≪1-24≫ ジャムレ燃ゆ③
緑の肌にたるんだ皮膚。
身長4メートルほどで、大斧を軽々と振り回す怪力。
オーガと呼ばれる魔物のうち一種だ。
指揮種である事と周囲の魔物の強さから推察するに、おそらくは脅威度等級5・オーガロード。
見張所から確認した限り、この辺りの地区にはオーガ種らしき魔物に率いられた小隊がうろついていた。
それとかち合ってしまったらしい。
「やべえやべえやべえ!」
「下がれ、多分そいつが大ボスだ!」
睥睨するオーガロードの巨体の後ろから、お供の魔物たちがわさわさと姿を現し、バセルは大斧を回避したポーズのままゴキブリめいた動作で後ずさる。
「『赤』『白』『黄』『赤』……≪信号弾≫!」
アニスの杖が光を打ち上げた。
カラフルな光が彗星の如く尾を引きながら天へと舞い、炸裂して輝く。
――流石に信号弾の意味くらいは理解できる奴居るよな!?
色の順番と組み合わせ……意味は『敵のボスがここに居る』。
この状況でボスを倒しに来る者はおそらく居ない。しかし最も危険な敵がどこに居るか分かれば、それだけ動きやすくなる者もあろう。
「あれ倒せるのか!?」
「無理だ!」
叫ぶバセルにアニスは即答した。
ボスのオーガロード単体ならまだあしらえる可能性もあるが、取り巻きがそれなりの数存在しているというのがまずい。
取り巻きを片付けようとすればオーガロードに隙を突かれ、逆にオーガロードから片付けようとすれば取り巻きの集団に嬲り殺されるだろう。
もちろん高位の術師であれば広範囲を攻撃する魔法で雑魚を一気に片付けることも可能だ。
英雄ヴォルフラムであったなら、≪大轟爆≫一撃で取り巻きを全員吹っ飛ばしてオーガロードにも深手を負わせていただろう。
だが、今のアニスにそれは不可能だ。ならば搦め手によって
文字通りボスを取り巻いてこちらを威嚇する(……もしくは、既に勝利を確信して暴力の予感に興奮し涎を垂らしている)魔物たちを、アニスは0.2秒で確認した。
ゴブリン種の何か、おそらく原種のオーク、ブラッドドッグ、ジャイアントラット……
――……よし、全員馬鹿だ!
即座にアニスは冷徹な判断を下す。
高度な作戦判断をして単独行動ができるほど頭の良い魔物は居ない。留意点はゴブリンが魔法を使う種類かも知れないという程度か。
「ボスを5秒抑えろ! 銃も使え!」
「っしゃ! 手があるんだな!?」
「『暁は逆しまに暮れる∥我は虚ろの立証者∥……』」
右手に剣、左手に銃を構えてバセルは魔物の群れと対峙する。
そして、詠唱を開始したアニスを尻目に、恐れず向かって行った。
「邪魔だ!」
まずは銃撃。
敵陣の先頭に立つ、血まみれのように赤い毛並みをした二匹の犬……ブラッドドック目がけ、バセルの銃が火を噴いた。
片方の頭に一発。もう片方の背中に一発。
悲鳴を上げて倒れた犬共の向こうにオーガロードの巨体がある。
突撃するバセル目がけ、オーガロードは大斧を振り下ろし……
「ハイ残念!」
急ブレーキを掛けたバセルの目の前に死の刃が振り下ろされ、地を揺るがす。
攻撃を空ぶらされたオーガロードは、しかし巨体に似合わぬ素早さで次の動作に移った。その膂力ゆえに重量級の武器も軽々と扱えるのだ。
一歩踏み込み、掬い上げるような一撃。
「うおわ!」
バセルは剣で受ける。重すぎる音がした。剣を跳ね返されたバセルは体勢を崩し、よろめき後ずさる。
「『……有為の境界せき通り/回憶の声に応える者無し∥空漠を満たせ、万色の騙り部』。≪閃光≫!」
次の瞬間、アニスの掲げた杖が辺りを真っ白に染めるほどの閃光を放った。
背中を向けていたバセルはともかく、魔物たちはこちらを向いていたので完全に直撃だ。
「グッ!」
「ギイイ!」
何匹かが悲鳴を上げた。
肩に石を乗せられたようにズンとアニスの全身が重くなる。≪閃光≫はアニスの実力を超えた中位の魔法だ。魔法をサポートする服の力に加え、フル詠唱で安定させてどうにか発動させたものの、今のアニスには重い消耗だった。
だが怯んでいる暇は無い。
アニスは肩掛けにしていたポーチから液体が入った瓶を取り出し、それをオーガロード目がけて投げつけた。
「≪魔力矢≫!」
投じられた瓶を追って、光の矢が飛翔する。
狙い違わず瓶を貫いた矢はそれを砕き、粘っこい液体をオーガロードの頭からぶちまけた。
「なんだ? 水?」
「退け、バセル!」
わけもわからぬ様子でバセルが二歩退いた。
「≪着火≫!」
途端、オーガロードは赤々と炎に包まれて燃え上がった。
「ガアアアアアア!!」
「よし、逃げろ!」
苦痛の叫びを上げ、オーガロードはゴロゴロと地面を転げ回る。
もちろんそれを呑気に観察している場合ではなく、アニスたちは逃げ出した。
「油かよ! やっべえな」
「魔力たっぷりで魔法によく反応するやつだ。つっても体力馬鹿のオーガ相手じゃ多分死なねえ」
「マジ?」
「でもしばらくは転げ回ってるだろ! ボスを放っておいて自分で判断できそうなのは居なかったから、これであいつら全員足止めだ!
……ハァッ……」
倦怠感を覚え、アニスは走りながら深く息をつく。
魔力の消費と、実力以上の魔法を使ったことによる体力の消耗が響いていた。
――≪閃光≫は……必要だったから使ったが、ちと重かったか。
他、弱い魔法も合わせて四手。まずいな、逃げるだけで結構消耗してやがる。
まだこの先も戦う展開は予想されるのに、このままではジリ貧だ。
まともに動けるのはあと二戦ほどだろうかとアニスは見当を付ける。おそらく、それでは足りない。
「やるわね、ダメかと思った」
アニスとバセルに併走する足音。
姿を消したままでジェシカが言った。
オーガロードは幸いにも、ジェシカの気配に気が付くほど気配に聡くはなかったようだ。
「ジェシカお前……戦えよ!」
「無理!」
バセルは走りながら銃に弾を込め直していた。
「で、次はどうするんだ?」
「……先に俺の野暮用を済ます。付き合ってくれ。
それと補給もな。可能なら、だが」
既にアニスは今後の行動プランを自分の中でまとめ直していた。