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≪1-21≫ ジャムレへの帰路

 夕闇が迫る旧街道を、高速馬車がのんびり走っていた。


「ねえ、それ本当に動くの?」

「ちょっと待て話し掛けるな!

 揺れるんだよ……集中しないといけないんだ」


 車内では布を広げた上に、真鍮色のパーツや工具類を並べ、バセルが機械いじりをしている。それをジェシカが興味深げに背後から覗き込んでいた。

 バネと歯車でパズルのような内部機構を組み上げ、外殻を嵌め込んでネジで留める。


「こんなもんでどうよ」


 ジャカッ、となかなか様に鳴る音を立ててバセルが構えたのは、真鍮色に輝き背中から歯車が飛び出した拳銃だった。

 バザーで武器ではなくただの『珍品』として売られていたジャンク品の銃を二つ買い、ニコイチにして修理したものだ。

 ついでに歯車類をいくつか買っていたが、幸いにもそれで壊れた部品を補えたらしい。


 銃を馬車の窓から外に向け、バセルは引き金を引く。


 BLAM!


「わああ、何だ!?」

「悪い! なんでもねえ」


 御者席に座っていたアニスと馬車を牽いていた馬は、突然の発砲音に驚いて飛び上がった。

 飛び出した弾丸は街道脇の哀れな樹木に銃創を負わせていた。


「はー……まさかこんなとこで、親父に仕込まれた技が役に立ちやがるとはな」


 バセルはドライバーを手の中でくるくると回転させる。

 その手遊びすら堂に入ったものだ。


「銃ねえ。この辺じゃ珍しい武器よね」

「パーツと弾丸の供給が問題ですからね。そういうのが市販されてる地域じゃないと使いにくい。

 あと単純に、携帯できるサイズの銃だと威力が半端になる。使い手が強くなってくると銃より剣の方が魔物に効率的なダメージを与えられるわけなので。

 ……銃の良いところは、力の無い人が使っても威力が出ることとか、弓ほど訓練が要らないこととかですね」

「片手で使えるのが良いんじゃねーの?

