≪1-20≫ 臨時査問会
この世界には、遠隔地に声を届ける魔法というものが存在する。
それを使えば遠く離れた場所に居る者と会話をすることも可能だった。
相互の距離が離れるほどに必要な魔力量は増える。
多くの魔石を費やす必要があるため、遠隔通話は贅沢行為だ。
それを常日頃から行う者は少なく、直接会うことが不可能な場合や急を要する場合に用いられるものだった。
「リーザミョーラ王国冒険者ギルド監査官、ウェッジ・スミスの名の下に通信において臨時査問会を執り行うものとする」
『冒険者ギルド『連合機関』本部監査官、カイル・ブランフォードです。この臨時査問会は私の責任において記録され、『連合機関』に報告されます。
また、本部監査官の権限の範疇において助言を行うこともありますのであらかじめご了承ください』
王都トゥーチェッタに位置する、リーザミョーラ王国の冒険者ギルド本部。
その一室に、複数の魔法陣を組み合わせた遠隔通信術式が準備されて、それを囲む机には書記も含めた数人のギルド職員が席についていた。
魔法陣は二カ所に接続され、音声を運んでいる。
一カ所は冒険者ギルド『連合機関』の本部。
そしてもう片方は……
「……まずは確認をする。
通信を行っているのは、冒険者ギルド・ジャムレ支部支部長、エーリヒ・クライゼンに相違ないか?」
『は、はい……』
魔法陣から聞こえてくる声は、緊張によって硬直していた。
この魔法による音声通信で執り行われているのは、査問会だ。
しかも極めて緊急性が高くイレギュラーな。
支部長とは言え、辺境の一地方都市を任されているだけのエーリヒに対してこの体勢を取るのは異例だったが、『連合機関』からの重要緊急要請(各国の冒険者ギルドに対するものとしては二番目に重い段階の要請)とあらば仕方ない。
この成り行きは、査問を担当する監査官であるウェッジがちょっとした裏技を使った結果だった。
エーリヒがやらかしたことについて、左遷されて地方に飛ばされた同僚から私的に連絡を受けていたウェッジは、まだギルドに収められてすらいない証拠品を根拠として査問会の手続きを開始した。
もちろんそんなやり方が通常は許されるはずもなく、ヒラ監査官であるウェッジでは己の権限で査問会を強行開催することもできない。
そこでウェッジは『連合機関』を動かそうと考えた。
各国のギルドは総じて、己の縄張りを『連合機関』に冒されることを嫌う。
ウェッジの要請は『連合機関』へ届く前に握り潰されるはずだったが、ウェッジは物資調達の担当者から『連合機関』の流通部門の遠話経路を聞き出し、そこから現状を訴えるという、自分でもどうかと思うやり方で話を通すことに成功した。
まだ手に入ってもいない証拠を『ある』と言って『連合機関』に一報を入れたのだから賭けを通り越して自爆に等しかったが、幸いにも証拠品……見過ごされていたマザーダンジョンのボスの魔石だ……は迅速に回収され、帳尻が合ったことでウェッジの首も繋がった。
その後は『連合機関』の要請によって全てが異例の迅速さで動き、この遠話査問会にこぎ着けたわけだ。
……この無茶苦茶で上役に睨まれたウェッジは出世の道も絶たれただろうが、悔いは無い。
「エーリヒ・クライゼン。
貴方は、ギルド支部内に掲示されていたダンジョン情報から『マザーダンジョン』の存在を疑った冒険者が情報の訂正を求めた際、『マザーダンジョン』について理解せず、それどころか異議申し立てを行った冒険者に対して禁足処分を言い渡したと」
まだインクが乾いているかも怪しい書類を、ウェッジは朗々と読み上げる。
「当該ダンジョンが『マザーダンジョン』であることは、ボスの魔石の鑑定結果から既に確定している。
この件に関して、何か申し開きはあるか?」
『話がねじ曲がって伝わっていると主張させていただきます……
私は『マザーダンジョン』に関する適切な知識を有しており、此度の一件はあくまでも調査上のミスに由来するもの。事前の調査において、当該ダンジョンでは『指揮種』の存在を確認できず、『マザーダンジョン』指定を行わなかったのです。
