っている。魔物に襲われる前に怪我人を出しては何にもならない。


 再び店内は静まりかえる。

 だがその直後、ドン! という店全体が揺れたような音がして皆が竦み上がった。


「……なんだ?」


 玄関からの音だった。

 

 先程までと比べると、より強く鋭い音だった。

 積み上げた椅子とテーブルが強く揺さぶられる。


「さっきと音が違う! まずい、押さえろ!」

「畜生、こいつら……ぐあっ!?」


 男どもが押さえに掛かろうとしたその時、玄関がぶち破られ、積まれた物は爆発的に吹っ飛んだ。


 ぬっと突き出されてまず入ってきたのは、角材の先端だ。

 このジャムレは林業の街であり、行くところへ行けばいくらでも出荷前の材木がある。


 鎧を着たブタ顔の大男……おそらく『オーク』という魔物だ……が、二匹がかりで角材を抱えていた。

 犬の魔物ではラチがあかないとみて道具を使う方針に切り替えたらしい。


 二頭のオークに続いて何匹も、赤い毛並みの犬が侵入してくる。

 そして、さらにその背後には叩き潰された粘土人形みたいな醜い灰色の子鬼。ジャラジャラと呪術的な装飾品を身につけ、頭蓋骨型の杖を持ったゴブリンだ。


「そんな……」

「ギキャッ! ギキュルシュイルリィイ!」


 ゴブリンが何か人には分からない言葉で喚き散らした。興奮していることと嘲笑っていることはなんとなく分かった。


 店内に居た人々は、奥の壁際まで後ずさって一塊に張り付く。


「う、裏から逃げられるか?」

「さっき塞いじまったろ!」

「でももう、それしか……」


 店の裏へ続く扉は板を十字に打ち付けて封じてある。

 建物全ての進入口を封じることはおそらく不可能なので、この店舗フロアのみを最後の砦として立てこもったのだ。

 ひるがえって、侵入を許せばこれ以上逃げ場が無いということでもあったが。


 その時ヴィオレットは、異変に気付いた。

 服に滴ったソースの染みが広がるかのように、裏への扉と周囲の壁、そして打ち付けた板が全て黒くグズグズと変質していた。


 ――何、これ? 扉が、打ち付けた板ごと腐ってる……?


 黒いシミがある程度広がったところで、その扉は軽く蹴り飛ばされて転がった。


「変な魔法知ってるなお前!」

「南方でエルフの爺さんに教わった!」

「アニス!?」


 思わずヴィオレットは声を上げる。

 裏から飛び込んできたのは、雨合羽のような外套で全身を包んだ少女と、剣と銃を持った黒い肌の男だった。

 片方はこの店に下宿している冒険者の少女、アニスであった。


 二人は生存者たちを庇って前に出る。

 小さなアニスの背中が不思議なほど頼もしく思えた。


「あと何秒だ、アニス!?」

「一分以内だと助かる! それと、今は一発も殴られたくない!」

「了解!」


 男は腰に提げていた変な物を魔物たちに向ける。

 すると、犬の魔物の赤い毛皮すら白く染まるほどの光が魔物たちを照らした。


「ギッ!?」


 冒険者たちがダンジョンなどを探索する際に用いる魔力灯照明具。

 その中でも特に高級で強力なものだ。

 目を眩まされた魔物たちが一瞬怯む。


「ギュア! グキュキュキィ!」


 そんな中、ゴブリンは目を潰されながらも気味が悪い呪文を唱えて杖を振った。


 ゴブリンの杖から意外なほど大きな火の玉が飛び出した。

 一抱えほどの炎が概ね人々の居る辺りを狙って放たれる。


 悲鳴を上げる暇もなかった。


「≪風の盾(タービロンシールド)≫!」


 爆発が起こり、熱風がヴィオレットの髪を嬲った。

 火の玉はアニスが身を挺して防ぎ……否、魔法で防御したらしい。

 余波によって床に炎がちらついていたが、アニス自身は無事だった。


「くそっ……!」


 その代わり、アニスの着ていた外套が燃えながら吹き飛んで、その下に身につけていたものが露わになった。


 白と薄紅色に染め分けられた、胸から下だけのレオタードのような服。フリルチュチュらしきスカートは短すぎ、お尻の形は丸分かりで白く柔らかな太ももが露出している。その露出を補うかのように彼女は膝上丈のブーツを履いていた。