 ほれ、こうやって……」


 銃を片手に持ったまま、バセルはもう片方の手で、鞘に入ったままの剣を手に取る。

 ちょっとばかり使い古されているが『鋭刃化』『頑強化』の魔化が施された剣である。これもバザーの戦利品だった。

 右手に剣、左手に銃を、ひょうきんなポーズでバセルは構えた。


「二刀流だ」

「それ本当にちゃんと戦えるの?」

「この剣は片手で持てるし、この銃も片手で持てる。だから分けて持てば良いんだ。

 これなら俺は今までの二倍戦えるぜ。お前、数学分かるかよ数学」

「私なんでこんなバカに馬鹿にされなきゃならないの?」


 ジェシカは憮然とした表情だった。


「そっちの新装備は調子どうです?」

「大丈夫、ちゃんと動いたわ」


 フードらしきものを身につけていたジェシカは、襟巻きのようになっている部分のホックを外す。

 すると折りたたまれていたものが展開され、途端にそれは身体をすっぽり覆う『フード付きの外套』となる。

 さらに。

 ぬめるような虹色の輝きが外套全体に走ったかと思うと、ジェシカの姿は蜃気楼のように揺らめいて、掻き消えた。


「わお。こりゃいい、着替えも風呂も覗き放題だな」

「こいつに買われる前に私が買っておいて良かったわ」


 声だけは聞こえる。

 装備者の魔力や魔石を燃料として、装備者の姿を消す力があるマジックアイテムだ。

 これまたバザーで見つけた掘り出し物である。


「でもさあ、もっと強い武器とか買えよぉ」

「生きて帰るのが一番大事でしょ!? 私、思い知ったのよ!」

「レベル高い魔物は気配や足音で気が付くことも多いんで気をつけてくださいね」


 背後から聞こえる会話に、アニスは一応釘を刺す。

 姿だけ隠して安心しているようでは、逆にその隙を突かれかねないのだ。特にジェシカ程度の実力では。

 まあ本来ジェシカが相手をするべき低位の魔物が相手なら、姿を消すだけでも充分すぎるだろうけれど……


 ちなみにアニスは例の服を装備してはいたが、あの格好で人前に出る気にはならず、すっぽりと全身を覆う雨合羽のような外套でそれを隠していた。

 表面的には隠してしまっても防具はちゃんと機能するのだから問題無い。はずだ。


「折角いいもん買ったんだし、適当に誰か誘ってダンジョン潰しでも行こうぜ」

「ちゃんと私たちが倒せるレベルのところだったら良いけど」

「大丈夫さ、ヤバけりゃ逃げ帰れば良い。

 今度は反対する奴も居ないだろうしな」

「もうその話はやめてったら!」

「待て、お前らちょっと静かにしろ」


 ふと、頭の脇を矢が掠めたような緊張感を覚え、低くアニスは言う。


 背後の二人は声だけではなく物音すら立てないよう動きを止める。

 手綱を操って馬も止める。

 馬車が軋んで、やがて、風の音だけが残った。


「なんだ? どうした?」

「静かすぎる。虫の声が異様に少ねえ。鳥の声もしねえ」

「……ほんとだ」


 夕日が差し込む森の街道を、虚しい風が吹き抜けていく。

 森は緑に溢れ、命の輝きに満ちる季節だというのに、雪に閉ざされた冬のように静かだ。


 動物だの虫だのは、頭の作りが原始的な分、原始的な感覚が人より鋭い。

 殺気に当てられると黙り込む性質がある。

 即ち。アニスにはまだ感じ取れないが、しかしそれほど遠いとも言えない場所で、何かが起こっている。あるいは何かが居る。


 鼻をひくつかせてアニスは風の匂いを探る。

 むっとするような緑の匂いの中に、一抹、きなくさいものが混じっている。

 家畜小屋のようでもあるが、毒の煙のようなエグみも感じる、これは。


「くせえ。群れになった魔物のニオイだ」


 推察される状況は、この期に及んでは一つだろう。

 魔物の群れ……否、魔物の軍勢がすぐ近くに居る。


「…………くそったれ。遅かったってのかよ」

「まさか、来ちまったのか!?」

「十中八九な」


 我知らずアニスは馬車の手綱をぎりりと握りしめる。

 アニスたちが攻略したダンジョンは、ボスの強さに反して中には弱い魔物が多少存在するだけだった。

 これは強い魔物が既にごっそり出て行った後だということを示す。

 しかもそこには『指揮種』が混じっているはずだ。周辺の魔物たちを集めて手近な街へ攻め込んでいくのはほぼ確実。

 それが今だった、という話だ。


「ど、どうすんだよ……」

「どうするもこうするも、状況次第だな。

 街に忍び寄って様子を見るぞ」

「なるほど。ジェシカ、そのマント貸せ」

「嫌よ!」


 見えない何かが客車を軋ませてバセルから距離を取った。


「馬車はどうすんだ?」

「この近くに良い隠し場所がある。

 変わり者の術師が住んでた庵だよ。ついこないだ焼けて、住人もどっかへ消えちまったけどな」

「へえ? よく知ってるな」

「あそこなら俺でも簡単な隠蔽の結界術式が使える。

 ……まあ結界まで使わなくても大丈夫だとは思うが」


 アニスは再び馬を歩かせた。

 先程より心持ち速度を上げ、しかし、いつでも引き返せるように注意はしつつ。


 例のダンジョン情報掲示を発見してから数日間。

 ここに来るまでは怒濤のような、そして綱渡りのような経緯だった。

 アニスの主張を理解して協力してくれたマリアンヌのお陰でダンジョンに挑めた。

 結果的には同行した冒険者たちの奮戦と犠牲あってアニスは勝ちを拾えた。

 ヴィオレットにはいくら感謝しても足りない。裸一貫となったアニスが冒険者になれたのは彼女が手を差し伸べてくれたからで、その後は亡父の伝手を引っ張り出してくれた。もちろんアニスの話を聞いてくれたギルド職員だって。

 どうにかアニスはこの街の窮状を然るべき場所へ伝えることができた。アニスの知らぬ者が今も情報を運んでいるだろう。


「せっかく希望を繋いでもらったんだ。

 ……無駄にはさせねえ……!」

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