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≪1-19≫ 奇妙な装備品

 ヴィオレットの父の旧知なるギルド職員は、五十代くらいの人間男性だった。年齢だけならジャムレの支部長マスターと同じくらいだ。

 ちょうど休日であったという彼は自宅の食堂で三人を出迎える。

 出されたコーヒーはなんだか妙に苦くてアニスには飲めなかった。


「というのが、事の顛末ですね」

「……大事じゃないか」


 魔石を食卓に置いて経緯を説明すると、朴訥そうな男は刃物を突きつけられているかのような青い顔になっていた。

 幸いにも彼はアニスの話を聞いて、事態の深刻さを正確に理解した様子だった。


「すぐにこの情報をギルド内に回そう。

 じき、領主様の方へも話が伝わるはずだ」

「ありがとうございます!」

「しかし……頭の痛くなるような話だな。支部長マスターが『マザーダンジョン』のことを知らないだって?」


 職員はこめかみを揉みほぐしながら震える溜息をつく。


「どうも中央は、魔王出現の報もあったというのに、そのための対応がおざなりというか……

 これまでとは状況が違うというのに、方針が示されず、20年前を知る者に頼ってばかりというか……

 早晩、こういう問題が起きると思っておくべきだったな。手遅れになる前で良かった」

「間に合った、と考えるのはまだ早いかも知れませんよ」


 ホッとした様子の彼に、アニスは釘を刺す。


「騎士団と冒険者が協働で当たることになると思いますが、その結集にも時間が掛かります。

 その前に攻めてこられたらジャムレはお終いです」

「……そうだな。急がないと」


 その後は雑談もそこそこにアニスたちは辞去し、職員氏は緊急出勤の準備を始めた。


 * * *


 交易の要衝となる街であるルシャマトは、シンボルとなる『独特のもの』をこれと言って持ち合わせていない街であった。

 建ち並ぶ木造建築物は確かに趣あるが、より大きく立派で金が掛かっているものの、ジャムレのそれを拡大再生産したような風でもあり、石の魚が水を吐いている広場の噴水も、百葉箱の親玉みたいな時計台もアニスはどこかで見たような気がした。

 ただ、それは決してルシャマトの価値を損なう事実ではない。あるいはそれこそが交易都市としての在り方なのかも知れなかった。


 ジャムレよりも数段人が多い大通りを三人は連れ立って歩く。

 バセルは露出の多い女性を、ジェシカは無防備に金を持っていそうな通行人をそれぞれ目で追っていた。


「良かったじゃんか、話が通じる人で」


 バセルは職員氏との会談の結果について、楽天的に感想を述べる。

 しかしアニスは、たまたま都合の良い伝手があって上手くいっただけなのだと分かっていたから、ひとまず安堵はできても喜ぶ気にはなれなかった。


「やっぱり、地位を手に入れなきゃ駄目ですね」

「どした? 急に」

「社会的信用がある身分じゃないと、話を聞いてくれる人は限定されます。

 それじゃどんなに危機を訴えても聞き流されてしまう」


 アニスの言っていることが正しいかどうか。それを判断する知識が無い者も多いわけだ。

 そんなときに重要なのが、発言に権威付けをする地位である。


 思えばヴォルフラムは『王立学院に最年少入学・最年少主席卒業した神童』であり、『そこで研究をしていた偉い博士』であり、『魔王を倒した英雄』だった。

 世界をひっくり返したような彼の理論は最終的に封殺されたが、その過程で一度は支持する者が多少なり生まれたのは、信ずるに足るだけの権威をヴォルフラムが持っていたからだ。

 今のアニスにはそれすらも無いのだということを、先の一件でアニスは思い知った。


 ――まあ、それだけでもダメってのは、俺自身で立証されてるわけだけどな……


 地位は必要だ。

 世界を動かすためには、加えて更に何かが必要なのだろう。


「そういう難しい話は後にして、ぱーっと遊ぶこととか考えないの?