また、先程おっしゃいました処分に関しても、ギルド支部内での無法行為に対するペナルティとして課したものです。
これは当該冒険者が処分に対する逆恨みとして、私を陥れるべく企図したものではないかと疑います』
緊張しつつもしおらしく従順にエーリヒは弁明した。
ウェッジの傍らの速記録者がエーリヒの発言を書き留めていく。
ウェッジは苛立ちをかみ殺し、模範的な監査官として『ゴーレムの冷静さ』で続ける。
「『指揮種』であるパープルスライムの存在を確認しながら『マザーダンジョン』としての処理を行わなかったとあるが」
『『指揮種』の存在はこちらとしては確認しておりませんでした。
記憶違いか、でなければ実際にダンジョンに行ってから後知恵でそのように虚偽の告発を行ったのでしょう』
「その件に関してだが、『ギルド公印が押されたダンジョン情報掲示書類を保存している職員がいる』という情報が入った。
パープルスライムが確認済み生息モンスターとして記載されながら、通常のダンジョンと同様に掲示されていたものだ」
『な、何!?』
素っ頓狂な声が魔法陣の向こうで上がった。
ウェッジは見えない相手を鋭く睨む。
仮にエーリヒの弁明が全て本当だったとしても戒告程度の処分は免れないところだが、どうやらそれで済みそうな様子ではない。これはクロだ。
「仮にそのような処理が行われていたとしたら、その時点で支部長としての責任問題だ」
『なにかの、ま、間違いでしょう。よくご確認なさってください。きっとでまかせで、私を陥れようと、ははは……』
しどろもどろになるエーリヒの口調には、動揺がありありと浮かぶ。
――部下が勝手に処理をしたというわけでもなさそうだな。心当たりがあると見た。
調査の手が入るまでに揉み消す気か?
……上手く逃げろよ、マリアンヌ。
それにしても言葉も出ないほどの酷さだ。
ウェッジは出掛かった舌打ちを呑み込む。
末端のギルド支部がルーティーン化した日々の仕事を処理するだけの『店舗』化しているという批判がされるようになって久しいが、エーリヒの件は酷すぎる。
軽く経歴を調べる限り、彼はジャムレで大きな力を持つ林業組合の幹部の親類で、『相談役』としてギルドの禄を食むうちに組織内政治の間隙を縫って支部長の地位を得てしまったようで、つまり元々冒険者ギルドの職員としてまともに職務をした経験すら無いのだ。
そんな男を支部長にしてしまったのは、エーリヒ個人ではなくギルドの問題だ。
――この男、早いところどうにかしておいた方が良さそうだな。
だがその前に、目の前の問題をどうにかせねばならんわけだな……
ギルドの未来について考えるのは、とりあえずまた後日のことだ。
今はもっと差し迫った問題がある。
緊急の遠話査問会まで即日開くことになったのは、事態がウェッジの想定すら超えて逼迫していたためである。
回収された魔石からするに、あのダンジョンは等級判定すら正確ではなかった。しかもボスの強さに反して中に碌な魔物が居なかったという事は、ほぼ確実に、強い魔物がこぞってダンジョンを出て行った後だという事だ。
今すぐにジャムレは魔物の侵攻に対する備えをしなければならない。
それは一義的には領主の仕事だが、冒険者ギルドとしても当然それと連携することになる。
それが済むまで、エーリヒの処分は待つことになっていた。
だがこの事態に、外様出身の歴任貴族に期待などできない。
この査問会のために組まれた術式は、この後そのまま作戦会議に使われ、ギルド本部と『連合機関』から防衛計画への始動が入ることになっていた。
「『マザーダンジョン』が確認され、報告に寄ればそのダンジョンはもぬけの殻と言っていい状況だったわけだが、その対策はどうなっている?」
防衛作戦の立案は専門外なので、それは後に任せるとして、ウェッジはあくまで監査官としてエーリヒが仕事をしているか確かめる。
しかし返事は無かった。
「……なんだ? どうかしたか?」
答えは無い。
ただ、何かが割れて砕けるような激しい音の直後、通信は途絶した。