 胸元に大きなリボンの付いた白いケープで肩を隠しているが、それはマントのようでもあり、天使の羽根のような二股の尾を持つ。

 妙ちきりんな服ではあったが、浮遊感ある愛くるしい容貌のアニスがそれを身につけると、妖精のようでもあった。


「なんだあの服は!?」

「可愛いけどわけが分からんぞ!」

「うっさい!!」


 驚き訝る人々にアニスは言い返す。


「なめんなよ、こいつ!」

「ギャピッ!!」


 男の手にしていた銃が、火の玉と擦れ違いに火を噴いた。

 重く鼓膜を叩く音が立て続けに響き、目を眩まされ棒立ちの魔物たちの間をすり抜けて飛んだ銃弾は、六発中三発がゴブリンの腹を貫く。

 ゴブリンの術師は血を流しながら倒れた。


「よし、『指揮種』が消えた!」


 魔物たちの動きは鈍い。

 倒れたゴブリンの方を見て狼狽える者、まだ目が眩んでいるらしい者、とりあえず人を襲おうと考えているらしい者、てんでんばらばらだ。


 アニスは長い杖を突き立て、低く歌うように呪文を唱え始める。


「『蒼天に隘路あいろあり∥我は馳せ駆け見上げる者∥……』」

「お前ら! 椅子でも酒瓶でもブン投げてアニスを守れ!」


 バセルは魔物の突入で蹴散らされた椅子の残骸を拾い上げ、向かってこようとしていた犬の魔物に投げつけた。大したダメージではなさそうだが、それでも魔物は怯む。

 つられたように生存者たちは次々と物を投げ始めた。

 窓を塞いでいた酒棚の中身が次々飛んで行く。瓶が割れて砕け、辺りはたちまち酒臭くなった。


「『……壁の無い袋小路/逡巡断つ不可視の楔/硬軟こうなん赤青せきせい自在なり∥干戈かんかを掲げよ、無貌の王』! ≪旋回風刃サーキュラスライサー≫!」


 次々飛んでくる酒瓶に魔物が狼狽えているうち、詠唱は結ばれる。


「ギャン!」「グヒッ!?」「ブギィイイ!」


 ヴィオレットには何が起きたのかよく分からなかった。

 ただ、店の中を突風が吹き荒れたかと思うと、見えない巨大な剣が振り回されたかのように魔物たちが次々と血を吹いて倒れていったのだ。

 そのまま『死』んで、魔石を残して灰となる魔物もあった。


「おらおらあ! トドメだトドメ!」


 銃の男が剣を振り回しながら突撃し、倒れた魔物たちを次々斬り付けていく。

 傷ついた魔物たちは灰となって散っていった。


「後はてめえだ!」

「ゲヒュッ…………」


 最後の一匹、鎧のお陰で深手を免れたオークに剣を向ける男。

 オークは己も剣を抜こうとしたようだが、その途端、奇妙な息を吐いて倒れた。


「……ほら、仕事したわよ」

「グッジョブ」


 崩れ落ちたオークの背後に、野良猫のような雰囲気の女が立っていた。

 粘っこく光る何かを塗りつけたナイフを手にしている。

 あれで不意を打ったらしい。


 男がオークにもトドメを刺し、灰に変える。

 気が付けば店に侵入した魔物は全滅していた。

 つまり……助かったのだ。


「や、やったあ!」

「死ぬかと思った!」

「助かったぜ、ありがとうよ!」


 店に立てこもっていた生存者たちは沸き返り、口々に三人を讃えた。


「アニス!」

「うぐっ」

「助けに来てくれたのね!」


 ヴィオレットもアニスに抱きついた。

 何故だか彼女はびくりと震える。


「助けられた私が言うのも変だけれど、こんな状態の街に飛び込んできて、ここまで無事で良かったわ」

「あ、あははは、無事です無事なので今だけは抱きしめないでくれると助かります」

「おかげで命拾いしたわ。本当にダメかと思った。ありがとう」

「一宿一飯の恩義です、お気になさらず」

「猫被っちゃって」


 ナイフの女は呆れたような顔でアニスを見ていた。


「なんだか震えてる気がするけれど、大丈夫? 怪我でもしたの?」

「ごっ……」


 若干引き攣った笑顔でヴィオレットと話していたアニスは、突如、身を翻す。


「ごめんなさいちょっと待ってて!!」


 そして、びっこを引くようなどこか覚束ない足取りで店の裏手へ走り去っていった。


「……どうしたの?」

「済まない、素敵なお姉さん。俺はアニスのパーティーメンバーでバセルって者だ。どうかよろしく。

 もし彼女が失敗しても、それは皆のため勇敢に戦った結果の尊い犠牲であると後世に語り伝えてほしい」


 銃使いの男が気取ったポーズでヴィオレットに声を掛け、会釈をする。


「俺たちはここに来るまでも魔物と戦っていてね。

 アニスは消耗した魔力を補うため、アイテム屋に残されていた魔力補給マナポーションを拝借してさっきからガブ飲みしてる。

 人が体内に蓄えておける水分には限界がある。あんな小さな身体では尚更そうだろう?」

「ああ……」


 アニスが去って行った方に、ヴィオレットは生ぬるい視線を向ける。

 そう言えばあの服はどうやって脱ぐのだろうかと、ヴィオレットは若干的外れなことが気になっていた。

間に合ったかどうかはシュレディンガーしておきますので、お好きなルートでお楽しみください

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