 オカネモチよ、今の私たち」

「お前は気楽でいいよなー」


 バセルより更に楽天的な者が若干一名存在した。

 アニスたちはダンジョンの脅威度の証拠となる魔石をルシャマトの冒険者ギルドに持ち込んだところだ。

 その代価とダンジョン攻略の報酬を受け取って、結構な大金を手にしたところだった。

 ルシャマトは少なくとも都市として過不足無い程度の機能は備えており、金さえ払えば色々なものが手に入る場所だろう。


「遊ぶ前に、まずは必要なものを買わなきゃダメですよ」

「今俺らどっちに向かってるんだ?」

「ここが目的地です。

 装備探しですよ。ある程度大きい街なら、バザーで冒険者向けの装備やマジックアイテムもそこそこ売られてますから。掘り出し物が安く手に入ったりしないかなと」


 人でごった返す広場には、露店やテントが並んでいた。

 住人向けに生鮮食品を売る朝市などとは違い、内容は本当に多種多様。

 正体不明の薬、謎のアクセサリー、どこかの民芸品、古着、旅人向けの保存食……

 流れてきた品を商う商人たちが、思い思いに店を出していた。

 中には物騒な品を扱う店も見受けられる。


「こういう場所、騙しも多いわよ? バレる頃には店畳んで高飛びしちゃえばいいんだもの」

「そこはわたしの眼力でなんとか」

「ふーん。見分けられるんだったら、私も何かいい装備が無いか探してみよっかしら」


 バセルの懐に手を伸ばそうとしたスリの少年が、ジェシカに手を捻り上げられて小さく悲鳴を上げる。

 彼はジェシカに無言で一瞥されて脱兎の如く逃げて行った。


 アニスが人の流れを透かすように、めぼしい品を置いた店を探し始めてすぐのこと。


「おい、そこの嬢ちゃんさては魔術師ウィザードだな!? ちょっとこれ見てってくんな!」


 やたらと威勢の良い商人にアニスは呼び止められた。


 その店は品数が少ない武具屋だった。置いてあるのは、ミノタウロスが持っていそうな大斧と、両手で持たないと扱えないだろう巨大な盾と、彼が指差し示す……ハンガーで吊り下げられた、子どもサイズの奇天烈な衣装だけだ。


 詰め襟のように首に巻き付く白いケープは、胸元にやたら大きなリボンが付いている以外はまだマトモと言えるかも知れない。燕尾服のように長い二つの尾があって、それはともすれば天使の羽根のようにも見える。

 それとセットになっている服は、白と薄紅色に染め分けられた、胸から下だけのレオタードみたいな形状。全く下を隠す気が無い長さのフリルチュチュめいたスカートが付いているのが逆に禍々しい。


「……なんです? この……幻覚キノコの妖精かなんかが着てそうな服は」

「そりゃご挨拶だぜ嬢ちゃん。こいつは術師向けの防具だぜ。

 アラクネの糸で織った布だから、ミスリルの鎖帷子程度にゃ硬いし魔法にも強い。ついでに装備者の魔法を安定させる魔化を施してあるって逸品さ」


 生地をつまんで指先で軽く魔力を練り、アニスは反響を探る。

 慣れればこれだけでも、魔力のパターンと強度で、どんな魔化が施されているかは確認可能だった。


「うわマジだ……それっぽい魔力を感じる」

「あったじゃんか、掘り出し物」


 呆気にとられていたアニスは、もはや話は決まったとばかりの言い草にハッとする。


「ちょっと待て落ち着け。似合うと思うか?」

「「思う」」


 まさかこんなもんを着て戦えるかと常識的に考えたつもりだったアニスなのだが、同行する二人は当たり前のように頷いた。


「あんたこういう服の方が似合うわよ絶対」

「可愛い系の服なら何着ても似合うんじゃないか? 鏡見ろ」

「おい親父! なんでこんなもんがこの世界に存在しやがる!」


 包囲の危険を感じたアニスは服そのものへの攻撃に転ずる。

 こんな異常な代物、何かしかの曰くがあると考えて然るべきだろうから。しかもこんな場所で売られているのだから。


「なんでも、珍しいドワーフの魔術師ウィザードが使ってたそうなんだ」

「なるほど、ドワーフの女の人って大人になっても人間の子どもくらいの背丈だもんね」

「物が良くてもサイズの都合で着れる奴がそうそう居ないってわけか。

 こりゃ運命の出会いってやつじゃねーのお?」


 本当かどうかは知らないが、思ったよりまともな答えが返ってきてアニスは進退窮まる。

 このぶっ飛んだデザインもヨアサヒミカ人かドワーフならやりかねん。


「…………いくらだ? ど、どうせ金貨100枚とか言うんだろ」

「大負けに負けて30枚でどうだ」

「あら、ちょっと値切ったら買えそう」


 最後の砦であった金銭的問題さえクリアされてしまい、後は合理的判断をするかプライドを取るかの問題でしかない。

 そうなれば、アニスがアニスである以上、許された道は一つだけだ。


「………………25枚なら買う……!」

「よっしゃ売ったあ!」

「すっげえ悔しそうな顔だな。そんなに着たくないか」

「その顔だけで金貨25枚の価値はあったわね」

「じゃあお前払えよ!?」

「やーでーすー」


 アニスは幻覚キノコの世界の住人になった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 幻覚キノコきになる…食べればわかるかな。
[一言] 羞恥で顔真っ赤にしながらショッピングですかね ……って思ったけどさすがにその場で着替えはしないか とりあえず着てみて部屋で一人悶えたりはしそう
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