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≪1-2≫ 英雄再起②

 気怠く暖かな昼下がり。

 ヴォルフラムは庭の薬草畑を手入れしていた。


「ヴォルフラムさん!」

「その名前で呼ぶなっつーの。俺は英雄ヴォルフラムだとバレたら面倒だから、こんな場所に名前まで変えて隠れ住んでるんだよ。まあ、遂に見つかっちまったけどよ……」

「どうして世界のために戦わないんですか!?」


 背後に立つレティシアはヴォルフラムの背中目がけて賑やかに咆えかかる。


「いろいろあって馬鹿らしくなったんだよ。

 俺は20年前に魔王を倒したとき、本当に世界を救おうとしたわけだが、だーれも話を聞かねえで、あげく俺が邪魔になって始末しようとした」

「どうして、そんなことに……」

「大人はいろいろあるんだよ。金とか、偉くなりてえとか。神様は絶対だから聖典と違うこと言う奴は信じらんねーとか。あいつは偉い学者先生と意見が違うから間違ってるとかさあ。

 俺の理論は先進的すぎっつーか、世界をひっくり返すような話だったからみんな『嘘』だって決めつけたんだ。お陰で俺は殺されかけて、今じゃ森ん中で酒と薬草とガキのお守りってわけ。

 ……おっと、虫食いだ」


 作業の手を止めずにヴォルフラムは答えた。生い茂る薬草の中から虫食いの葉っぱを見つけ出し、ヴォルフラムはそれを鋏でちょん切る。

 神経質な草なので、こうやって傷ついた箇所を適切に取り除いていかないと具合が悪くなる。

 育てるのに手が掛かる、暇つぶしにはもってこいの薬草だった。調合してポーションにすれば収入にもなる。


 レティシアは納得できない様子で食い下がる。


「でも、それだったら今ならみんな、おじさんが本当のこと言ってるってわかるんじゃないの?」

「どうだかなあ。今起きてることは確かに俺の理論に合致してるが、言ってみりゃ魔王がこれまでより短い間隔で出た()()だ。

 俺の理論以外の説明がいくらでもできるだろうぜ。信じやしねえよ」

「それじゃこの世界は……」

「滅ぶだろうな。しょうがねえ」


 とうにヴォルフラムは諦めていた。

 そしてヴォルフラムは、そうやって自分が諦めた結果も含めて受け容れるつもりでいた。


 だがそれは、レティシアにとっては辛いだろう。

 世界のほとんどの人々は、今度も魔王さえ倒せば世界は救われるのだと無邪気に思い込んでいるだろうが、彼女は真実を知ってしまった。


 しばらく、ヴォルフラムの鋏の音だけが聞こえる沈黙があった。


「……おじさんのお話を聞いて、わたし、世界にいろんなものがあるって知ったの。

 雪にうもれた真っ白な国……どこまでも続く青い海……真っ赤にもえる火の山……

 ネジと歯車と時計の街。空にうかんだ島の忘れられたお城。ようせいたちが住む、木と紙で作られた山奥の館!」


 ヴォルフラムはレティシアにせがまれて、魔王討伐の旅の最中で見たものの話をすることがあった。

 もちろん、何のために旅をしていたかは巧妙に誤魔化していたけれど。


「いつか見に行きてえってのか?」

「ううん。きっとわたしに、そんな旅はできないから。

 でも、世界のどこかにそんなすてきなものがあるんだって思うと……なんだかそれだけでうれしいの。わたしが今居る場所も、どこかのすてきなものとつながってるんだなって。明日もがんばろうって思えて。

 だから……わたしは、この世界が好き。この世界で生きられることは幸せで、わたしが死んでからもずっとこの世界にのこっててほしい」


 夢見がちな少女は切々と訴える。

 半ば惰性で余生を送るヴォルフラムには新鮮に思えるほど遠く、忘れて久しい感覚だった。


 ヴォルフラムが好んだのは、未知の景色や文化などより理論の方だ。

 魔法の成り立ちを入り口として、ヴォルフラムは世界の成り立ちそのものを理解しようとした。

 調べれば調べるほどに明らかになる世界の姿は美しく調和したもので、そして、知る事が世界を守ることに、人々を守ることに繋がるのだという感動的な使命感は何にも喩えようがなかった。


