≪1-18≫ ルシャマトへの道
森を貫く旧街道を、まだ朝日と言っていい太陽に照らされて馬車が駆け抜けて行く。
ジャムレから大都市ルシャマトへ向かうのであれば旧街道は一番の近道だが、より整備されたより安全な新街道を通る者の方が多く、この道を通るのは魔物が出ても追い払える力のある冒険者がほとんどだ。
チャーターされた馬車は簡易ながら魔化が施された高級車で、人が全力疾走する程度の速度で走行する。
バセルは窓からにょっきり顔を突き出して風を感じていた。
「フゥーッ! 文明最高金最高。
自分の足で歩かなくても目的地に着くってのはなんとも贅沢じゃないか。
人生の成功ってやつは格別の味だ。次は朝飯にコーヒーが付いたら俺様最強って感じだな」
「まだ借金状態ですからね? ダンジョン潰しの報告もしてないし、ボスの魔石も売ってないんですから」
御者席に座ったアニスは振り向いて釘を刺す。
例によってかつての旅での経験から、アニスは馬車の操縦くらいできた。そのため、御者を雇う金をケチったのだ。馬車を借りるだけでもそれなりの出費なので、節約できるところは節約すべきだろう。
「そうそう、問題はそれよ。なんでこの魔石をわざわざルシャマトのギルドまで持って行くんだ?」
バセルは一抱えほどもある物体を持ち出し、アニスと並んで御者席に座った。
ボロ布でくるまれた球体は、あの巨猪が死んだ後に遺っていた魔石だ。
魔石は魔物の肉体を構成する核であり、魔物を倒した後に死体の代わりに残されるもの。
採取された魔石はマジックアイテムを動かす燃料として使われたり、アニスがやったように魔力の緊急補給に使ったり。
また特殊な加工を施すことで、生前の肉体の一部を再現し、物質として固定することもできる。これは武具の材料などに使われるのだ。
いずれにしても需要があるもので、冒険者にとっては重要な収入源だ。
だがアニスはこれをジャムレのギルド支部には持ち込まず、敢えて隣街のルシャマトへ持って行こうとしている。
「ルシャマトの冒険者ギルドに話を持ち込む方が、事態を正確に把握できる人が居る可能性が高いからですよ。
ルシャマトとジャムレのギルドは依頼の扱いや報告を共有するシステムを作ってます。等級がちょっと上がった冒険者は皆ルシャマトに行っちゃって、そういう人を呼ぶためにジャムレのギルドは難度の高い依頼を最初からルシャマトに回したりしてますから。
そこのシステムに捻じ込めば、ルシャマト側でダンジョン攻略の報告をすることもできるんです」
魔石を調べれば、生前どの程度の強さの魔物だったかは分かる。
ジャムレのギルド支部へこれを(アニスは禁足を言い渡されているのでバセルが行くことになるだろうが)持ち込んでも、あのダンジョンが『等級間違い』だったことは証明できる。
しかしそれでは不足だ。
あのダンジョンは『等級が高いマザーダンジョンだった』ということ、そしてその重要性を理解してもらえないと、ジャムレは早晩滅びるかも分からない。
「わたしたちの攻略したダンジョンがほぼ空っぽだったって事は、低レベルのクズ魔物だけ残して『指揮種』が仲間を引き連れ出て行ったってことです。
どこに潜伏してるにしても、事は一刻を争います」
「なるほどなあ。『マザーダンジョン』も知らねえ支部長の支部に持ち込んでも、事態の深刻さを分かって貰えるかって話だな。
……俺もお前に聞くまで知らなかったけど」
バセルは苦笑する。
だが、一介の新人冒険者がそれを知らなかったとしても無理はないし問題も無い。
管理する側であるギルドが話を分かっていないというのが問題なのだ。
「それと、念のためにこんなものも」
アニスは懐に入れていた封筒を取り出して見せる。
「なんだそりゃ? 少なくともトイレでケツ拭く紙じゃねーのは分かるが」
「ヴィオレットさんに書いてもらった紹介状、みたいなものです。
ヴィオレットさんのお父さんの旧知が、ルシャマトの街で冒険者ギルドの職員やってるそうなので」
昨夜のうちにアニスはヴィオレットに話をして、ルシャマトのギルドに伝手が無いか聞いていた。
これはダメ元というか、間接的な知り合いでいいから誰か紹介して貰えないかと思ったのだが、都合良く使えそうな人脈があったわけだ。
結果的に言えば最初からこのルートを頼るのが最も確実だったかも知れないが……元凶を潰しつつ、ダンジョンが育っていたという動かぬ証拠も確保できたので、結果的に最速にはなった。ある意味で怪我の功名と言うべきか。
なおアニスはヴィオレットにダンジョンであったことを根掘り葉掘り聞かれ、仕方なく全部話したら彼女は卒倒しそうになった後でアニスを抱きしめてきたが、それはそれとして。
「ジャムレではギルド支部長があんなんだったりするんですから、向こうのギルド行ったところで、誰が応対するかで博打になるかも知れないなと思って。
ちゃんと事情を聞いてくれる人に頼らなきゃならないと思いましてね」
「かーっ、面倒くせえなーっ。
俺たちゃ世のため人のために動いてるってのに、なんでこう腐れ金持ちが役人にワイロ渡すみてえなややこしい真似しなきゃならねーんだよ」
大げさにバセルは嘆くが、アニスの方は少し反省していた。
正しければ上手くいくわけではないのだと、英雄ヴォルフラムは身に染みてよく知っていたはずなのに、アニスには周到さが足りなかった。
今はアニスの側に碌な手札が無いので仕方ない部分もあるが……
結局のところ、正しさを貫くにも政治力は必要になるのだ。
「……で、もう一つ。道に転がってるドングリよりは辛うじて重要な程度の質問だが」
「何です?」
「なんであの流れでジェシカが一緒に来てんだ?」
バセルが親指で背後を指差す。
実はこの馬車にはもう一人乗っていた。
客車の壁に背を預け、膝を抱えて座っているのは、いかにも盗賊らしいボディラインが出る服装の女。
金と言うよりくすんだ黄色の髪をショートにしていて、ちょっとばかりスレた雰囲気の顔立ち。
ダンジョンアタックのもう一人の生存者、ジェシカだった。
「私もパーティーメンバーでしょ!? 分け前を貰う権利があるわよ!」
「やー、俺が言うのもなんだけど……お前役に立ってたっけ?」
「ダンジョンには一緒に入ったでしょ!? 罠もほら、えーと、20個くらいみつけたし!」
必死で抗弁するジェシカ。
バセルは『あんなこと言ってるけど……』とでも言うように、隣のアニスの方を見る。
「ギルドの規定では貰う権利ありますよ。
貢献度に応じた分配を、みたいな話をするならわたしが不服を申し立てる必要があります。その場合はギルドが仲裁する制度で……」
「いいのか? お前は」
「まあ別に」
「ホラ見なさい!」
悪魔の首でも取ったように勝ち誇るジェシカ。
アニスとしては、もちろん貰える金は貰いたいところだが、今はギルドすら頼りがたい状態で分配で揉めている余裕など無い。それより目先の金が必要だった。
それにジェシカにも今後の生活があるし、ザックやイワンの遺族に渡るであろう報酬の分け前を減らすのも忍びない。彼らにもそれぞれの事情があるのだから。
「逞しいな、お前……」
「褒めてる?」
「辛うじて」
バセルはジェシカを見て、ニヒルに笑いながら肩をすくめていた。