「それにね。この世界には悪い人も冷たい人もいるけど、良い人もたくさんいると思うの」

「俺にそれを言うかあ?」

「おじさんにだから言うの。わたし、おじさんに会えて良かったと思うし。

 ……世界がほろんだら、おじさんをころそうとした悪い人だけじゃなくって、良い人もみんな……」


 言うか、言うまいか、迷うような間があって、それからレティシアは口を開く。


「わたしのお母さん、遠いところに住んでるの」

「死に別れたわけじゃなかったのか」

「うん。今は……いろいろあって、いっしょにいられなくなっちゃったけれど……世界一大切な人」


 ヴォルフラムは、敢えてレティシアの事情を詮索するようなことはこれまでしなかった。

 こんな怪しい場所へ入り浸るような子どもだ。行動を諫める家族は居ないか、居ても酷い輩だろうと見当を付けていたのだが、事情はもう少しばかり込み入っていたようだ。


 ヴォルフラムは20年会っていない両親のことを思い出した。

 国を逃げ出すとき、一目会うこともできなかった。その後、隣国へ亡命したというニュースを見たが、その後は生きているのか死んでいるのかも知らない。連絡を取ればそれだけで迷惑になるだろうと、手紙の一通も出せなかった。


「世界がほろんだら、お母さんも死んじゃう。

 だから、お願い。この世界を守って、おじさん!」


 レティシアはヴォルフラムの背中にしがみついてくる。

 軽くて骨張っているように思えたが、温かだった。


「虫の良い話だぜ。それで死ぬ思いして戦うのは俺なんだからよ」

「じゃあ付いてく! わたしもおじさんといっしょに戦うから!」

「いや無理だろ! 足手まといだし一瞬で死ぬぞ!」


 こいつならやりかねないと本気で思ったヴォルフラムは制止する。


 ヴォルフラム自身、学院在学中にどうしても調べたいことがあって魔物だらけの山中へフィールドワークに出かけ、初めて魔法を実戦に使って三日三晩戦い抜き帰還したという頭の悪い逸話を持つので、レティシアの気持ちは分かる。

 必要だと思えば後先考えず突っ走ってしまう気持ち……

 まあ、ヴォルフラムは偶然戦いの才能があったから生き延びただけで、普通なら死ぬというのは今はもう分かっているが。


 振りほどくつもりでヴォルフラムは立ち上がったが、レティシアは背中にぶら下がったままだった。


「はあ……全くよぉ……」

「どうしてもダメなの……?」

「待て、ちっと黙ってろ。客だ」


 ヴォルフラムはレティシアを背中から剥がして地面に下ろす。

 既にヴォルフラムの魔法的感覚は、森の中の道なき道を通って庵へ向かってくる者たちの気配を捉えていた。


 国王の権威を示すべく着飾った役人、そしてその護衛たち。

 ゲルティークの使者ご一行様だ。


「ヴォルフラム様……」

「喜べ。気が変わったぜ」


 役人が何か言う前に、ヴォルフラムは友好的とは言い難い笑みを投げかける。


「金次第だ。英雄を雇おうってんだから、国が傾く額を覚悟しろよ。

 まず魔王を倒さなきゃ世界も国もねえんだ、断れねえはずだな?」

「おじさん!」


 レティシアが歓喜の声を上げた。


「俺が世界を救ってやろう」


 まあ、そういうのもアリかとヴォルフラムは思い始めた。


 魔王討伐パーティーを輩出したことを錦の御旗として、その後のゲルティーク王国は横暴に振る舞った。

 その結果というか、自業自得の果てというか、四代目魔王が現れた今、世界にはゲルティークを外して魔王討伐を目指そうという動きが生まれていた。

 しかもその『反ゲルティーク連合』とでも言うべき連中の掲げる看板の一つが、今は故郷のヨアサヒミカで大領主ダイミョウとなっている、三代目魔王討伐の英雄・ゲンリュウだ。

 泡を食ったゲルティークは、同じく英雄であるパブロを担ぎ出し、さらに一度は排除したヴォルフラムまで持ち出そうとしている。

 より多くの人々の信を得ることで魔王討伐のための力を結集し、魔王討伐を再び成功させ、討伐後の世界でイニシアチブを握る。ヴォルフラムはそのための鍵となるのだ……というのが、国際政治のこれまでのあらすじである。


 結局のところゲルティークは反省などしておらず、ただ自分たちの都合でヴォルフラムを呼び戻そうとしているだけに過ぎない。

 ならば。ひとまず話には乗ってやって、ごねるだけごねて徹底的に絞り上げてやろうとヴォルフラムは考えた。

 奴らは世界が滅ぼうと反省などしないと思っていたが、どうせなら金銭的に痛い目に遭わせてやれば後悔くらいはするかも知れない。


 ついでに世界を救うために戦うのも、まあ悪くはないかとヴォルフラムは思い始めていた。

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